第23話 戦争狂VS勝利狂 ファイ‼‼‼‼

 ジャカルタ城塞都市西区画。


 露店通りが立ち並ぶこの区画には――恐ろしい程の雑踏がひしめきあっている。


 


 何故ならば。


 区画中央にある闘技場にて行われる決闘が、市民に無料開放されているが故である。


 


 その対戦カードも、また凄まじい。


 魔王討伐パーティが一人、謀略剣士カスティリオ・アンクズオール。


 そして、砂漠の小国ハレドの英雄、日輪将軍ゼクセンベルゲン。


 


 ――殺せェ!ゼクセンベルゲンを殺せェ!


 ――ジャカルタを舐め腐ったクソ野郎が!死ね!殺せェ!報いを受けろォ!


 


「くく....随分と嫌われたものじゃなぁ、ゼクセンベルゲン」


 


 怒号が地鳴りとなって、闘技場に響き渡る。


 ――ジャカルタ領内で虐殺を行った蛮行は、早くもジャカルタ城塞都市の市民にも広まっている。


 現在。ユーランの情報流布により、勇者一行がジャカルタに訪れた日から続いた大事件の数々が現王宮勢力によるものであるという噂が流れはじめ。第一王子の死亡に対しても、一連の事件を引き起こした事による謀殺であると囁かれている。そして、現王は責任追及を恐れてか行方不明となり、各々の大臣も次々とその席を追われている。


 


 それらの諸々を踏まえ――観客席を囲う結界越しに、凄まじいまでの怒号が響き渡っている。


 


 闘技場の中央。――カスティリオ・アンクズオールとゼクセンベルゲンが相対していた。


 


「はっ!――こいつらがどうして怒っているか解るか?カスティリオ・アンクズオール」


 


 しかし。怨嗟をぶつけられしゼクセンベルゲンは、まるで何処吹く風といった風情である。


 左目に眼帯を付けたその男は、両手を広げながら――獣の笑みを浮かべている。


 


「指針がないからだ。確たる存在価値もない弱者共が縋りつく最後の心の砦が、国への帰属意識だ」


「ほぉ」


「だから――所詮他人事の為に怒るんだよ。何故か?自分がただの蛆虫の如き弱者である事を舐められ続けて、そして心底では自分が蛆虫である事は認めちまっているんだ」


 


 けっけっけっけ。


 ゼクセンベルゲンはただただ――観客の怒号に、嘲笑を上げる。


 


「自分が舐められるしかない弱者だから。せめて自分が寄生している国という集団にだけみみっちい誇りを持っているしかない。そんな無様で哀れな踏み潰されるだけしか能がない羽虫共」


 


「人生の指針も持たず。能力も無く。力もない。自分にはな~んも無いから所詮他人事にこんなに怒れるんだよ」


 


「他人事に怒りを覚える前によ~。まずは自分の無力さに怒りを覚えるべきじゃねぇの?所詮踏み潰されるだけの蛆虫に嫌われたところで、俺は俺の人生の指針を決してブラすことはねぇ」


 


「お前もそうは思わねぇか?」


 


 ゼクセンベルゲンの言葉に――カスティリオも一つ頷く。


 


「同意じゃ。わらわも舐められるのが我慢ならんからこそここまで来たのじゃ」


「そうだよなぁ」


「ああ。じゃがの。――同様に、わらわは他者を舐め腐ることはせぬ」


 


 カスティリオは、飄々とした態度でゼクセンベルゲンと向かい合う。


 


「わらわは、わらわを舐め腐る者は許さぬ。どんな相手であろうとわらわを舐めた相手には必ずや復讐を果たす」


 


「同時にわらわは理解している。他者に舐められる屈辱はあまりにも厄介。その屈辱を晴らさんと心中を燃やす者も必ず現れる」


 


「故にわらわは――侮る事はせぬ。如何なる弱者であろうと。舐めてはならぬのだ」


 


「貴様は、戦争が好きなのだろう?故に戦争にまつわる者には敬意を払っておるようじゃが――勝利とは戦争のみで決する事はない」


 


「物事とは総体で決まる。剣を交える闘争なぞその中のほんの一部だ。――戦で得られる栄誉も褒章も、貴様が舐め腐っておる弱者が居らねば成立もしないものじゃ」


 


 


 カスティリオの弁舌を聞き。ゼクセンベルゲンは「へぇ」と呟く。


 


 


「成程な。そういう考え方もあるか....。面白いな。アンタは戦に名誉を求めるタイプか?」


「いいや。逆じゃ。名誉の為に勝つのではない。


「ふむん?」


「言ったであろう?物事は総体で決まる。眼前の相手を打倒すればそれは勝利か?戦で相手を滅ぼせればそれで勝利か?そうではない。その戦の果てに、わらわが栄誉を得てはじめて勝利したと言えるのじゃ」


 


