シャンパン・シャワー

 ガブリエルは同情するようにジェラルドの肩をポンと叩いた。


「さ、憂さ晴らしに一杯飲もう」


 どこから取って来たのか、ガブリエルの手にはシャンパングラスが2つ握られていた。

 ジェラルドはそれを一気に飲み干そうとしたが、初めて飲んだシャンパンの味に驚いてむせそうになった。


「ハハハ、相変わらずだな」


 ガブリエルが笑ったそのときだった。


 ゴライトリー宅の侍女が何やら急ぎ足でこちらの方向に歩いてきた。

 侍女は直前で2人を避け、右にずれようとしたが、ガブリエルも同じことを考えていた。


――ガシャン!


 2人は勢い良くぶつかった。


 ガブリエルの持っていたシャンパンが2人に降りかかる。


「も、申し訳ございませんっ!」


 慌ててガブリエルのシャツに付いたシャンパンの染みを取ろうとする侍女を、彼はなだめた。


「気にしないで、洗えば落ちるから。それより、君は大丈夫なのかい?」


「私のことなんて……」


「君もびしょ濡れじゃないか。僕が君にぶつかったことにしておくから、着替えておいで。その間に、僕はバスルームでシャツを洗うから」


 侍女はホッとした表情を浮かべた。


「ありがとうございます。さ、こちらへ。バスルームにご案内致します」


 ガブリエルと侍女はジェラルドを1人残して行ってしまった。

 ジェラルドは仕方なく、広間の中心で踊る人々を眺めることにした。


 大勢の金持ち達の中でも、シャーロットは一際ひときわ目立っていた。

 濃いアイシャドウと真っ赤な唇のシャーロットは目も眩む美しさだったが、何だか、飾り立てられた人形のように見えた。

 アイリッシュダンスを踊った後の、髪が乱れて汗だくになったシャーロットの方が美しいと思った。


 シャーロットだけじゃない。このパーティーでは、誰もが自分を偽っているように見えた。

 人々は意地汚い本性を煌びやかな衣装で覆い隠し、出世のために愛想と心にもない世辞を振りまき、扇の後ろでこき下ろす相手を窺い見る。


 ジェラルドは早足でゴライトリー宅を後にした。

 これ以上、あの人達に毒されるシャーロットを見ていたくはなかった。


 それに、シャーロットが他の男と踊るのを見ているのも耐えられなかった。

 冷たい夜の空気の中を歩くジェラルドの頭に、先のオーガストの言葉がよみがえる。


――むしろ心を弄ばれるジェラルド君が可哀想じゃないか


 シャーロットは本当にジェラルドの心を弄んでいたのだろうか。

 2人きりでいた時のシャーロットが彼女のありのままの姿だと思えるのは、恋心が目をくらませているせいなのだろうか。


 空を見上げると、星々が冷たくジェラルドを見下ろしていた。

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