第19話 テメェの血が何色か、その身体にきいてやるぜェェェェェ!

 バルデッタ・アルデバランという召喚魔法使いが、かつていたという。


 という、という曖昧な言い方になるのは。そんな人物がいた事を示す記録の一切が抹消されているが故である。


 


 召喚魔法の名家であり、貴族の大派閥の一角であるアルデバラン家。


 


 彼等がレミディアスに滅ぼされた後、その一派に至るまで大粛清を受けたのは――かつてバルデッタが”禁忌”を犯し。王に対しての叛意を持ち合わせていたことが立証されたが故であった。


 


 死霊術の研究及び実行。そして大量の奴隷を用いた人体実験。


 バルデッタ・アルデバランは、己が全てを賭けて――禁忌の魔法の研究を行っていた。


 


 彼が望んでいた事は、己が名をこの世に轟かせる事。


 その手段として、己が召喚魔法による国家転覆を目論んでいた。


 


 


 その手順はこうだ。


 奴隷を購入し戦闘訓練を行わせ、最低限の戦闘技術を覚え込ませたのちに――大量の薬剤と魔法を用いてその人体を改造し、運動機能を増加させ、痛覚を遮断し、凶暴性を増した兵士を作り上げ。その皮膚に鎧のように金属を癒着させる。


 


 改造された奴隷兵士は敵味方関係なく暴れ回ると。数時間も経たぬうちに死へ至る。


 死した彼等の魂をストックし、それを死霊術にて呼び起こす。


 


 死ぬ事が前提となる奴隷兵士。


 一度作り出した後に、死霊術の道具とする。


 極限まで人体改造を施そうとも、制御できず、短時間で死ぬならば意味がない。それらを維持し運用するシステムが存在しなければ。


 そのシステムが召喚魔法であり。そしてそこから派生した死霊術である。


 


 死霊術で呼び起こした存在に対して、術者は制御を行う事が出来る。魔力で運用する故に短命も無視できる。


 そうして作り出した兵士のストックを一つ、また一つと貯めていくが――奴隷の購入だけではバルデッタが望むだけの数を調達できなくなっていった。


 当時、表向きには奴隷の売買は禁止されていた。特に女神教を国教とする国からは、硬く禁じられていた。――女神教の影響が大きくなるにつれ、領内で大っぴらに奴隷を購入する事は難しく。また出来たとしても相当なコストがかかる羽目となった。


 


 その後、彼は自身にとって恐ろしく都合がいい研究場所が用意されることとなる。


 それは――国境線上にある戦場であった。


 


 戦場では大量の人死にが起こり、捕虜も毎日のように現れる。人体実験にも都合が良く、女神教の監査も無い為奴隷の購入もやりやすかった。


 そして。――人の魂を魔力に変換する、魔王の魔法。その実験場としても有用であると考えていた。


 


 バルデッタは軍の指揮を執るという名目で砦にこもり。潤沢な環境にて禁忌の研究を行っていた。


 そうして彼は己の手で生み出した兵をストックしていき。いずれは国家転覆すらも可能とするほどの死霊術を手にする算段であった。


 


 しかし。彼は――禁忌の研究故のミスを引き起こしてしまう。


 


 魔力変換の為に魂の蒐集を行う。


 彼は魔王の魔法を解析しこの魔法を実施運用を行っていたが。


 ――彼は魂との契約を行う事無く、魂の収集を行ってしまう。


 


 魂との契約を行う事無く、魂を魔力に変換するは。魔王のみの特権。


 それを知らず術式の運用を行ってしまったバルデッタは――魂が引き起こした大災害によりその命を散らした。


 


 


 その大災害が、砦を地獄に変えた。


 


 


 召喚された奴隷兵士が跋扈し、殺された魔法使いが骸骨となり蘇り、溢れ出た魂を求め怪鳥が空を舞う。


 アルデバランの正規兵も、侵攻してきた敵も。その悉くを殺し去り。その膨大な死がまた砦の地獄を継続する為の薪となる。


 


 


 バルデッタ・アルデバラン。――レミディアスの曽祖父が引き起こしたそれら全ての痕跡を、アルデバランは血眼となり消し、封印した。


 


