第17話 終わらねぇのさ....!人の夢って奴はなァ.....!

 場面は、移り変わる。


 ジャカルタ城塞都市より、東。


 燃え跡が残る村々を二人の女が歩いていた。


 レミディアス・アルデバランとアーレン・ローレンであった。


 


「――やっぱり、別に目的があるタイプの虐殺ではなさそうね」


 


 村を燃やし。目につく人間を殺し尽くす。ゼクセンベルゲンによる虐殺の痕跡を見る。


 虐殺には軍事的に確固とした目的があるものと、単に兵士が暴走した結果生じたものが存在しているが、今回は後者だったようだ。


 


 なぜなら。


 


「.....」


 


 生き残りがいる。


 ゼクセンベルゲンの軍勢が去った後、村を見回ると呆然とその場に佇む子どもや、必死に残った食料や金品を集める大人たちがいた。


 ――軍事的な目的がある虐殺は業務の一環。こうして生き残りを雑に残すなどあってはならない。


 


「――君たち、ここで何があったんだい?」


 


 アーレンはその生き残り一人一人に聞き込みを行い。”告解の書”にその言葉を刻み込んでいく。


 後々、ゼクセンベルゲンを呼んだ王宮の連中の判断の誤りを糾弾する為の仕込みの一環である。


 その結果。生き残りの頭上には、守護霊が浮かび上がる。


 


「あの軍勢はここから東側の街道を使って城塞都市に向かっているようだ。西側の街道を使って城塞都市まで避難するといい」


 


 アーレンは幾つかの金銭と守護霊を付けると、村の生き残りに城塞都市へ行くよう指示を行う。


 


 二人は念入りに他の生き残りの村人がいないかどうかを確認した後。ふむん、と呟く。


 


「それじゃあ――」


「はじめるわ」


 


 レミディアスは、誰もいなくなった村の中心に己が杖を突き刺す。


 突き刺された杖の中心より術式が形成され、赤黒い五芒星の円陣が組まれていく。


 


「『といかける』」


 


 五芒星の中心地に立ち。


 レミディアスは、詠唱を始める。


 


「『そのたましいがきえゆくをまつか、それとももえゆくか』」


 


 五芒星から漏れる光が――照らす。


 そこに残留する代物を。


 


 それは――肉体の死滅より、その中より引き剥がされた”魂”である。


 


 肉体が死滅した後。――強い思念を残せし魂は、この世に長い間残留する。


 残留する魂はその思念や、彼等に内在する魔力の強さに応じた影響をこの世に残すという。


 その思念の影響が負の影響に染まり、大規模になるにつれそれは呪いとなる。


 


 大虐殺が起きた地。大魔法使いが非業の死を遂げた地。大量の魂が負の方向性で起こった時――その呪いは大災害という形で巻き起こる。


 理不尽に死した魂は、この世に更なる理不尽を望む。


 因業を望む思念が、それを巻き起こす。


 


 それもまた――人の感情を操る呪法の贄となる。


 


 


 アーレン・ローレンが、人が無意識に沈めた感情を魔力に転化するように。


 レミディアス・アルデバランは、死後に残る魂を蒐集し、それを魔力とする。


 


 虐殺が巻き起こった大地。飢饉により大量の餓死者が出た地。


 そして――己が一族が犯した禁忌の地。


 そういう場所を巡り巡り、彼女は魂を集めていた。


 


 ただ思念を宿した魂を集めるだけでは魔力への変換は出来ない。


 


 そこに残る魂との同意を得る必要がある。


 同意は、契約と言い換える事が出来る。


 


 魂を魔力に変換する代わり。


 魂が持つ思念。そこに宿る願いを、レミディアスは叶えてやらなければならない。


 


 彼等が持つ願いは――己が魂を用いて、己を死に追いやった対象へ復讐を成す事。


 


 蒐集した魂は、その使い道に一定の指向性を持つ。


 その指向性とレミディアスの目的が合致する時――契約は果たされる。


 


