第22話 史上最高の通過儀礼!そいつは....親殺しィィィィィィィ‼

「さあて。――レミちゃんは落ち着いたかい、レロ君?」


「おう。今はぐっすり寝ている」


 


 レミディアスの魔力がある程度戻り、探知系の結界を張る事で――ようやく眠りにつくことが出来るようになった。


 旅をしていた時も、彼女は病的な程用心深く。結界を敷き、召喚体を幾つか配置した上で、召喚で作った呪法の空間に引き籠ってようやく眠りにつける。


 当然、全員それぞれ奇襲の用意はしており。見張りも順番でやっていたが(ちなみにレロロは戦闘能力的に見張りはやらせてもらえなかった)。レミディアスのそれは、あまりに凄まじい警戒ぶりであった。


 


 とはいえ。こうなるのも至極当然の話。彼女は幼いころから己が周囲の人間にいつ殺されるとも解らない環境の中で生きてきたのだから。


 その病的な程の警戒心が無ければ、ここまで生き残れてはいないのだ。


 


 現在。レミディアスを除く勇者パーティ三名が。ユーランの別邸の客間に集まっていた。


 


「いいかアーレン。一応言っておくが――レミディアスの魔力が戻った後に弄るなよ?今度こそ死ぬからなお前」


「もうしないよ。以前に一回弄り倒した所為で呪音で殺されかかったからね。流石にまだ弄りの為に命を賭けられる程に喜劇役者じゃあない」


「かかっ。――貴様はレミディアスの呪音への対抗策を持たぬからな。何をしても彼奴に勝てぬ。逆らう訳にはいかぬか」


「そりゃそうだ。ボクはレミちゃんに性的な感情を持っちゃってるからね。呪音にかかるしかない」


 


 レミディアス・アルデバランの呪音は、魔力への抵抗力とは別に、対象がレミディアスに対し抱いている感情の度合いによってもかかり方が異なる。


 本当に物好きというか。バイセクシャルのアーレンにとってレミディアスは好みど真ん中であったらしく。レミディアスに対する性的な感情の度合いが大きすぎるあまり、いとも容易く呪音の効果に嵌ってしまう。


 故に。アーレンは絶対にレミディアスに勝てない。弄り倒した結果呪音で”死ね”と命令され本当にアーケールでその喉元を貫こうとした姿を見て”こいつマジかよ....”とレロロとカスティリオは思ったのでした。


 


「とはいえ。今回はレミちゃんは本当にギリギリまで頑張ってくれたからね。――今度はボク達の番だ」


 そうアーレンが言うと共に、三者の間にある空気が変わる。


 


「レロロよ。術式の解析は済んだか?」


「.....術式の構築まではなんとか解析は出来たが。構造部分は不透明な部分が多い。恐らく、ゼクセンベルゲンは複数の術式を使い分けているが――その中で隠している術式がある」


 


 レロロは首を横に振りながら、そう言った。


 


「ゼクセンベルゲンが空間上に刻み込んだ術式は一貫して”日光を作り出す”もしくは”日光を収集する”術式と、時々”転移”を使う位だった」


「ふむん」


「”転移”の術式を用いて、光の球体に籠めた魔力へと瞬間移動する。そして、その光の球体やら、光を圧縮して高温の灼熱にしたりだとかを”日光”の術式で拵えている。――これがおかしい」


「何がおかしいんだい?」


「あくまでゼクセンベルゲンは”日光を作り出す”もしくは”収集する”術式しか使っていない。作ったり集めたりした光を球体状にしたり収束させて撃ちだしたり、刃に籠めたりってのは別の術式構造が必要になる」


 


 ゼクセンベルゲンは、非常に多様な光の使い方をしていた。


 光の球体を作り出し空間に漂わせ、己が転移の魔法の足場とする。


 光を収束させ指向性を持たせ撃ちだす。


 刃に光熱を宿させる。


 太陽が出た瞬間に、広域に灼熱を放つ。


 


 本来、これらは別々の術式構造が必要となる効果だ。


 だがゼクセンベルゲンは、これらを単一の術式にて行使している。


 


