青の歌(Song of Blue)

ノーネーム

第1話 アイ・スティール・ラブユー

「おえっ…うっ、おええ…!」

あ、頭がくらくらする。俺は暗い路地裏で、壁に手をつきながら、

吐いている。あらゆるものを吐き出す。

それは内面の闇?後悔?…わからない。

ただ、ここにあるのは、ぐっちゃぐちゃの泥沼だ。

引きずり込まれた先の、越えてはならない一線の先の。暗闇。

これぞまさしくバッドトリップ。

数十分前、俺は「やってはいけないもの」を吸った。

悪魔の弁舌とその甘美な香りの誘惑に負けて吸った。

結果、このザマだ。吐く。吐く。そのくせ、異常に腹が減る。

「友達って、一体何なんだろう…」

ひとり、やるせなく呟く。

ようは、俺は「友達」の口車に乗せられて、

まんまと闇の世界に来てしまった、という話だ。

もうだめだ。涙が出てくる。

なくしてはじめて気付いた。あの退屈で単調な日常こそが、

何にも代えがたい、光に満ちた道だったと。

もう戻れない。帰れない。俺は明日の朝に帰れない。

どうすればいい?どうすればいい?

さっきから携帯は鳴りっぱなし。「友達」と、そのまた「怖い友達」からだ。

俺は逃げている。もう、どうあがいたって抜け出せないのに、

まだ帰る道はあると、路地を抜けている。

でも、どこまで行っても、そこには暗い闇があるだけだ。

そして、這って這って抜けた先。

巨大な広告用のモニターが、ビルの一角を青々と照らしていた。

「ここは…?」

と。

「よ。」

そこには、ピンクの髪色のボブカットの、

両耳にピアスを開けた、派手な女性が立っていた。

「誰、だ…?」

「言ったってわからんでしょ。ま、すわりなよ。」

俺は疲れたので、言われた通りに地面に座る。

「目を閉じて。」

いきなり、なんだ…?が、思考力の奪われた俺は、女の奴隷のように、目をつぶる。

暗闇。わずかに感じる光。

「目を瞑って。ここには、アタシとアンタしかいない。」

女はそう言うと、なめらかな身体の感触。抱擁された。

「…?」

俺はなぜか、涙。

と、女は煙のように消えていった。

「…これが、幻覚?」

まるで吐き出す煙草の煙のように、女は幻影よろしく空気中に消えた。

「お~い、にいちゃ~ん。お金頂戴。」

と。非常に外見の怖い人たちが、向こうからやって来た。

やばい。男の一人が、俺の匂いを嗅ぐ。

「おっ、コイツ、キメてんじゃん。」

「マジか!真面目そうな顔してやるねぇ~!ひゃはは!」

「出せや。財布とハッパ。」

怖い怖い怖い。恐怖で足がすくむ。震えて何も出来ない。

「突っ立ってちゃわからんだろォがよ‼」

「うッ。」

腹を思いっきり蹴られる。悪心、吐き気がぶり返す。

「ああ…」

すみませんすみませんすみません…

俺は泣きながら、殴られ、蹴られ続けた。

気付けば、俺は上半身裸で路上に這っていた。

「歯が…抜けたかな…」

男たちは俺の身ぐるみを剥いで、笑いながら消えていった。

聴こえるのは、月曜日の朝の音。街の鳴動の音。

「行かなくちゃ…」

どこか遠くへ、逃げなくちゃ…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る