第6話 桜草
この部屋はとても暗い。化石になるくらいに永い時間、あたしは…
部屋にひきこもった。なんで?わからない。
ただ…8年前の夏、あの子に会って以来、ずっと、ずっと怖くなって…
叫ぶ声もとっくに枯れた。
否…声を出す、ということはとてもエネルギーを要するのだ。
そのエネルギーが24時間常に切れている。頭がどうしようもなく重い。
あたしはあの後…出席不足で高校を中退した。
「鬱、鬱鬱鬱…」
あたしはあの子に呪われた。謝ろうにもあの子はすでに死んでいる。
謝れないから、ここから出られない。
そしてどうしようもないことに、あの子はあれ以来、一度も現れない。
暗闇の中、きらきら光る携帯をいじる。
「みんな大人になったなぁ…社会人かぁ…立派だなぁ。」
あたしはどう?なにもない。なんでもない。
「城山、結婚したんだ…ああ、陽太郎も、田中も…みんなすごいなぁ…」
みんなはきらきら光る。同級生たちのSNSはまるで宝石箱だ。
暗い、暗い暗い暗い、でもカーテンは開けられない…だって誰かが見てるから…
この部屋はもはやあたしの一部だ。あたしは山だ。
臭い、臭い、臭い…あたしはくさい。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい…生まれてきてごめんなさい…。」
毛布をかぶって、あたしはずっと見えない何かに謝り続ける。
気温の変化でなんとなくわかる。季節は春だ。また季節が一周した。もう八周目だ。
「桜、見たいな…」
そうだ、あたしも消えちゃえばいいんだ。だって、あの子のいるところに行って、
謝らなくちゃいけないんだ。
「桜、桜、桜…さくら‼」
あたしは、毛布を被ったまま、パジャマで部屋を飛び出した。
素足で道路に飛び出す。太陽の光があたしを焼く。焦がす。
八年ぶりの道を走る。足から出血。でも、走る。
────やっとたどり着いたのは、公園。そこには満開の桜が。
「うわー、きれいだぁ。あははははは!」
携帯を持ってきた。写真を撮る。
そして、ゴミ溜めみたいな自分のSNSに自撮りの写真をアップする。
「みんな見て!あたしを見て!あたしここにいるよ!まだ生きてるよ!
みんなみたいになりたいよ!どうすればなれるの⁉きらきらきらきら忌々しい、
違う、きらきら輝いていきたいよ!生きたい生きたい生きたい!幸せになりたい。
幸せになりたいだけなのに!なんでこんな風になっちゃったの?
あたしなにも悪くない!なんにも悪いことしてないのに!
みんなずるいよ!みんなみんなみんな…あたしを置いてかないでよ。
ここにいるのにどうして誰も会いに来てくれなかったの!
‘‘あたしたち一生友達だ‘‘って言ったじゃんッ‼」
周囲の「幸せな人間たち」が、あたしを白い目で見ているのがわかる。
「「うるせーよ、ブス」」
「「なにあのデブ(笑) 汚ッ」」
「「頭おかしいんじゃない?クスクス」」
声が聴こえる…うるさいうるさいうるさい!あんたらにあたしの何が解る‼
あたしは‼あたしは!あたしは…川上、洋子…?
だって、あの言葉たちはみんな、あたしがあの子に投げかけたものじゃない…
そうだ、あたしがあの子になればいいんだ!そうすれば「罪」も消える!
じゃあ…「春田 杏子」はどこにいるの?
発狂。
春田の錯乱は満開の桜のように、今日、花開いた。
遠巻きに、川上洋子はその風景を見ていた。
「復讐なんて、あんま気持ちのいいものじゃないな。性に合わない。」
君の名を呼ぶよ。呼ぶよ。
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