贈り物
「……いいわ、あげる」
不自然な沈黙の後で、シャーロットは言った。
途端に、部屋に満ちていた橙色の光は灰色に変わっていった。
自分は何てバカだったのだろうとジェラルドは思った。
シャーロットはただ、ジェラルドがダンスパーティーで恥をかかないようにワルツを教えてくれているだけなのだ。
それだけで満足するべきだった。
「気に入るかしら?」
シャーロットが取り出したものを見て、ジェラルドは自分の目を疑った。
「それを、どうやって⁈」
シャーロットが手にしていたのは、オペラのチケットだった。それも、5番ボックス(1番良い席)だ。
「ダンスパーティーは私が無理強いしたようなものでしょ? あれじゃあ命を助けてもらったお礼にはならないと思って、こっちを用意したの。
私のお父様はこの劇場の経営者だから、頼めばチケットくらいもらえるわ。ダンスパーティーの3ヶ月後の土曜日の午後だけど、空いてるかしら?」
土曜日なら仕事は午前で終わりだ。
「空いてるよ。だけど、君のお父さんはチケットをあげる相手が僕だって知っているのかい?」
あのオーガストが、ジェラルドのためにオペラのチケットを取ってくれるとは思わなかった。
「ガブリエルの友達とだけ言ったわ。そしたら、私とガブリエルも一緒に行けばいいって、余分にチケットをもらってしまったの」
「構わないよ。むしろ、3人で行ける方が嬉しい」
シャーロットとの共通点であるオペラを一緒に観に行けるなんて、夢のようだと思った。ガブリエルが来るのもありがたい。
しかし、シャーロットはうつむいた。
「実は、4人なの。私は外出する時、家の誰かと一緒でなければならないのよ。だから、侍女のノーラも来るわ。
乳母が来るはずの所を、何とかノーラで承知してもらったのだから許して。彼女なら、ガミガミ怒ったりしないし」
侍女が1人同行するくらい、なんてことなかった。とにかく、ジェラルドは今、最高の気分なのだ。
「それでも、やっぱり嬉しいよ。ありがとう、シャーロット」
「喜んでもらえてよかったわ。土曜日、4時に劇場で待ち合わせにしましょう」
家が隣同士なのにわざわざ現地集合なのは、家にいるオーガストに2人で行く所を見られてはまずいからだろう。
「それじゃあ、私はもう帰るわね。ダンスパーティーで一緒に踊るのを楽しみにしているわ」
シャーロットはそう言って少しだけ微笑み、帰って行った。
その夜、シャーロットの部屋の窓から見えるぼんやりとした灯りを見ながら、ジェラルドは複雑な気持ちでいた。
会えば会うほど、シャーロットが愛おしくて仕方なくなる。
魅力的な容姿も、心を溶かすような声も、何気ない仕草も、シャーロットの何もかもが好きだった。
歌声や笑い声を聞くだけでは足りなかった。
彼女はなぜ、普段は心を閉ざしているのだろうか。
自分のことをどう思っているのだろうか。
彼女の全てを知りたいと思った。
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