 己を殺した虐殺者への復讐をせんとする村人たちの魂と。


 ゼクセンベルゲンへ挑まんとするレミディアスの目的。


 合致した故――蒐集は果たされる。


 この契約に失敗すれば。レミディアスの魂はこの残留思念に引っ張り込まれ、最悪の場合死ぬ事となる。


 相応のリスクを孕んだ魔法であるが。その分――己が身では賄いきれない広域魔法の為の魔力のストックを蓄える事が出来る。


 


 


 魔王は。この呪法を”思念との同意”なしで行う事が出来る存在であり。この魔法を開発した存在でもあった。


 


 かなり限定的な用法ではあるものの――レミディアスは、魔王と同じ技術を扱う魔法使いである。


 


 


「蒐集を終えたから、さっさとここから離れるわよ。――アーレン。ファウムに丘からゼクセンベルゲンの軍勢は見えているかどうか聞いて」


「まだ見えていないようだね」


「ならまたどっかで寄り道して虐殺をやらかしているかもしれないわね。――蒐集できるだけ蒐集するわよ」


 


 魂の蒐集を終え。アーレンは地面に術式を描く。


 それは――ファウムがいる丘に刻まれた転移用の術式と結ばれ、レミディアスとアーレンの両者は姿を消していた。


 


 


▼▼▼


 


 


「――ゼクセンの兄貴」


「ん?どうした?」


「今更なんだけどさぁ。――大丈夫なんすかねぇ。俺達がここにいて」


 


 ゼクセンベルゲンは、またそれとなく見えた村に火を放ち略奪と虐殺を行っている中。


 副官の男が尋ねる。


 


「ゼクセンの兄貴の出向ってだけでも結構な大事なのに....五百も騎兵を出しちまって。国の方は大丈夫なんかなぁ、って」


「大丈夫じゃねぇんじゃねかな~」


「ですよね~。――実際軍部の連中、全力で止めようとしていたんでしょ」


「おう。まあ全部無視したがな。いっひっひ」


 


 虐殺の絶叫を、まるで子守歌のようにそっと目を閉じて聞きながら――ゼクセンベルゲンは言葉を続ける。


 


「逆に考えろよ。何でこの状況で”大丈夫”なんて発想が出てくんのかさ」


「えっと....普通に、ゼクセンの兄貴がいない間に、周辺国に攻め込まれたり。属国から蜂起が起きたりとか....」


「ん。正解。――周辺国からの軍事的侵攻と、属国からの蜂起。この二つだな。それじゃあ問題で~す。この二つは順番としてどっちが先に起こる?」


「え....。まあ位置的に近い属国からの蜂起の方が早いっすよねぇ」


「正解。属国の蜂起→周辺国の侵攻。我が故郷、ハレドに訪れる可能性の高い危機って奴はこの順番で訪れるわけだ」


 


 にこやかにゼクセンベルゲンは説明を続けていく。


 


「砂漠に隣接する我が故郷は、食糧事情を属国のプランテーションに依存している。命綱である生活用水も北の属国を上流とする河川から流れていっている。――属国の蜂起はそれ即ち食糧事情の危機だ」


「ふんふむ」


「当然。そいつらの鎮圧の為にハレドに残っている軍部の連中は動かないといけない。――こっちの主戦力である騎馬隊をごっそり削られ、俺様という無敵の将軍がいない状態でな」


「ですね」


「で。恐らく周辺国は属国の蜂起の様子を見た上で、鎮圧の為の軍を出すという順番となる。周辺国から侵攻されるのは蜂起鎮圧の為に十分な兵力を出しきってからという事になる」


 


 さて、と続ける。


 


「――なあ。俺等の敵とはなんだ?」


「....もういないんすかね。魔王殺されちまったし」


「そう。もう魔王はもういない。魔王さえいれば、俺達は俺達として生きる場所があったってのによ――」


 


 ゼクセンベルゲンの声に、悲し気な色が滲んでいく。


 


「魔王は、人間と戦争をして、その戦場で魂を蒐集する。人間側の大国は魔王の脅威を理由に軍事費を巻き上げる。そうして巻き上げた軍事費からごっそり、俺等小国の軍に援助として届く。こういうサイクルがあった。魔王も大国もこれを承知で戦争していたんだよ。幾世紀もな。魔王も人間も、お互い勝つかどうかも解んねぇ絶滅戦争するよりも。互いが互いに、欲しいだけの利を得るウィンウィンの関係を築けていたんだ」


 


 それがどうだ――?


