第18話 日輪よ!我に戦を与えたまえェェェェェェェェ‼

「ん....?」


 


 虐殺と略奪を終えた頃。もう既に日は沈んでいた。


 ゼクセンベルゲン一同は燃え盛る炎を囲うように野営の準備を始めた頃。


 


 ゼクセンベルゲンの目に、魔力の奔流が見えた。


 


 それは通常の魔力の動きではなく。


 術式から編み込まれ、形成された魔力ではなく。


 空から降り注ぐ雨のように、不定形の魔力が降り注いでいく。


 


 降り注ぐ先は――燃え盛る村へ。


 淡き光が燃え盛る炎へ降り注いだ瞬間。


 


 


 炎が、弾けた。


 


 


「おお....!」


 


 突如として薪がくべられたように火の勢いが増したそれは――野営地を飲み込んでいく。


 


「テメェ等!撤収だ!火責め用の防御術式を展開して馬を回収!急げ!」


 


 火の勢いにも負けぬゼクセンベルゲンの声が響き渡る。


 己もまた愛馬の下へ急ぎ、その背に乗り込まんとするが――。


 


「....おいおい、マジかよ」


 


 乗り込んだ瞬間――地面が揺れる。


 轟々と鳴り響く地鳴りは大地を震わせ、――騎馬は嘶きと共に、パニックに陥り暴れ回る。


 


 炎は舞い上がり、地面は揺れる。揺れる地面に足下すらおぼつかぬ中、炎が迫りくる。一瞬にして――因業が巡るかの如き災害が、ゼクセンベルゲンの軍勢に襲い掛かった。


 


 ――何が起こってやがる?


 


 


 


 


▼▼▼


 


 


 


 非業の死を遂げた魂は、その思念により災害を引き起こす。


 それが、呪いである。


 レミディアス・アルデバランは――蒐集した魂を魔力に変換した後にそのまま次なる虐殺地に解放。復讐先であるゼクセンベルゲンへ、呪いを振り撒く。


 


 ”自分たちを殺したゼクセンベルゲンへ害をなす”という指向性を持たせたその呪いの内実は、術者であるレミディアスにも把握は出来ない。


 故に。蒐集した魂が如何なる災害を引き起こすか――しかとレミディアスは見届けていた。


 


「炎に、地震か」


 


 己の足下にも伝わってくる地面の揺れと。彼方先から煌々と輝く炎の光を見届け――蒐集した魂が引き起こした災害の内実を把握する。


 


「騎馬を封じてくれたのは大きいわね。感謝するわ。――なら空から攻めていくべきね」


 


 レミディアスは杖を軽く振ると共に、召喚魔法を行使。


 けたたましい鳴き声と共に黒色の怪鳥が生み出されると共に――夜の暗闇に紛れ飛び立っていく。


 


「まずはご挨拶。寝る間を与えずに休息をさせない」


 


 クク、と――レミディアスは笑う。


 


「――こんなをした愚か者共に、安眠できる夜など与えはしないわ」


 


 


▼▼▼


 


 


「成程な....あそこか!」


 


 レミディアスが召喚魔法を行使したと同時に。ゼクセンベルゲンはその魔力を探知した。


 


「――こいつは、俺達が殺した魂を利用した呪いか。なら、さっさと鎮めねぇとならねぇな」


 


 ゼクセンベルゲンは己が腰先より得物を引き抜く。


 それは、幅広で重厚な、鉈のような刀剣であった。


 


 それを振るい一つ詠唱を唱え、術式を編む。


 瞬間――村の周囲に漂っていた魂は苦悶の声をあげ始める。


 


「――『日輪光』」


 


 詠唱と共に。夜の暗闇の中、光が生み出される。


 太陽が頭上に落ちてくるかの如き灼熱の光が、災いを降り注いでいる魂を焼き尽くしていく。


 魔法により魂を祓うと共に。――燃焼も、地震も次第に落ち着いていく。


 


「兄貴!無事ですかい!?」


「おう!被害はどうなっている!?」


「死者はまだ出ていねぇっす!ただ火傷で動けねぇ奴等が多い上に、馬共が暴れ回っていて制御が効かねぇ!」


「馬は後回しでいい!再生の術式使える連中集めて火傷の処置を優先して行え!馬は後から回収すればいい!人命優先だ!」


「了解!」


「結界を急いで敷いて、固まって動け!――これを引き起こした馬鹿がいやがるが、位置は遠い!」


 