「表に出している術式とは別に――別な効果を持つ術式を隠し持っている」


「.....隠しているが故に、その内実が解らぬか」


 


 本来は光を作る・集める以外の効果を持たないはずの術式に、様々な攻撃方法に転嫁させる。もう一つ、隠している術式があるはずだと。そうレロロは言う。


 


「どうやって術式を隠しているのかも解らねぇ。――すまん。あの戦いの映像で判明できたのはこれ位だ」


「現状では十分じゃ。――隠している術式については、実戦の場で暴こう。その部分は貴様にも協力してもらおう、レロロ」


「おう。任せておけ」


「ひとまずは、日光への対策を組まねばならぬな。遮光効果のある魔道具と術式の準備をせねばな。――奴の片目も奪ってくれたことだしの。遠近を狂わせる得物も幾つか仕込んでおくのも吉じゃ」


 


 レミディアスが全霊をかけて行使した死霊の軍勢を前にしても、耐えきったゼクセンベルゲン。


 その脅威を前にしても、カスティリオは不敵に笑う。


 


「心配せずともわらわと貴様等がいればあんな者に負けるはずもない。――勝つために全霊を傾け後は勝利を待つのみ」


 


 さて、と。カスティリオは呟く。


 


「暫し席を外す。――少々野暮用が出来た故な」


 


 


▼▼▼


 


 


「.....」


 


 十日に区切った日々の最中。 


 一日を過ぎるごと――事態は悪化の一途をたどっていった。


 この十日間。何一つ己にとって利になる事は起こりえなかった。


 


 女神教の本拠が破壊され司祭騎士が捕らえられ。


 その司祭騎士から貴族関係の不正の証拠を引き出され。


 勇者の協力者として暗躍していたユーランと、彼女に保護されていた実子のクラミアンの暗殺に乗り出すも失敗。


 そして。諸々の状況を解決する為に呼んだゼクセンベルゲンは、あろうことかジャカルタ領土を荒らし回り虐殺と略奪を繰り返した。


 


 何一つうまくいく事無く。


 己が最も信を置く執事長のルビウスも。次代の王として見ていたアルゲインも死に。城塞都市の女神教の不正が暴かれるたび、貴族から不安の声が上がる。


 それはそのはず。


 女神教が司法を支配していたが故の己の隆盛であったのだから。


 


 もう己には何もない。


 何もかも、奪われんとしている。


 


 あの。あの忌まわしい勇者一行によって。


 


 十日後までに抹殺してやるつもりだったのに。


 


 


 


 寝室。


 王は震えていた。


 一日が過ぎるのが怖い。


 一日ごとに己が追い詰められていっている。だから明日を迎えたくない。


 そんな子どものような感情で、王は眠れぬ夜を過ごしていった。


 


 


 


 今日は、静かな夜だった。


 しん、と。恐ろしいくらいに静かだった。


 


 


 


 虫の音一つ。外から響く護衛兵の足音一つ聞こえぬ。


 王は、凄まじく嫌な予感がした。


 その静寂は――死神が浮遊して、己が背後から鎌首の冷たさを伝えているようで。


 


 


 


 現在。己は報復を避けるため、普段の寝所とは別の場を用意している。


 王宮の地下より転移魔法を用いて結界で護られた場所。


 その場所は、王自身にも知らされていない。


 


 


 なのに。


 それなのに。


 不自然な程――今は、静かなのだ。


 


 


 


 逃げねば、と思い。転移用の術式を見るが――消えている。


 


 


 


 静寂に輪郭を与える音が、近付いていく。


 その扉に刃が捻じ込まれ、扉が無理矢理開かれる音と共に。


 


 


 


「久方ぶりじゃな、王よ」


「あ....あああああああああああああああああああああああ‼」


 


 


 何一つ得物も持っていない少女が一人。己が前に立つ。


 ただの幼子を前にして。それでも王は錯乱し、寝台から転げ落ちる。


 


「か....カスティリオ・アンクズオール!何故貴様がここにいる!」


「何故と言えば....貴様が眠りこけている場所を暴いたからじゃがな」


「な....!」


「この場所の転移術式を編んだのは、貴様の側近であった執事長のルビウスであろう。奴の傍にもアルゲインを転移させる為に編んだものがあったからの。同列の魔力反応を探知しここを暴いた訳だ」