 なぜならば、とカスティリオは続ける。


 


「闘技場での決闘は敗北者を積み上げ最後に褒章を受け取る事で栄誉となる。だが、国家間同士の戦では、たとえ己が何人斬り伏せ生き残ろうとも。肝心の戦で敗けてしまえば何も残らぬ。勝利の実感が得られぬ。ただ生き残れたという事実のみが残されるのみ。それは勝利とはいえぬ」


 


「勝利。勝利じゃ。わらわは戦が好きなのではない。闘争が好きなのではない。敗北者を積み上げ、勝利を実感する事が好きなだけじゃ」


 


「故にこれまで戦で戦う事はしなかった。戦とは国家間同士の争いじゃ。所詮は国家という他人同士の勝敗でわらわの勝利が決まる戦いに興味はなかった。国家が勝って、そこにわらわが介在できてはじめて名誉らしきものを得られるだけじゃからな。戦争そのものが好物の貴様とは、考えがそもそも異なる」


 


 カスティリオ・アンクズオール。


 彼女は勝利中毒者。


 己が勝利を実感できるかどうかこそが重要であるのだと――そう説いている。


 


「興味は無かった....って事は。今はあるのか?」


「うむ。何故ならば、わらわは今や魔王を滅ぼせし勇者が一人。その名誉の使い方というものを考えたが――魔王を打ち滅ぼし時より、理解できた事がある」


「何をだ?」


「当たり前の話だがの。より強大なものに勝利を得た方が、よりその味は甘味である事をだ。わらわ一人で勝利できる事象なぞより、より巨大な代物に勝利したいと。そう思うようになった」


 


 ならば。


 


「故に。ここで貴様に勝利しその甘味を得ると共に。魔王討伐により与えられし栄誉に更なる華を添える」


 


「わらわはこの世界を牛耳る全てに勝利すると決めた」


 


「わらわを引き入れたあの男が敵に回さんとした全てに、だ。くく――これよりわらわは胸躍る闘争の日々を送る事になる」


 


「故に。人の悪意を知るための旅は、これにて仕舞いじゃ」


 


 


 そうカスティリオが呟くと。


 彼女は――『回帰』の術式を唱える。


 


「――貴様は真なるわらわの姿にて打倒しようではないか」


 


 光と共に。彼女本来の姿が現れる。


 背丈の高い波打つ刀身のサーベルを佩いた、本来の武人の姿へ。


 その背に黒色のマントを纏い。武人が、ゼクセンベルゲンの前に顕現した。


 


 その光景を見て。観客のボルテージは更に高まっていく。


 


 だが。


 それ以上に――。


 


「それが...アンタ本来の姿か」


 


 


 その姿を見る。


 今まで幾千、幾万の戦士の姿を見てきたが――そのどれとも重ならない風格がある。


 ただ佇むだけで。そこに至るまでの道筋が見える。


 武に生き、剣に捧げた。その全てが、その佇まいに、その目線に、その殺気に、見えてくる。


 


 そして。


 この果ての無い程の強者の空気を――この姿に戻るまで、完・全・に・消・し・去・っ・て・い・た・と・い・う・事実がもう恐ろしい。


 


 ないものをあると錯覚させるよりも。あるものをないように錯覚させる方がよほど難しい。


 この眼前の存在は、――己が強者として纏っていた風格全てを敢えて消し去る方法まで知っていたのだ。


 己では決して行わなかった研鑽の跡が見える。


 


「中々にいい女じゃろう?――貴様の最後を彩る相手としては不足はあるまい」


「.....」


 


 思わず、見とれてしまった。


 その姿に――己の胸が打ち震えるような感覚を覚えてしまったが故に。


 


「そうか.....アンタのような人間がどうして争いを振り撒いてくれる魔王を滅ぼしたのか。不思議に思っていたが」


 


「アンタなりに....魔王を滅ぼした後の闘争を望んでいたが故だったんだな....」


 


「理解できたし、共感も出来た」


 


「クソ....強敵を前にして”ここで会いたくなかった”と思ったのはこの人生はじめてだ。アンタがこれから作り出す戦争の山を、見てみたかった...!」


 


「だが――それでも。俺は全霊でアンタを殺しに行くぜ。なぜなら、これは戦争だからなァ....!」


 


 


 ゼクセンベルゲンはそう言うと、己が腰先から鉈のような形状の剣を引き抜く。


 その意気に応えるように――カスティリオもまた、波状のサーベルを引き抜いた。


 


「行くぞォ、カスティリオ!」


「応。――かかってこい若造」


 


 


 日輪の輝きが宿る刃と、理外の力が宿りし刃。


 湧き上がる怒号と歓声を打ち消す金属音が響き渡ると共に――決戦は始まった。


 


 


▼▼▼


 


 


