第32話 そんなことしたら、私悪い人じゃん!
勝負……ナイフを構えたということは、今ここで殺し合いをしようということなのだろうか?
「ちょっと待った! いくらなんでも、それで僕を殺すのは、なんか違うんじゃないの!?」
焦った花は、とっさにそう言った。
メグはそんな花に対し、「そんなことしないよ!」と否定をする。
「そんなことしたら、私悪い人じゃん!」
「いやそうだけど……」
先程のメグの発言集と、ナイフを出して勝負と言われればそう考えてしまうのも仕方がないとは思う。
しかし、平和的な勝負であれば、そちらの方がありがたいのは間違いない。
「で、何で勝負するの?」
「戦闘だよ!」
「やっぱり殺し合いじゃん!」
「違うよ! この前の授業で使ったあれを使うんだよ!」
あれとは、
一言で言うと、精神をダイブさせるVRゲーム的な魔道具だ。
「分かった。それだったらいいけど……どうして僕と戦おうと思ったの?」
メグはあらかじめ先生からBDをレンタルしていたらしい。
それが置いてある空き教室に向かって、歩きながら会話をする。他の生徒にはバレない程度の声量で話す。
「戦おうと思った理由? そんなの決まってるよ、力関係をハッキリさせておく為だよ」
シンプルな理由であった。
原作SHFのメグであれば言いそうにないことだが、納得のできる理由ではあった。
「私の方が上だってことを、証明してみせる!」
「別に僕の方が上だなんて思ってないけど」
「上でしょ! だって、私達の世界は花さんから見て、下の層なんだから!」
「下の層?」
「うん。私本で読んだことあるよ。世界は無限に続いているって!」
下の層というのは、花の世界で言う所の、“多次元宇宙論”に近いだろう。
自分達の住んでいる世界の下に、また宇宙が広がり、そしてまたその下に宇宙が広がっている。逆もまたしかりだ。多次元宇宙論とは、そのような考え方を指す。厳密にはそれだけではないのだが、彼女が言っているのは、おそらくそういうことだろう。
だが、実際にこの世界がなんなのかは、花も分かっていない。
「だから……そんな上の層に住んでいた神様よりも、私の方が上だってことをこの勝負で証明する!」
それで証明できるものなのだろうか?
どちらにしろ、断る気はない。勝負を通じて何かを感じ取れるかもしれないからだ。
空き教室へ到着すると、花とメグは精神をBDの中へとダイブさせる。
気が付くと、シンプルな草原に花とメグが向き合っていた。
「えーと……じゃあ、始めてもいいかな?」
「うん! やろうか!」
メグはナイフを取り出すと、それを投げてくる。
なんとか回避はしたが、たった1本のナイフをかわすのだけで精一杯だ。花の体は、機動性が悪すぎた。
「災難だね! 神様だったハズなのに、そんな弱いモンスターになっちゃうなんてね!」
確かにスターフラワーは弱いモンスターだ。
最終的にゲイルと共に死んでしまうモンスターでもある。
「僕は弱い……けど、ゲイルは死なせない! 運命を変えて見せる!」
「変えられるかな? そもそも、仮にゲイル君を死なせなかったとしても、元々が決められている物語だってことは変わらないんじゃないかな!」
「それは分からないさ! メグだって、SHFじゃナイフなんて使わなかったしね!」
花は攻撃を放つ。
葉の刃を飛ばすアーツ、【リーフカッター】での攻撃だ。
威力は弱く、木に当たってもかすり傷がつく程度の攻撃である花のこのアーツを、メグは手で払いのける。
(相変わらず弱いな……)
自分のことながら、内心落ち込む花であった。
そんな花の様子は気にせずに、先程の問いにメグは答えながらナイフを投げる。
「でも、それも設定の範囲内だよね! SHFの私もナイフアレルギーってことでもないだろうし、やろうと思えばできたんじゃないかな! 結局は設定の範囲内のことしかできないんだよ!」
「ぐっ!」
ナイフが植木鉢部分に当たり、花は吹き飛ばされる。
幸いなことに植木鉢は割れずに済んだ。
(全部設定の範囲……確かにそうだ)
今まで使用したスキルやアーツ。どれもSHFに存在するものだ。
設定的にはできる、できるようになる可能性のあること。それらをやっているだけだ。これに関しては上手い返しが思い浮かばなかった。
「私は無限の可能性を秘めた人生を生きたかったんだよ! でも、全部設定の範囲内のことしかできないんでしょ? それとも、君は設定の範囲以外で何かできるの!?」
「メグ……」
なんて言ってあげれば良いのか。
戦闘の最中だというのにも関わらず、花は考え込んでしまう。
人間時代。空気を読むことに
能力が低いのだから、自信があると思われるような言動をしては駄目だ。そう考えて生きて来た。能力が低いのならば腰を低くして、
そう考え、そんな生き方をしてきた花だ。
今メグに言おうとしていることはある。だが、それは根拠のない言葉だ。言えるハズがない。
だが、それは少し前の花であればの話だ。
「設定の範囲内以外で何かできるのか? ……なるほどね! だったらお望み通り、その設定の壁を破れることを、この僕が証明してみせる!」
花がただ転生や転移をしたというだけならば、このようなことは言えなかっただろう。
しかし、今の花は召喚獣スターフラワーだ。ゲイル・ユグドの召喚獣だ。
召喚獣だからどうした? と思うかもしれないが、それだけ長く一緒にいる存在なのだ。
出会ってから、一か月経過したかしないかの時間しか一緒にはいないが、それでもかなりの時間、共に過ごしてきた。だからこそ、ゲイルの影響も多少は受けてしまうというものである。
(ゲイル……君がいなかったら、今ここでこんな無責任なことは言えなかったよ)
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
しかし、どこかスッキリとした気分だ。言いたいことを言うというのは、ここまで気持ちが良いことなのだろうか?
「証明ね……どうやって?」
言い切った花に対して、メグが睨みつける。
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