心配

 1962年 6月


 オペラを観に行ったあの日から半年が経ち、季節は春から夏に移り変わろうとしていた。

 窓の外では6月中旬の清々すがすがしい風が吹いていたが、ジェラルドの部屋の窓はきっちりと閉められていた。


「お嬢様、この3日間、サリヴァンさんが家を出る所を誰も見ていないそうですよ。何かあったんじゃありませんか?」


 ノーラが言った。


 ノーラは時々、隣の家のジェラルドの様子を盗み見てはシャーロットに報告していた。

 そんなことを頼んだ覚えは一度もなかったが、シャーロットは敢えてやめさせようとはしなかった。


「ちょっとシャーロット、まだジェラルドのことを気に掛けていたのね。あなたには縁談もきてるっていうのに……。身分違いの恋ってステキだわ」


 この2日ほどゴライトリー宅に泊っているルーシーが、シャーロットのベッドに腰掛けて興奮気味に言った。


「違うわ。もう彼は他人同然なの。お父様が私たちの恋を許すはずはないし、そもそも私にとってあれが恋だったのかさえ分からないもの……」


 そう、シャーロットにとって、ジェラルドが何をしていようと、どうでもいいはずだった。

 だけど、何故かジェラルドが心配になってしまう。


 もし何か良くないことが起こっていたら?


 父親と2人暮らしでお金も十分に無く、助けが必要かもしれない。


「私は、ジェラルドには命を助けてもらったし、実はオペラに行った時に借りた上着をまだ返していないの。

 すぐ隣の家だし、様子を見に行ってくれないかしら、ノーラ?」


 自分でも言い訳がましいと思いながら、シャーロットは言った。


 さっきの発言と正反対のことを言うシャーロットを見て、ノーラとルーシーは意味ありげに顔を見合わせた。




 ノーラが帰って来て、ジェラルドはひどい風邪を引いていたことが分かった。

 生きていくため、ジェラルドの父は毎日朝早くから夜遅くまで働かなければならず、彼の看病をする者はいないそうだ。


「そういうことなら、私が看病するわ」


 気がつけば、シャーロットはきっぱりと言っていた。


「ノーラ、出かける仕度をしてちょうだい。私は、看病に必要そうな物を用意してくるわ」


 慌ただしく部屋から出ていくシャーロットの後ろ姿を見て、ノーラは言った。


「これは、確実ですね」


「ええ、間違いないわ」


 ルーシーは深く頷いた。

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