 


 バルデッタの記録が暴かれたその時。粛清される事を知っていたから。


 その判断の正しさは――レミディアスの手により証明される。


 


 レミディアスは己が手でバルデッタの記録を暴き、封印を解き、そして――かつてあった大災害を”召喚”する事により。一族が犯した罪を証明した。


 


 それにより――禁忌に関わったとされるアルデバランの関係者及び、その貴族一派を粛正する口実を他派閥に与えた。


 


 


 


 今まさに彼女が行使した魔法が、それである。


 かつてあった己が一族の罪の残骸。


 隠され、暴いた。己が内に流れる血を引き先祖が巻き起こした未曽有の大災害。


 


 


 この布陣にて――敵を待つ。


 


 


▼▼▼


 


 


 城門より、奴隷兵士たちが打って出ていく。


 その全員が、巨大な鉄塊の如き鎧をその肉体に癒着させていた。


 だというのに。彼等は早馬の如き速さでその身を走らせ――単身、砦に走りくるゼクセンベルゲンへ斬りかかっていく。


 


 ゼクセンベルゲンは馬身をぐるり回転すると共に――得物を、鎧に振り落とす。


 


「ふむん」


 


 鎧はけたたましい金属音と共に、焼き切れる。


 日輪の力により高熱を宿したゼクセンベルゲンの得物が、奴隷兵士の袈裟を斬り裂く。


 


 その身体を斬った感触としては――癒着した金属よりも、肉体の中にある骨の方がよほど硬い。


 日光の力を宿した得物でも、大振りしなければ両断は出来ない。


 


 とはいえ。現在は単騎先駆けの状況。囲まれてはどうにもならぬ。


 現在――日没の時間帯。ゼクセンベルゲンの日光の魔法は、当然太陽が出ている時にこそ真価を発揮する。


 ゼクセンベルゲンは己が魔力をもって光を捻出しているが、大規模魔法は日没の状況下では魔力の効率が悪くあまり使用したくない。


 


 


「――持久戦だな」


 


 ゼクセンベルゲンは、この戦の勝利条件を己で定めた。


 日の出まで戦い抜き、己が秘中の魔法によりあの砦を焼き尽くす――。


 


 ゼクセンベルゲンは己が周囲に、蛍火のような小さな光源を作り出すと、それらを飛ばす。


 奴隷兵士の集団がゼクセンベルゲンを囲うと共に、散らした光へ瞬時へ空間転移する。


 


 瞬時に背後を取ったゼクセンベルゲンは――試しに、奴隷兵士の頸動脈を斬り裂く。


 


 首から血液が噴き出るものの。兵士は変わらず動き回っている。


 


 ――まともには死なねぇか。


 失血しようともその身に植え込まれた魔力が無理矢理身体を動かす。


 痛みを与えようともそれを感じる事も無い。


 足を断ち切るか、身体そのものを斬り裂くか。そうしないと、彼等は動きを止める事はない。


 成程。――前線を維持する為の兵士として、これ以上ない程に都合がいい性質をしている。


 


 哄笑を上げ殺到してくる奴隷兵士の面々を一瞥し――ゼクセンベルゲンは臆することなく突っ込んでいく。


 日輪の力を宿した斬撃にて斬り伏せ。囲まれる前に疾駆し、時に転移しながら。


 十、二十。その屍を積み上げていく。


 


 砦の櫓から、血に濡れ、錆びた矢が降り注ぐ。


 城塞から詠唱を行う魔法使いの術式が編み込まれ、ゼクセンベルゲンの頭上に降り注ぐ。


 


 ゼクセンベルゲンは最低限の術式を用いて矢を燃やし、魔法を避け、殺到する奴隷兵士を斬り伏せていく。


 これだけの力の奔流を前にして。更に自分の術式の本領が封じられた上で。――それでもゼクセンベルゲンは傷を負う事無く凌ぎ切っていた。


 


 だが。あくまで凌いでいるだけ。


 まだ――あの呪いの砦の内側に入る事は叶っていない。


 日の出と共に初手からこちらの最大魔法を使い攻め入ろうかとも考えたが――相手が決闘相手からの差し金である可能性までゼクセンベルゲンは考慮していた。

 


 ――手の内は、これ以上明かしたくねえな


 己が最大の魔法は、相手の魔法使いを確実に仕留められる状況下で使うのがベスト。今はまだ、機では非ず。


 それならば、残る手は一つ。


 


 


 ――ゼクセンの兄貴!馬の回収と編隊が終わりました!騎馬隊、いつでも動けます!指示を頼む!


