手紙
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飾り気のない直線的な照明が、剥げかけた漆喰の背景と数少ない簡素な家具のセットを照らしている。
木の枠に布を重ねただけの古いベッドから起き上がり、ジェラルドは歌いだした。
「あの人が僕の枕元に来た。夢と
僕の額に当てられたあの人の手。ひんやりとしていなければ絹と間違えるほど柔らかだった。
彼女が飲ませてくれたスープ。とろりとしていて滑らかで、灼熱の炎で焼かれたかのように痛む僕の喉を癒した。
白いエプロンを付けた彼女の後ろ姿。霞んだ目に映った彼女は天使のように穏やかだった。
だが、なぜシャーロットがここへ? もう彼女は思い出の彼方へ消えて行ってしまったはずだ。あれは、熱と彼女への愛しさが見せた幻覚か?」
そこで、ジェラルドの目が椅子にかけられた上着に留まる。
「これは、あの日シャーロットに貸したままだった上着……。ということは、やはり、そうなのか。さっき見たものは夢ではなかったのか」
ジェラルドは、まるでそれがオペラを観に行った日の思い出そのものであるかのように、上着をそっと羽織った。
「これは何だ?」
ジェラルドは上着の内ポケットを探り、
<拝啓、これをお読みになったということは、体調は快方に向かっているのでしょうか。
もしそうであれば幸いです。これは私からの見舞い状であり、詫び状であり、恋文でございます>
ジェラルドは手紙を読み続ける。
<御父上から風邪を引かれたと伺って心配になり、看病を申し出ました。
苦しげにベッドに横たわる貴方を見て、私の心はキュッと痛みました。
何故これほどまでに貴方を身を案じるのかと己に問うてみたところ、ふと気がつきました。
私はずっと、貴方を愛していたことに。
オペラを観に行った日のこと、深くお詫び申し上げます。
心の奥に秘められた気持ちと向き合えば、必ずや父に逆らうことになると考え、愚かにもそこから逃げたのです。
金の籠の鳥は、
私は風に身を任せて一歩踏み出すのが怖かったのです。
どうか、臆病で身勝手な私を許してください。
そして、崖下で打ち砕かれる波を見て怯える小鳥を、空に導いてくださりませんか。
敬具 シャーロット・ゴライトリー>
ジェラルドはその手紙に口づけし、そっと胸に当てた。
「静かな文面に書かれた文字の一つ一つが、僕の心に染み込んでくる。彼女の気持ちを知ったとなれば、どうして家で安静にしていることなど出来ようか。ああ、早くシャーロットに会いたい」
ジェラルドはそう言って、風邪をひいていたことさえ忘れさせる足取りの軽さで舞台袖へ駆けて行った。
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