第2話 ブルーハーブ
もくもくと、灰色がかった雲が立ち込める早朝。
俺は命からがら繫華街の裏路地を抜け出し、上裸で街を彷徨う。
季節は夏。冬じゃなくてよかった。下手すると凍えていた。
最悪の気分で、街を行く。
俺はどこへ行けばいいんだろう。もう家には帰れない。
こんなんじゃ、夏休みが開けたって、学校にだって行けやしない。
事がバレれば一発で退学だ。証拠はとっくに「友達」に握られているし。
マジでどうしようもない。
悪魔は俺の一瞬の気の緩みを突いてきた。
悪い奴だとわかっていたのに。なぜ心を許した?
俺の内面に踏み込むことをなぜ許可した?
俺は馬鹿だ。
「あんた…そんな恰好でなにやってんの?」
ふと顔を上げると…しまった。クラスメイトの春田に見つかってしまった。
なんでここにいるんだよ…⁉
「俺と関わるな。」
「うん。いくらクラス同じでも、上半身裸で出歩いてるやつとは関わらない。」
「ああ。それがいいさ。じゃな。」
「あ、待って。写真撮らせて?」
春田はおもむろに、俺に携帯を向けてくる。
「やめろ!」
俺は一目散に坂を駆け出す。
「あ~、暇な夏休みにいい話題見つかったわ。あはは。」
背後では、春田が涙目で笑っていた。
「クソッ…‼」
視点変更。
────暑い部屋で、小学校の卒業アルバムを開く男。
そこには、見知った顔がずらりと並んでいた。
こいつは何高、また、こいつは何高…
だが、俺は、無。幽霊だ。
ふと、思った。
あいつら今頃、なにしてるんだろう?
そんなありきたりな疑問が浮かんだ時、玄関からピンポン、と音。
誰だ?居留守を使おうか。しかしなぁ。
仕方なく、階段を降り、俺は玄関を開ける。
玄関を開けるとそこには、かつてのクラスメイトの立華が上裸で立っていた。
「はい?」
「山田、助けてくれ。」
「何が?っていうかなんだお前その格好。」
「頼れるのお前しかいないんだよ!」
(お前しかいないんだよ!いないんだよ…お前しか…おまえ…
脳内でエコーがかかる。)
「何があった?」
「薬やった。」
「バカか。」
「頼む…助けてくれ…」
場にしばしの沈黙が流れる。
「わかったよ…ちょっと待ってろ。」
俺は二階へ行き、Tシャツと、お盆に乗せた冷茶とを玄関へと運んだ。
「飲め。そんでこれ着ろ。」
「あ、ありがとう!恩に着る。」
「風呂も勝手に使っていいぞ。っていうか行って来い。お前、ちょいと臭いぞ。」
「すまねぇ。」
立華は風呂場へ向かった。
「なんなんだよ…ったく。」
ひとり、玄関で笑う。幽霊のこの俺が、表の人間に必要とされている…!
少し歪んでいるかもしれないが、嬉しく思う。
しばし待つと、俺のTシャツを着た立華が風呂から上がって来た。
「ふー、すっきりした。」
「おう。…っで、何があった?」
「────簡潔に説明すると、田無、覚えてるだろ?」
「ああ。小中同じの、あの。」
「うん。あいつ、俺と高校は違うんだけど、最近になって偶然再会してさ。
あっという間に懐に入り込まれちまって。」
「…っで?」
「きのうの夜、クラブに呼び出されて、あいつと遊んで。
俺、酔っぱらっちまってさ。そしたら、流れで薬やる羽目になっちまった。」
「…羽目になっちまったって、うまく断れなかったのかよ。」
「いや、周りにいかつい奴らがいっぱいいてさ。多分みんなグルだと思うんだけど。
大勢に乗せられて、断れなかった。馬鹿だよな。」
「気持ちよかったのか?」
「いや、それがさ、バッドトリップ?ってやつで。マジで地獄みたいな気分。」
「馬鹿な言い方だけど、ただ損しただけじゃねぇか。」
「ああ。」
「そんで、なんでクラブから逃げたんだ?」
「いや、頭が回らなくて。ただ、もんのすごい後悔と罪悪感が襲ってきてさ。
憑りつかれたように必死で逃げたよ。」
「───なるほどな。事のいきさつは解ったよ。っで、
今お前は追われる立場にあるのか?」
「少なくとも、田無がバラしたら、警察には追われるだろうな。」
「いやでも、言うなれば田無だってやってるんだろ?
バラすってことはないんじゃねぇか?んなことしたら自分の身だって危ねぇだろ。」
「それがさ、なんか俺が逃げたのが警察にチクろうとしてる、
って誤解されたみたいでさ。やばいんだよ。」
「なるほど。」
俺は今、とてもヤバい状況のやつを匿ってしまっているのではないだろうか?
…ふとそう思う。冷や汗がひとつ流れる。
「そうだ。逃げてるとき、今思えば、変な女に出会ったんだ。」
「変な女?」
唐突に、立華が目を見開く。
「あ、あいつって…」
「?」
「山田、川上って憶えてるか?」
川上…だと?
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