舞踏会

 1961年 9月


「ジェラルド、元気出せよ。せっかくのダンスパーティーなんだ。楽しもうぜ」


 シャーロットの家の玄関前でためらうジェラルドを、ガブリエルは玄関ホールに促そうとする。


「僕はこんな贅沢な舞踏会なんかに出る柄じゃない。それに、僕が一緒に踊りたいと思える女性はこの世でただ1人だけだ」


「ってことは、本気で惚れてるのか?」


 ジェラルドは深く頷いた。ガブリエルは憐れむような目でジェラルドを見てくる。


「恋に溺れた奴は困ったもんだよ。シャーロットの父親がアイルランド移民の君との交際を許すと思うか?ゴライトリー家は熱心なプロテスタントだし(当時のアイルランド移民はカトリック)、第一、シャーロットの気持ちはどうなんだ?」


 ジェラルドは答えられなかった。


「な、君のために言うけど、このままじゃダメだ。気になる子がいたら紹介してやるから、行こうぜ」


 ガブリエルは強引にジェラルドをゴライトリー宅に引き入れた。


 途端に、大理石の床、見事な装飾の施された大柱、繊細なシャンデリアなどが目に飛び込んできた。

 豪華な大広間は衣擦れの音と香水の匂いに溢れていた。

 楽団が奏でる優雅な音楽と、扇の向こう側で噂話に花を咲かせる婦人たちの声が聞こえてくる。


「見ろよ、シャーロットがいたぞ」


 ガブリエルが指さす方を見て、ジェラルドは初めてシャーロットの存在に気づいた。

 ガウンは真紅、髪は華やかなシニヨンで、大きく開いた胸元には真珠のネックレスが光っている。

 いつも、襟がきっちりとした薄い色のドレスを着ているイメージだったので、今日の出で立ちは大人っぽくて驚いた。


「ジェラルド! それに、ガブリエルも! 来てくださったのですね」


 隣のオーガストとそっくりな愛想笑いを浮かべるシャーロットは、この前会った彼女とは別人のようだった。


「お目にかかれて光栄です」


 ガブリエルは手袋を履いたシャーロットの手の甲にキスをし、オーガストと握手した。ジェラルドも見よう見まねで同じようにする。


「いらっしゃい。どうぞお楽しみください」


 ガブリエルは頷いてその場から去ろうとしたが、ジェラルドは動かなかった。

 シャーロットをダンスに誘うなら、今しかないと思ったのだ。


「ミス・ゴライトリー、よろしければ僕と1曲踊ってくださいませんか?」


 ジェラルドは練習通りに言った。

 シャーロットも練習通りにジェラルドが差し出した手に自分の手を重ねながら言った。


「ええ、もちろ……」


「ゴホン」


 オーガストの大きな咳払いがシャーロットの声をかき消した。


「シャーロット」


 オーガストは戒めるように言う。


「お父様、私は彼と踊ると約束いたしました。1曲くらい……」


「素直に私に従いなさい。私に恥をかかせる気か?」


 オーガストは有無を言わせない口調で言った。


「彼と踊るのが恥だとおっしゃるのですか?」


 シャーロットは呆れたように言った。

 声が高くなったので、周りの人が数人、こちらを見る。


「いい加減にしなさい。お前が踊る相手は私が決める。お前の結婚相手を見定めなくてはならないからな。

 それに、むしろ心をもてあそばれるジェラルド君が可哀想じゃないか。彼はここに来られただけで感謝すべきなのだから」


 シャーロットはうつむいた。


 オーガストの言葉は、ジェラルドにこたえた。突然、自分がひどく場違いな存在に思えてきた。


「お嬢さんを責めないでください。僕が出過ぎたことを申しました。お許しを。おっしゃる通り、僕はここにいられるだけで満足です」


 ジェラルドは言った。

 オーガストはそれを聞いて満足げに頷き、シャーロットを連れて他の人に挨拶をしに行った。

 シャーロットは一度こちらを振り返ったが、すぐに沢山のドレスの向こうに消えてしまった。

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