ジグ

 1961年 8月


「痛っ!」


「ごめんっ」


 うっかりシャーロットの足を踏んでしまった。


 これで何度目になるだろう。


 ダンスパーティーまで、後2週間しかない。

 といっても、ジェラルドは仕事があり、シャーロットはオーガストが留守の時に会わなければならないから、練習できる時間は少ない。

 しかも、場所はジェラルドの家だから、十分な広さもない。


「もうっ!」


 シャーロットはジェラルドの足を踏み返した。


「おい、痛いじゃないか! ハイヒールはズルいぞ」


 大して痛くもないのに、シャーロットを笑わせたくて大袈裟に振舞ってみる。シャーロットは笑わなかったが、ポケットから何かを取り出して、後ろ手に隠した。


「残念ね。ダンスを習得したら、とっておきのプレゼントをあげようと思っていたのに」


 わざと怒ったような話し方をしているのが、可笑しかった。


「気になるなぁ。見せてよ」


「ダメ! ダンスができるようになってからよ」


 シャーロットはそう言って首を振る。


「僕がダンスを踊れないように言うけれど、僕だってワルツじゃなければ、そう下手でもないんだぞ」


 シャーロットはちっともジェラルドの言葉を信じていないようだった。


「見せてあげるよ。手拍子してくれ」


 シャーロットは手に何かを持っているので、足でリズムを取った。

 最初はワルツのようにゆっくりと、踵の高い靴が木の床を単調に蹴る。


 ジェラルドはそれに合わせて、上半身を動かさず、足だけでステップを踏んだ。アイルランドの伝統的なダンスだ。

 シャーロットの目がキラキラと輝き、初めて見たものへの好奇心で大きく見開かれる。


 シャーロットは挑戦するように、足で取るリズムを速め始めた。


 タン、タン、タン、タン、タン、タン……


 ジェラルドはそれに答えて足をますます速く打ち鳴らし、膝から下だけを細かく動かした。

 シャーロットは思わず身を乗り出して踊りに見入っている。


 ジェラルドは踊りながら、一緒に踊ろうと言うように、シャーロットを手招きした。

 首を振るシャーロットを、ジェラルドは肘を掴んで無理やり連れてきた。


 ジェラルドは簡単なステップを踏んで、やってみるように示した。

 シャーロットは見よう見まねで慣れないステップを踏む。

 それを数回繰り返すと、シャーロットはたちまち習得して、ジェラルドを驚かせた。


 タ・タ・タ・タ・タ・タ……


 ジェラルドはお手本で見せるステップを、少しずつ難しくした。


 シャーロットの頬は紅潮し、口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。


 シャーロットが何度やってもステップを習得できないレベルに達した頃には、2人ともくたくたに疲れていた。

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