迷子

 シャーロットは寒そうに自分の両腕を抱えていた。

 ジェラルドは優しく、自分の上着をシャーロットの肩にかけてやった。


「ありがとう。優しいのね。あなたは寒くないの?」


「僕は大丈夫だよ」


 微笑むシャーロットを見つめて、ジェラルドはハッとした。

 今日が終われば、彼女に会う口実がなくなってしまう。

 いつかシャーロットは父親に決められたどこかの金持ちと結婚してしまう。


 自分は狂おしいほどの恋心を抱きながら、彼女との淡い思い出を嚙みしめて一生を終えるのだろうか。

 彼女はそれでも構わないと考えているのだろうか。

 ジェラルドは、少しでも良いからシャーロットが自分に特別な想いを抱いているという確証が欲しくなった。


「今日が終わったら、僕たちは他人同士に戻ってしまうのかな?」


 気がつけばジェラルドはそう呟いていた。

 シャーロットは驚いたようにジェラルドを見上げる。


 ダンスパーティーでオーガストの言った言葉が嫌でも思い出される。


――むしろ心を弄ばれるジェラルド君が可哀想じゃないか


 真紅のガウンの裾を翻しながらホールの真ん中で踊るシャーロットの姿が頭に甦った。

 シャーロットは父親に逆らえないのだろうか。

 それとも、逆らうつもりもないのだろうか。


「君は僕の手の届かない所へ行ってしまうの? 君にとっては、一緒に練習したダンスも、さっきのキスも無意味で、僕は君の何者でもないのかい?」


 シャーロットはしばらくの間、何の表情も浮かべずに黙っていた。


 その沈黙の意味を計りかねて、ジェラルドも何も言えなかった。


 通りを走り抜ける一台の馬車の音が、やけに大きく響いた。


 シャーロットの首が、縦に振られた。


 そのごく小さな動作が、ジェラルドの心を粉々に打ち砕くようだった。


「今すぐ答えは出せない。あれは決して無意味ではなかったけど……だけど、他人に戻らないために何が出来ると言うの?」


 シャーロットの声は今にも消え入りそうだった。

 上着の中の彼女が、いつも以上にか細く見えた。


「ジェラルド、シャーロット! 悪い、待たせちまったな」


 急に雰囲気が明るくなったかと思うと、後ろからガブリエルとノーラが走ってきた。

 ガブリエルの口の周りには、ノーラの口紅の跡があった。


「向こうで馬車が待ってます。お嬢様、帰りましょう」


 ノーラが言った。シャーロットは頷いて、上着をジェラルドに返そうとした。


「持ってていいよ、寒いだろ」


 ジェラルドは目も合わせず、ぶっきらぼうに言った。

 シャーロットは再び頷いて、ノーラと馬車の方へ向かった。


 クロークルームでシャーロットと繋いでいた手が離れた時のことを思い出した。


 ジェラルドはシャーロットを見失い、コートの森で迷ったまま、2度と見つけられそうにないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る