挑戦
1862年 8月
ジェラルドが夕食の片付けをしていると、裏口のドアがノックされた。
開けてみると、そこにいたのは、こっそり家を抜け出して来たらしいシャーロットだった。
彼女は早口で言った。
「ジェラルド、信じられる? アイリーン・スワンが知り合いにあなたのことを話したら、是非作った曲を聞かせて欲しいと言われたんですって!
その知り合いはジョージ・ヘイワードっていうんだけど、音楽界ではかなり名の知れた人なの。出来るだけ早く会いたいそうよ」
ジェラルドは最初、この突然舞い込んできた吉報が信じられなかった。
シャーロットから詳しい内容を聞いてもなお、これが全て夢なのではないかと疑わずにはいられなかった。それほど嬉しい話だったのだ。
やっと話が頭に浸透した後で、ジェラルドはシャーロットが何か言いたそうにしていることがあると気づいた。
「他にも何かあるのかい?」
「あのね……お父様が留守の間にこっそりオペラのオーディションを受けてみたの。そしたら……」
シャーロットの表情を見れば結果は分かったも同然だった。
「受かったの?」
シャーロットは顔を輝かせて何度も頷いた。
「すごいじゃないか!」
ジェラルドは思わずシャーロットを抱き上げてくるくる回った。
シャーロットはくすくすと笑い声をあげた。
「もちろんヒロインじゃないけど、ちゃんとした名前のある役よ。明日から稽古が始まるの」
今までは音楽専門の家庭教師から歌のレッスンを受けていただけだから、大勢で行う稽古への懸念もあるそうだが、嬉しいことには変わりない。
「私たち、これから忙しくなりそうだわ」
それからの日々はシャーロットの言葉通りとなった。
ジェラルドがジョージ・ヘイワードに曲を聴かせると、彼は好条件でジェラルドに作曲を依頼してきた。
彼が監督を務める新作のオペラに是非とも採用したいと言うのだ。
ジェラルドは二つ返事で受け入れた。
ジェラルドは今の工事現場の仕事を辞め、ジョージ・ヘイワードの紹介で舞台装置を動かす仕事に就いた。
お陰で勤務時間が短くなり、作曲に時間を費やすことができたし、仕事中も常に音楽が聞こえるから勉強になる。
だが何よりも嬉しかったのは、シャーロットが稽古をしている場所が同じ劇場内であることだった。
昼休みや劇場への行き帰りに2人だけで過ごすのが、ジェラルドの小さな楽しみとなった。
2人は週末も一緒に過ごした。
オーガストに訝しまれないよう、会う時は必ずガブリエルとその友人に招待されて、シャーロットがノーラを連れて出かけるということにしていた。
その後で、ノーラはガブリエルと、シャーロットはジェラルドと過ごすというわけだ。
崖の下の小さな砂浜や、木立を通る小道、建物が並ぶ大通りなど、4人は色々な場所へ行った。
特にシャーロットとジェラルドが気に入ったのは、ガブリエルの家の音楽室だった。
ピアノの隣やジェラルドの隣、時には彼の膝の上で音楽に身をゆだねるシャーロットを眺めつつ、ピアノを奏でるのがジェラルドにとっての大切なひと時だった。
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