「さあて、レロ君。この観客席の結界の強度はどんなものかな?」


「おおよそ大魔法一発は防ぎ切れる位かな。つまり、――レミディアスの死霊術を破ったあの魔法が飛んで来たら多分耐えきれない」


「なら。ここも安全ではないんだね」


 


 現在、


 レロロとアーレンは観客席より、カスティリオとゼクセンベルゲンの戦いの行方を見守っていた。


 


「術式の解析は、――まず術式を隠している絡繰りを暴いてからだな」


「そこはカスちゃんに任せるしかないね。その為に魔王殺した時に奪った魔法具も持たせている訳だしね。――それにしても不思議な戦いだ」


 


 アーレンは、眼前で繰り広げられている戦いを一目見て、そう呟いた。


 


「元々は、ボク達が握った女神教の不正の証拠を引き渡す目的で王宮連中がゼクセンベルゲンを呼んで。そしてボク等は王権がクラミアン様に行くように決闘を受けた....っていう流れのはずだったんだけどね。結局この決闘の前に第一王子も王様も死んじゃったから、この約束事も別段の意味も持たなくなった」


「今となっては――この国にゼクセンベルゲンがいる間に奴を殺しきることが目的だからな。もう王宮は、クラミアン様の手中にある」


 


 現状では、本来この決闘が持っている意味というものは無くなり。その代わり――新たな目的が生まれた。


 それは、ゼクセンベルゲンをこの決闘にて始末し。レミディアスが仕掛けた謀略を成す事。


 


 ここでゼクセンベルゲンを仕留める事が出来れば、ハレドは滅びる。


 その滅びを成す為に、ここでゼクセンベルゲンを仕留める事が必要となる。


 


 現在。ハレドはプランテーション化していた属国の蜂起がおこり。ハレドの軍と衝突している。


 その様子を見てハレドの周辺国は攻め入る準備を進めている。


 ここでゼクセンベルゲンが始末できたならば、ハレドを攻め滅ぼし。レミディアスの息が掛かった新たな体制の国家が生み出せる。


 


「――ここの勝負と並行して。クラミアン様が仕掛けている策もある。わざわざ王権を受ける前に父親を殺してまで仕掛けた策がな」


 


 


 だからこそ、勝たねばならないとレロロは言う。


 


「アイツの術式――俺の目に映してくれさえすれば絶対に解析してやる。だから、頼むぜカス」


 


 


▼▼▼


 


 


「はは....!」


 


 剣戟を打ち合い、互いがバックステップで距離を取り――行使するは。


 体勢を整えて再び斬り結ぶではなく。


 


 互いの得物が届かない距離での果し合いであった。


 


 ゼクセンベルゲンは光の玉を周囲に撒くと共に、幾つかの光線を放ち。


 カスティリオは、刃の届かない距離から、されど斬撃を放っていた。


 


 ゼクセンベルゲンの魔法を、ステップを踏むように回避しながら――波状の斬撃がゼクセンベルゲンへ飛んでいく。


 その全てが――ゼクセンベルゲンの左目側より放つ。


 潰れた眼窩では捉える事叶わぬ死角より。カスティリオは己が斬撃をその身に届かせる。


 


「いいねぇ....!アンタ、剣聖と同じ技術が使えるのか....!」


 


 片目で遠近感も掴みにくい中。更に死角から訪れるその斬撃に――ゼクセンベルゲンは、至極当然のように全て己が得物で叩き落していた。


 潰れた視界から遠近の捉えにくい斬撃――されどゼクセンベルゲンが積み上げてきた経験が、その位置と距離を読み込ませていた。


 


「それじゃあ――アンタも対応できるか⁉」


 


 死角側からの攻めに対応した後。


 ゼクセンベルゲンもまたカスティリオの死角側に生成した光の玉へ向け”転移”の術式を用いて移動する。


 


「術式が見えておるぞこの馬鹿が」


 


 カスティリオの背後にゼクセンベルゲンが現れた瞬間。


 カスティリオは天に向け己が左人差し指を向け。


 


 ゼクセンベルゲンの魔力探知が――カスティリオではなく、観客席からの魔力の放出を観測した。


 


「よいぞ。やれ、よ」


 


 


 瞬間。


 紫の雷鳴がゼクセンベルゲンの耳朶を打ち――その頭上より落とされた。


 


「が....!」


 


 


 転移の瞬間を見計らった、が、ゼクセンベルゲンに落とされた。


 


 


 ――これは、あの時の....!


 


 覚えている。


 ジャカルタ領内で虐殺を起こした後に戦った召喚術師。己が放った光線を撃ち落とした、紫電の魔法。


 


 カスティリオの左手人差し指。


 そこには、妖しく輝く宝石が嵌め込まれた指輪がある。


 


「まずは、初撃じゃ」


 


 そうして予想外の攻撃に足を止めたゼクセンベルゲンに向け。


 振り向きざまの回転斬りを、カスティリオは放っていた――。


 


 

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