当店おすすめ!トリあえず550円

塩焼 湖畔

居酒屋にて

「とりあえず生で」


「んじゃあ生ビール二つ」


「後はー枝豆とだし巻きで」


 店員は注文を復唱すると厨房に消えていった。どこにでもあるような居酒屋、値段は控えめでお財布にもやさしい。


「うーんやっぱりどうしようかな、このサイコロステーキも気になるよね」


「あんたやめな、まだトリが来てないんだから。そこそこにしとくもんなの」


「えーでも気になるじゃん? 大丈夫だよ私食べれるし」


「駄目ったらだーめ」


「センのケチ! トリもそんなこと気にしないと思うけどなー」


 なんだかんだで盛り上がっていると注文の品が運ばれてくる。


「じゃ、改めましてカンパーイ!」


「だーからまだトリが来てないって言ってんでしょセン?」


「いーじゃん減るもんじゃないし?」


「減るでしょ、酒が」

 

 そういうとセンは生ビールをぐいっと煽る。


「かぁーっ!仕事終わりはこれよこれ」 


「減らしてるのはセンじゃん」


 マホはそういうとビールを飲みながら、居酒屋のメニューに視線を戻す。


「ねーねーこの『トリあえず』ってどんなんだと思う?」


「うんお?まーだあんた追加で頼もうとしてんの?」


 センは既にジョッキを半分程空にしている。


「頼みたいけど、どんなんか、わかんないから悩んでんでしょーよ」


「さっき頼むなって話をしたでしょーよ?」


「まあまあ、センさんそろそろジョッキも空きますし追加の注文いかがです?」


 マホはだし巻きをペロリと平らげ、センの分もつまみ始める。


「たく、アンタは……。とりあえず生ビール追加で頼んでよ。他頼むにしても、わけわかんないもの来たら私は食べないわよ」


 センはジョッキを傾けた。


「すいませーん!生ビール二つとサイコロステーキ一つ!」


 マホはよく通る声で注文を告げると、ジョッキを一気に傾けた。


「ところで話を戻しますけどセンさん『トリあえず』ってなんだと思います?」


「言葉通りにとらえるなら、鶏となんかを和えた物だろ、蒸鶏の中華和え的な? あるだろホラ、ぼうぼうどりみたいなやつ」


「バンバンジーね。それなら中華風蒸鶏和えとかじゃない? バンバンジーってあんまり酢って感じしないしさ、『トリあえ』じゃん。余った『ず』さんが仲間はずれで可哀想じゃない?」


「ずさんって誰だよ、後で酢でもかけたらいいだろ大団円だ」


「そんな外から連れてこられたら『ず』さんも困るし気まずいじゃん?見せかけの大団円だよ?」


 運ばれきたサイコロステーキの鉄板からはジュウジュウと音がなり、冷えたビールジョッキには水滴が滴る。


「じゃあ、マホはどう思うのよ?」


「私はチキン南蛮だと思うんだよねー。 『トリ』を揚げたものの甘『酢』で和えてるじゃん? 『トリあえず』だよ!」


 センはマホのサイコロステーキを奪うと、それをあてにビールを流し込むと、少し考える。


「んー、確かに? 言われてみればそうだけど、なんかパーツ増えてない『トリあえず』+タルタルさんじゃん?」


「いーじゃん、タルタル美味しいしあっても困らないよ?」


「いやまぁそれはそうなんだけどさ、ほれ、あれ見てみ?」


 センが箸で指す方には、汚れた厚紙にチキン南蛮と書かれてあった。


「なるほど、名前変えて分裂するタイプの敵ってことね?」


「そんなわけないでしょ、無駄すぎるわ」


「うーん、いい線いってたと思ったんだけどなー」 


 マホもセンも無言でビールジョッキを傾ける。


「頼むか」


「頼んじゃいましょ」


「すいませーん!生ビール二つと『トリあえず』一つください!」


 テーブルには生ビール二つと、ハイボール一つと唐揚げが運ばれて来た。


「あーなるほどね、鶏ととりあえずってことね……」


「トリ、暫く見ないうちに、こんがり揚っちまったな」


 酔いが回ってきたのか二人共、笑いが込み上げてきた。


「乾杯、しちゃいますか!」


「揚げられたトリの幸せを願ってカンパーイ!」


 持ち主のいないハイボールジョッキがカンと音を鳴らした。



「二人共持たせてごめーん、仕事長引いちゃったからさって……もうけっこう出来上がってんね。しかもハイボール来てるじゃーんサンキュー気が利くー! おっ、しかもまだ冷たい」


 仕事終わりの女性は、席につくやいなやハイボールをグビグビと飲みだす。


「トリちゃんのための『トリあえず』だよ」


「トリには会えたけどな」 


 「なんの話?」

 

 トリは不思議そうな顔をして唐揚げを齧るのだった。

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