 淀みなく支持を飛ばし、刀剣を握り込み彼方を睨みつける。


 ――馬か、高速移動の術式がねぇと追いつけなさそうだな。


 


 ならば。まずやるべき事は、この場を収める事だ。


 


「兄貴!新たな魔力反応が!――空です!」


 


 


 


 夜の暗闇に紛れ、その姿は見えない。


 だが。確かに魔力反応がある。


 


 黒色の怪鳥が――ゼクセンベルゲンの野営地の頭上を舞っている。


 


 怪鳥が絶叫と共に術式を展開し、ばさばさと翼をはためかせ、黒色の羽根を飛ばす。


 羽根の先端が尖った刃に変化すると共に。それは広範囲に振り落ちていく。


 


 それはゼクセンベルゲンやその手勢に向けられてではなく。


 ――暴れ回り、走り回っている騎馬を狙って放たれていく。


 更なる嘶きと共に――魔獣を配合した特殊な騎馬たちは、その肉体に羽根が埋め込まれていく。


 


「野郎!――馬を狙ってやがる!」


 


 即座に部隊は弓を取り出し矢を放つ。


 だが夜の暗闇に完全に一体化した怪鳥を捉える事は難しく。――更に放たれる矢が到来すれども、その軌道が自然と離れていく。


 それは怪鳥の翼が生み出す風圧の所為でもあり。


 怪鳥の頭上に仕掛けられた――因果操作魔法が籠められた守護霊によるものでもある。


 


「――はは」


 


 その光景を見て。


 ゼクセンベルゲンは――笑った。


 


「テメェ等!矢は変わらず撃ち続けろ!あのアホウ鳥を落とすぞ!」


 


 ゼクセンベルゲンはそう言うと、得物を握っていない左手にて術式を編む。


 編んだ術式が展開すると共に光が収束し。収束した光が、更に発散し空へ放たれる。


 


 光は、鳥が放つ羽根の一つ一つを焼き尽くし。


 夜空に溶け込むその姿を照らし出す。


 ゼクセンベルゲンはその姿を一瞥した瞬間――その姿を、消す。


 


 己が放った光から、光へ。瞬時に移動し――その頭上を取る。


 


「――いい鳴き声を聞かせてくれよ」


 


 頭上の守護霊を得物にて斬り裂き。そのまま怪鳥の首に斬撃を見舞う。


 人間よりも遥かに硬く重いその骨を、更に重い衝撃を叩きつけ砕き――その首を落とす。


 


 絶命の声と共に怪鳥は地に落ち――遅れるように。ゼクセンベルゲンは大地に降り立つ。


 


「野郎共!――待ち望んでいた戦争が起きるぞ」


 


 そうして。


 叩き落した怪鳥の首を左手に握りしめ――ゼクセンベルゲンは声をあげる。


 


 


「俺達は夜襲を受けた!こいつは戦争のはじまりだ!」


 


「恐らく、敵は腕利きの召喚魔法使いだ!魔力反応があった地点からここまで魔物を動かせて、戦術性を持たせた行動を取らせるとは、実に見事なもんだ!素晴らしい!」


 


「強敵には敬意を持て!俺達に相応しい戦争相手には感謝を持て!限りない敬意と感謝を込めて、殺しに向かうぞ!」


 


「戦争、戦争だ!遂に俺等は――この血の渇きに相応しい相手に出会えた!さあ殺し合おう!」


 


 


 張り上げられたその声に。


 ゼクセンベルゲンの配下たちの脳髄から信号が全身に走り――その身体が、戦争用に切り替わるのを感じる。


 


 ゼクセンベルゲンは、外側にいる者にとっては恐ろしい戦士であり、紛う事なき虐殺者であるが。


 その内側にいる者にとっては――己をどうしようもなく惹きつける輝きを持つ者であった。


 その言葉はアーレンのように魔力は籠っていない。


 されどその言葉で、彼等は鉄火場へ向かう恐怖を忘れる。眼前の敵へ立ち向かうための勇気を奮いたたせる。


 


「敵は西方の丘の上にあり!まずは俺が打って出る!生き残りの馬と動ける兵を編隊し、後からお前等は続け!――さあ戦争だ!」


 


 


 馳走を前にした、獣の笑み。


 勇者パーティが魔王討伐を果たしてからというもの、味わう事の無かった戦争の気配を前に。ゼクセンベルゲンの心は大口を開け、涎を垂らして牙を剥く。


 