 


 己が副官からの伝達魔法による文言を聞き、即座に返す。


 己が魔法ではなく。騎馬隊を用いて敵を打倒する事をゼクセンベルゲンは決断した。


 


 ――東西に隊を二分割して外回りで敵を囲え!今俺に集まっている兵士共を挟撃する!


 


 ゼクセンベルゲンが単騎駆けをした事により。敵は密集している。


 今ならば――こちらの騎馬隊で挟撃を仕掛ける事が出来る。


 


 ハレドが誇る、砂漠の騎馬隊が――夜明けを前に放たれる。


 


 


 


▼▼▼


 


 


 


「――騎馬隊が出たよ、レミちゃん」


「了解。まずは周りの邪魔者を消すわ」


 


 


 アーレンの言葉に、レミディアスは一つ頷く。


 双方とも――赤黒き城塞の上にて、その経過を見守っていた。


 


 


「――最終的にゼクセンベルゲンは闘技場でカスティリオが討つとしても。ぞろぞろ引き連れてきた騎馬隊の方も削っておかなきゃ、そいつ等も脅威になる。全部とはいかないまでも、半分くらいは削っておきたいわ」


 


 日の出までの時間は迫っている。


 日輪を操る魔法使い。その男が


 ゼクセンベルゲンが完全体になるまでに――こちらは彼が率いる騎馬隊を削る。


 


 彼の術式の本気を見る事もそうであるが。わざわざ引き連れてきた騎馬隊を削っておくこともレミディアスの役割である。


 


「それじゃあ――お願いしますわ、曾祖父様」


 


 そう言うと、


 


「『バルデッタ・アルデバラン』」


 


 その名を唱える。


 身に余る野心を持ったが故に厄災を引き起こし。


 後世に名を遺す事を夢見た挙句、その記録の一切を封じられ。


 そして――後々、その血筋を引く者によりその封が暴かれ。一族郎党諸共破滅の端緒となった外法の魔法使いを。


 


 


 男は、穏やかな顔をしていた。


 物腰柔らかそうな雰囲気に柔和な笑顔をした、眼鏡をかけた壮年の男。


 身に纏うローブには幾つもの術式が刻み込まれ。その口元には煙管を咥えている。


 


 


 男は――召喚主たるレミディアスの姿を見ると、ニッコリと微笑みを湛える。


 


「....指示をくれたまえ」


「騎馬隊の軌道上に、術式を展開しなさい」


「....あい解った」


 


 


 日の出の直前の時間。


 男はローブから左手を差し出し、砦に向かい来る騎馬隊へ向け――術式を作る。


 


 


 


▼▼▼


 


 


 ゼクセンベルゲンの指示を受け走り出した騎馬隊。


 その足元に――異変が巻き起こる。


 


 


「な....!おい、何が起こってやがる....!」


 


 その足元が、泥土となる。


 変色した血液が粘性を纏い、泥となり――騎馬の足元へ纏わりつく。


 


 ハレドの騎馬は特別性だ。


 たとえ砂地であれど駆け巡れる強力な脚力と、強靭な体幹を持つその騎馬は。魔物の血を掛け合わせ作った特別製。


 たとえ灼熱の如き熱砂に塗れようとも平然と地を蹴り上げる彼等の足が――止まる。


 


 血液の泥土によって。


 


 


 そして。


 


 


 血液から這い出た何者かが、哄笑を上げて何かを突き出す。


 


 


 それは――槍衾であった。


 


 


 長く、赤く、錆び付いた赤く長い槍。


 


 


「ぐああ!がああああああああああああああああああああああああああああ!」


 


 


 馬体を貫かれた騎兵は、泥土にその身を落とす。


 


「テメェ等!止まれ!止まれェェッェェェェ!」


 


