――パチパチパチ……


 いないはずの観客の拍手が聞こえてきたので、シャーロットは驚いて振り返った。 

 見ると、ジェラルドが木にもたれて拍手をしていた。

 シャーロットはオペラ歌手がよくやるように、ドレスの裾を持ち上げて、大仰にお辞儀した。


「あなたがこれほど上手に歌えるとは、存じませんでした」


 ジェラルドは言った。


「音楽の善し悪しが分かるの? どうして?」


 シャーロットの言い方は、決して見下したような調子ではなく、むしろ好奇心を持っているようだった。

 昨日の出来事のおかげか、少し彼女との距離が縮まったような気がして、ジェラルドは嬉しかった。


「それは……」


 ジェラルドは続きを言うのを少しためらった。


「どうかお笑いにならないでくださいね。実は、僕の夢はオペラの作曲家になることなのです」


 子どもの頃、ガブリエルと忍び込んだ劇場で、偶然オペラが上演されていた。

 その時聞いた曲に圧倒され、ジェラルドは作曲家になろうと決心したのだった。


「笑うものですか! 驚いたけれど、素晴らしいわ」


 ジェラルドにとって、自分の夢をこれほど真っ直ぐに受け止めてもらったのは初めてだった。


「さあ、僕はあなたの質問に答えましたよ。次はあなたが答える番です。どうしてあのような歌の才能があるのですか?」


 あれほど生き生きとしたシャーロットを見たのは、歌っていた時が初めてだった。 

 まるで、金の鳥かごから解き放たれ、自由に空を飛び回るカナリヤのようだった。


「私の夢はオペラ歌手になることなの。子供の頃から音楽の先生に歌を教わっていたわ。人より才能があることは分かっているけど、父は大反対。さっき喧嘩したのもそのせいよ」


 ジェラルドには夢を否定される彼女の気持ちが手に取るようによく分かった。

 そしてまた、それが不思議でもあった。自分と彼女は住んでいる世界さえ違うと思っていたのだから。


「それより……」


 重たい沈黙を退けるようにシャーロットが言った。


「私、あなたに謝らなくちゃ。2人で初めて話した時、私、ひどい態度をとってしまったわね。なのにあなたは、危険を冒して私を助けてくれた。

 お礼とお詫びを兼ねて、何かプレゼントさせてくれないかしら? 何がお好みか分からないけれど……。

 ルーシーは、3ヵ月後、私の父が開くダンスパーティーに招待したら良いと言ったわ。どうかしら?」


 ジェラルドは急にドギマギしてしまった。

 シャーロットが言うように立派なことをしたつもりではなかったのだ。


「だ、だけど……僕は豪勢なパーティーに招待されるような柄じゃない。

 何より僕は、アメリカのパーティーで踊るダンスなんて知らないのです、ミス・ゴライトリー」


「あの、私のことはシャーロットと呼んで」


「……シャーロット」


 ジェラルドはシャーロットを見つめ、微笑んだ。


 そのとき、ガサガサと背後で音がした。

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