出発
「こんなところで何をしているんだ!」
ジェラルドは、ぐちゃぐちゃになったウエディングドレスを見ると、シャーロットの両肩を揺さぶった。
だが、その声には間違いなく、隠し切れない嬉しさがあった。
「ジェラルド、あなたを愛しているわ。だから、デイヴィッドとは結婚しない。オペラ歌手として生計を立てて、1人で暮らすわ。あなたが帰ってくるまで」
「だけど、もう戻って来られないかもしれないんだよ」
「それでも、待ち続けるわ、永遠に」
シャーロットの、静かだが、はっきりとした口調を聞いて、ジェラルドは彼女の決心を変えることは不可能だと悟ったようだった。
「すぐに、帰って来るから」
ジェラルドは、自分の額をシャーロットの額に押し付けた。
「必ず?」
「ああ、必ずだよ」
ジェラルドは、額をくっつけ合ったままで、シャーロットの両手を優しく包み込んだ。
「手紙も、書いて」
「もちろんだ」
そして、少し考えてからジェラルドは目を閉じて言った。
「君のために、歌を送るよ。もしも、君がその歌を、僕のために歌ってくれるなら」
ジェラルドが側にいなければ、心から歌うことなんてできないと思っていた。
しかし、これからは歌だけが2人を繋ぐ。
魂の底から歌えばその想いが、戦場にいるジェラルドに届くと言うのなら、声が枯れるまで歌うだろう。
シャーロットも目を閉じて答えた。
「きっと、そうするわ」
「約束だよ」
ジェラルドが、いたずらっぽく笑いながら、小指を差し出した。
「ええ、約束ね」
シャーロットは彼の小指に、自分の小指をきつく絡ませた。
2人は
「間もなく発車致します。お乗りになる方はお急ぎください」
係員の声が、2人に別れの時が来たことを告げた。2人はやっと、くっつけていた額を離した。
「元気でいてね……」
何度もこちらを振り返りながら汽車に乗り込んだジェラルドに、シャーロットはやっとの思いでそう言った。
ジェラルドに声が届いたかは分からない。
だが、彼は微笑みを浮かべて手をあげてくれた。
シャーロットも、同じように手をあげた。
汽車が、ゆっくりとプラットフォームを滑りだした。
車輪が少しずつ、回る速度を上げ、ついに汽車は駅を出た。
ジェラルドの姿が蒸気の向こうに消えても、汽車が道を曲がって見えなくなっても、シャーロットはずっと、汽車を見送り続けていた。
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