夜
「ああ、よかった。私たち、これからずっと一緒にいられるのね」
そう言うシャーロットの無邪気な微笑みは、ジェラルドの心に深く突き刺さるかのようだった。
ジェラルドは、答えたくなかった。
その答えが、シャーロットの微笑みを消してしまうと分かっていたからだ。
「シャーロット、言わなければならない事がある」
シャーロットは頷いた。
「釈放されるために、僕は、取引したんだ」
ジェラルドは、自分の声がそう言ったのを聞いた。
「僕を拘束した奴らは、僕が南軍の味方をしていると思っていた。
だから、連邦政府に反旗を翻していないと証明するにはどうすればいいかと聞いたんだ。
そうしたら、北軍のために戦えと……」
シャーロットの顔から、すっと微笑みが消えていった。
暴動によって徴兵制を施行できなくなることを恐れた政府は、早いうちに少しでも兵を増やしたかったのだろう。
「……ということは……戦争に、行くの?」
ジェラルドは頷き、シャーロットは信じたくないという風に、何度も首を振った。
「そんなはずないわ。 他に何か方法があるはず」
ターコイズブルーの瞳に、大粒の涙が光った。
「大丈夫さ。きっと戻って来るよ。どっちにしろ僕は徴兵対象だから、抽選で当たっていたかもしれないんだ」
ジェラルドは優しくシャーロットの肩を撫でた。
「ダメよ、行かないで。ゲティスバーグの戦いのことを聞いたわ。何千人もの死傷者が出たんでしょう?
徴兵制を導入するほど、兵士が足りてないのよ。酷い怪我でもしなければ、帰って来られないわ」
シャーロットの声は、次第に震えを帯びてきた。
「だけど、国のために戦うなんて名誉なことじゃないか。それに、暴動以来、非人道的だと批判されているアイルランド移民の評判を上げることもできる」
「噓よ。あなたが戦争に行ったくらいで、アイルランド移民の評判が変わるはずないって分かってるくせに。
貧しいアイルランド人だからって無実のあなたを逮捕するような国のために、本当に戦いたいの?」
ジェラルドは頷いた。
「噓つき、噓つき、噓つき!」
シャーロットは、そう言いながらジェラルドを何度も叩いた。
「一緒に逃げましょう、今すぐに。明日になれば、私はデイヴィッドと結婚して、あなたは戦争に行ってしまう。
2人でどこか遠い所に逃げて、ひっそりと暮らしましょうよ」
どれほど、その言葉に従いたかったことか。
しかし、ジェラルドは彼を叩こうとするシャーロットの腕を掴んで言った。
「それは、できないよ。非人道的な上に、臆病で兵役から逃げるような男と暮らしたら、世間は君をどう思う? 君はオペラ歌手になれないだろうよ」
「そんなの、どうでもいいの。あなたがいなければ、心から歌うことなんてできないわ!」
シャーロットは、ジェラルドの胸に顔をうずめて泣き出した。
ジェラルドを留めることは出来ないと、悟ったようだった。
ジェラルドは、泣きじゃくるシャーロットを優しく撫で、彼女の耳元で囁いた。
「いいかい、シャーロット、よく聞いて。明日、僕は戦争に行く。そうしたら、僕のことは忘れて、デイヴィッドと幸せに暮らすんだ。
必ず夢を叶えて、町で1番幸せになるんだよ。約束してくれ。そうしたら、僕は安心していけるから」
シャーロットはジェラルドを見上げた。
その眼差しには、諦めと悲しみがこもっていた。
ジェラルドは、涙に濡れたシャーロットの頬を拭ってやった。
「約束するわ。だけど、その前に……、どうか、この一晩だけ、この夢を見続けることを許して欲しいの……」
薄暗闇の中、2人の唇が重なり合った。
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