 誰一人「助けて」とは言わなかった。


 ただ――これ以上進軍するな、という意思表示を放つ。


 


 馬と、騎兵は――泥土の底に飲み込まれゆく。


 引き摺り込まれ。その身を沈ませると共に――くぐもった嘶きと断末魔の声が不気味に周囲に響き渡った。


 


 彼等の血肉が吸い込まれると共に。


 彼等から流れ出た血肉が――更に泥土を広げていく。


 


 


 広がった泥土からは標的を狙い定める何者かと、その何者かが操る槍衾が地面より放たれる。


 


 前を走る騎兵のほとんどは泥土に飲み込まれ、その拡大の為の贄となり。


 後続の騎兵たちはそれを前に、停止を余儀なくされる。


 


 騎馬隊による挟撃により、奴隷兵士を挟撃する策は――失敗に終わる。


 


 


「.....」


 


 


 ゼクセンベルゲンは。


 一瞬だけ後ろを振り返り――少し、寂し気に微笑んだ。


 


「すまねぇな。――間違いなく俺の失態だ」


 


 戦場で起こった出来事だ。


 恨み言は言わない。


 ただ――己が失態によって散らした命に詫びを入れ。そして前を向く。


 


 


 


 日が上がる。


 


 


 暗闇は消え去り、燦燦と照らす日の光が白みがかった空を照らし出す。


 


 


「――まさか。決闘の前に、こいつを使う事になろうとはな」


 


 


 ゼクセンベルゲンの剣先が、出て来たばかりの太陽へ向かう。


 瞬間――光る太陽の姿が、瞬時に大きくなる。


 


 


 


「これが――俺の秘奥の魔法だ。とくと味わえ、亡者共」


 


 


 瞬間。


 


 砦にいる者も。ゼクセンベルゲンと斬り合っていた奴隷兵士共も。


 その全てが――灼熱を感じた。


 


 己が身を焼きつける日の光。肌身を焼くそれが身体の外側からじゅくじゅくと内側へ入り込み――激痛と変わっていく。


 輝かしい光が、灼熱と変わり――敵の一切を焼き尽くしていく。


 


 


「相手の大技を引き出したわ。これでわたくしの役目は終わり」


 


 その姿を一瞥した瞬間には――城塞の上に立つレミディアスとアーレン、そして別の場所ではファウムがそれぞれ別の転移用の紋章が展開される。


 


 


「さあファウム。最後っ屁だ。――見事に決めてやろう」


「....上等!」


 


 


 瞬間。アーレンは神槍から紫電を生み出し。


 ファウムは神弓を引き絞る。


 


 


「む....!」


 


 


 魔法の行使と共に。ゼクセンベルゲンは眩い光を見た。


 紫の雷撃が、まるで落雷の如き眩い光を生み出す。


 


 光に目が眩むその最中。


 


 己が左目に向かい来る――矢の軌跡が見え。そして消えていった。


 


「ぐお....!」


 


 左目に突き刺さった瞬間。神弓に籠められた浄化の光がその脳髄に届かんとする前に。眼窩に防御術式を展開する事で――何とか失明のみに傷を留める。


 


 


 その光景を見ると共に、ファウムはアーレンに契約通り神弓を投げ渡し。レミディアスとアーレンは城塞都市へ。ファウムは国境線近くの地点へ。それぞれ転移を果たした。


 


 


 


「かは.....!かはははははははっははははははは!」


 


 


 


 光を失った左目から矢を引き抜き。激痛が全身に走りながらも――ゼクセンベルゲンは笑っていた。


 


 


 日輪の灼熱に焼かれ砦は崩落し。その姿を消し――元の丘陵の光景へと戻る。


 


 


 戦には勝った。


 だが――間違いなく、今己は勝負には敗けた。


 


 夜襲により部隊を混乱に陥れ、騎馬隊と泥土の魔法にてこちらの騎馬隊を削り込まれ、そして己の秘奥の魔法を解放し、左目まで失った。


 


 


 


「――これは、今度の決闘者からの差し金か?よかろう!」


 


 


 だが。


 まだ戦争は続いている。


 


 


「――次なる戦が楽しみよなァ!はっはははははははははは!」


 

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