 悲しみに、怒りの色が滲んでいく。


 


 マッチポンプじみた関係性から生まれた惰性的だが永遠に戦争が行使される日々。


 人間を殺して魂を蒐集したい魔王側と、その脅威を利用して私財を蓄えたい人間サイドの思惑が一致し出来上がった惰性の戦争。


 何もせずとも、戦争が生み出される天国のような構造。


 それはまるで、ゼクセンベルゲンにとっては無限に馳走が湧き出る泉のようであった。涙が出るほど素晴らしき日々であった。


 そんな素晴らしものが――永劫に奪われてしまった。


 だから悲しい。


 だから怒る。


 


「魔王が殺されちまったことで、この関係は崩れてしまった。ずっとずっと――俺達は戦争を続けられるはずだったのによ....!」


「兄貴....」


「俺も、それに賊上がりのお前等も。戦争が大好きでこの世界に生まれたってのに。もう、魔王との戦争は.....終わっちまった....」


 


 だから


 


「俺は決めた。嘆くだけの人生は終わらせるってな。欲しいもんは、この手で掴み取る。絶対に諦めねぇ、って強い心を持つんだ。そうやって――きっと人は歩いてきたんだからよ」


 


「かつてあった夢をここで終わらせるわけにはいかねぇ。輝かしい未来に翳りが見えたなら。その闇は俺が祓う」


 


「魔王との戦争が終わったなら。今度は人間同士の戦争の時代だ」


 


「クソの役にも立たねぇくせに偉そうにふんぞり返って、下らねぇ派閥争いしている軍部の連中の尻を蹴り上げてやる」


 


「魔王との戦いが終わったんだから軍を縮小してもいいだろう、なんて呑気な阿呆面晒している民草共の頬を引っ叩いて目を覚まさせる」


 


「プランテーションが停止する危機を前にすれば必死にもなるだろう。その隙に周辺国が攻め込んだりしてくれたなら、派閥争いしている馬鹿共を消してくれるかもしれない」


 


「俺達は戦争さえ出来ればいいんだ。その為ならハレドの市民共が何百死のうが関係ない。勝手に死ね。あんなもんゴミと一緒だ。日夜問わずひいひい言いながらプランテーションで働いてくれている属国の奴隷共の方が幾分か上等だよ。その上軍事費まで出し渋るってんなら死ね死ね。死んで金を払えボケがよ」


 


「いっぺん死ぬ思いでもすりゃあ、軍の縮小なんざ口が裂けても言えねぇようになるだろ」


 


「蜂起→蜂起鎮圧→周辺国の侵略という三段階に分けて危機が訪れると仮定するなら。俺達が国に帰るまでに三つめまで完遂する事はまあ難しいだろ。そこで俺達が侵攻軍を叩けばいい」


 


「その為にこんな所で虐殺やってんだよこっちは。ジャカルタにちゃ~んと言い含められるようにな。――虐殺された上で俺を呼び戻されるなんざ、納得する訳もねぇ。そんな事されちゃジャカルタとも戦争だ。危機が訪れるであろう我が故郷がジャカルタまで相手に出来るわけがねぇ」


 


「俺達は虐殺が出来て略奪も出来て気分がいい。ジャカルタはそれで俺が呼び戻される事も無くなる。ほらほら。ここにもいいサイクルが生まれている」


 


「やはり戦争だよ。戦争こそが循環を生み出す。そして俺達が気持ちよくなれる」


 


 


 


 


「――夢は終わらねぇ、決して終わらねぇ。俺達の未来は、俺達で掴む。だから付いてきてくれよな、お前等」

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