 


▼▼▼


 


 


「――術式の基本構造は、”光”ですわね」


 


 レミディアスは、遠目よりゼクセンベルゲンの術式効果を一瞥し。即座に分析を開始する。


 


「恐らく女神教が使うような浄化の光ではなく、より純粋な”日光”を操る魔法使いか。――その上で、当然近接戦の技量もある」


 


 ならば。あの者が使う魔法を解析する事までが――己の責務。


 


「――久々に出番があるかもしれませんわね、曾・祖・父・様」


 


 そう口走った先。


 輝くような光が視界に生まれ――光の軌跡が己に向かい来るのを感じた。


 


 己の傍らに立つアーレンの神槍から放たれた紫電とそれは衝突し霧散する。


 その先には――まだまだ遥か遠くにある男が、騎馬で駆けていく様が微かに見える。


 


「あの距離からでも届くか。――こちらの術式の準備も早めなければならないかもしれないわね」


 


 


▼▼▼


 


 


 召喚魔法。


 それは、今は無き存在を呼び起こす魔法である。


 


 かつて滅びた生命種を呼び起こす。


 それは、先人たちが残した書物を解析し、その正体を知る事により習得する。


 先人たちが幾年もかけ書き上げた書物を、幾年かけて分析し、召喚魔法を覚えていく。


 


 


 その魔法形態の中で、禁忌に位置する技術がある。


 それは、死霊術。


 


 死者の魂をストックし。その魂を用いて魔法を用いる召喚魔法の形態。


 


 それを、レミディアス・アルデバランは扱う。


 彼女が扱う死霊術は――かつてアルデバランが犯した罪の残骸。


 


 


 


「お....!」


 


 


 召喚魔法使いがいるであろう丘の上。


 そこから――更なる魔力反応が見える。


 凄まじく膨大な魔力が丘陵を覆い尽くしていく。


 


 胸が躍る。


 あれだけの魔力、如何なる大魔法使いであろうとも個人で賄いきれるものではない。


 幾百の生贄か。もしくは外法の手段を用いねば――調達は出来ないだろう。


 


 それだけ本気で、こちらに立ち向かってくれている。


 勇者パーティの一人と決闘を行うという最高の戦いを前に。こんなにも最高の戦いを味わえるとは――。


 


 


 魔力により覆われた丘陵はその姿を歪め、別の存在へと成り代わる。


 丘を形成する山肌は、重厚にそびえ立つ城壁と成り代わり。切り立った崖の幾つかが櫓に変貌を遂げる。


 


「これは....!」


 


 それは、砦であった。


 敵を拒絶する高々とした城壁の内側。幾つもの櫓と、幾百の兵を収めた城塞がある。


 櫓には射手が供えられ。城塞の上には大魔法使いが並び立つ。開かれた城門からは、鎧に身を包みし兵士が見える。


 むせるような血の匂い。えずくような死臭。


 


 ――レミディアス・アルデバランが呼び起こせしは、かつてアルデバラン領内に存在していた国境線上の砦である。


 


 それは、あまりにも異様な光景であった。


 鎧と肉体が癒着した奴隷兵士。空を舞う怪鳥。骸骨と化した魔法使い。そして――全てが赤黒く、血の色に錆び付いた砦の全貌。


 そして。


 


 ――砦を取り囲むように展開された血濡れの槍衾。そこに貫かれる、死骸の山。山。


 流れ出る血が砦を濡らし。その死骸を空飛ぶ怪鳥が啄み。呪いの最中にて兵士は哂う。


 


 巻き起こる死から魂が舞い上がり、それらは砦に纏わる呪いと化す。


 


 まともな兵員は、一人もいない。


 


 


 


 歴戦の将軍であるゼクセンベルゲンにしても尚、はじめての光景であった。


 


 震えていた。


 


「はは....」


 


 胸をすくように、爽やかな風が吹き抜けていく。


 震える。


 本当に、震える。


 


「最高だよ....!」


 


 


 その全てに――ゼクセンベルゲンは感動を覚えていた。


 これは。己に”全力で立ち向かってこい”と挑戦しているのだ。


 


「――我が名は、ハレドの大将軍ゼクセンベルゲンなり!」


 


 得物を引き抜き、愛馬を駆ける。


 その胸の内に、恐怖の一切はない。


 


 


「貴様の軍勢――この刃と日輪にて滅ぼしてくれよう!」

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