「な.....な....」


「ああ。流石に、《あ奴》の手前、この場を張っていた兵士諸君は殺してはいない。殺さず無力化する方法というのもよく知っておるからの」


「何故わざわざ....」


 


 ここに来る理由なぞ腐るほどあるのだと王は理解できているが。それでも聞かざるを得なかった。


 


「何故か?教えてやろうか。わらわはより、わらわを充足させる勝利の悦楽に浸りたいからじゃ」


「なんだ....それは....!」


「答えは、こ奴が知っている」


 


 そうして。


 斬り裂かれた扉の向こうより――もう一人の人物が現れる。


 


「お久しぶりですね――お父様」


「く....クラミアン....!」


 


 


 そこには。


 かつて己が殺さんとしていた――第三王子クラミアンの姿があった。


 


 


「き、貴様....!父を殺めに参ったか!この親不孝者が!」


「私にとって貴方は孝行するだけの価値もありませんが....まあその辺りはいいでしょう」


 


 


 クラミアンの声は、あまりにも冷たい。


 それは事務的であり、情感が伴わない代物で。――眼前の男を肉親などとも露とも考えていないことが実によく伝わる声音であった。


 


 


「結論から言うと。貴方にはここで死んでもらいます」


「ぐ....!」


「誰からも場所を秘匿していたが故に、ここで死んで頂ければ暗殺が露見する事も無い。死の恐怖故に判断を誤りましたね」


 


 そこまで言うと。


 ああ、と。クラミアンは言う。


 


「そもそも――父様がここまでに至る判断全てが、恐怖故の誤りでしたね」


 


「勇者一行に褒章を払うも払わぬも、どちらもその後が恐ろしい。恐れから一行を暗殺しようとした」


 


「都合が悪ければ消す。隠す。まるで叱られる事を恐れる子供みたいに」


 


「でも消せず。隠せず。傷は深まり。血は多く流れ。その度に王としての求心力は無くなり」


 


「それでも改めず。悔いばかりが残って」


 


「そうして――今に至るのです。お父様」


 


「愚かなお父様。その報いだと――受け入れて下さい」


 


 己が娘から滔々と語られる侮蔑の言葉に。


 怒りではなく、――心底からの恐怖を覚えた。


 本当に。本当にこの娘は――父を殺すつもりなのだと。本能と理性の双方で理解できていた。


 


「待て!待て、クラミアン!何も殺す事はあるまい!今や王位継承権があるのはお前だけだ!殺さずとも、王位は継げる!さすれば私はただの無力な老人だ!」


「いいえ。残念ですが。ここに来たのは私が王位を継承する為ではありません。式典が行われるよりも前――何なら、ゼクセンベルゲンとカスティリオ殿との決闘が行われる前にお父様には死んで頂く必要があるのです」


「な、何故じゃ!」


「それは地獄の底で業火に焼かれながら答え合わせでもしてください」


「ま、待て!この父を殺すのか!生みの親を!血の繋がりを、ここで断ち切るのか!」


「.....たとえ血が繋がらなくとも結ばれる絆や愛はあります」


 


 されど。


 


「逆もまた然り。――血が繋がろうとも不成立となる愛もまた存在するのです」


 


 故に。


 


「さようなら――私は、貴方との繋がりなどこの先一切合切不要です。断ち切るべきものは断ち切るのだと、私は決めました」


 


 


 そうして。


 クラミアンは己が指先を父に向け――術式を構築する。


 


「まて、まてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」


 


 


 風を纏った指先から放たれたその魔法は。


 王の首を斬り裂き、鮮血と共にその命を散らせた。


 


 


「.....」


 


 冷ややかにその死体を眺め――クラミアンは背を向けた。


 


「ご協力感謝します、カスティリオ殿」


「うむ。いいものを見せてもらった。――どうだ。己が父親に勝利した瞬間というのは」


「特段、感じいるものはありませんね」


 


 クラミアンは、真っすぐに視線の先を見つめる。


 もう――かつて恐れた者へ、一瞥も与えずに。


 


「私は、王となるのですから」

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