第16話 見よ!人の悪意の底力ってやつをなァァァァァァァ‼

 勝利を得るための人生。


 前世と言ってもよいだろうか。剣に生き、剣に捧げ、そして謀略にて死んだあの日々は。


 


 最強の為に生きていた。


 己が人生の全てを剣に捧げていれば、何者にも敗北する事のない生を謳歌できると信じていた。


 


 そんな己が――剣など一度も握った事のない者共の謀略にてその生を終えた時。己が愚かさを思い知った。


 己の無力と、己の過ちに、後悔にのたうち回った。


 あんなものに人生の全てを費やした己は、馬鹿ではないだろうか。


 


 剣を極めた所で何になる。


 剣を極めれば、幾万の軍勢全てを斬り伏せられるか?幾万の人間の悪意をねじ伏せられるか?一国を敵に回して生き残れるか?


 不可能だ。


 数で勝る相手を。謀略を、権力を駆使する相手を。金の力でもって相対せし相手を。その全てを卑劣であると糾弾し、個としてのくだらない力にのみ拘り続けた先。己は――今まで一瞥すらしなかった力を前に敗れ去った。人間の悪意と、そこから生み出される力を前にその生を終わらせてしまった。


 


 謀略も、権力も、金も、武力も、それら全てひっくるめた総体としての力が人間としての力だ。己が振るっていた剣の力とそれらは、何ら変わらない。


 それを知らず生きてきた。


 故に――知らねばならなかった。


 


 


 武とは異なる、人としての力を。


 


 


 故に――彼女はこの世界において己を縛り付ける事にした。


 脆弱な力しか宿らぬ童女の姿に変化し。前世で覚えた剣技すらも封印し。――弱者に擬態し、その脆弱な力で勝利を得る方法を突き詰めた。


 


 剣しか知らなかった武人が――人を知る旅へと足を踏み入れたのだ。


 


 そうして知った。


 悪意の使い方を。


 


 如何なる状況でも勝利を得んとするならば。人を知り、人の悪意を知らねばならない。


 


 善意につけこもうとする、悪意。


 謀略に巻き込まんとする、悪意。


 悪意が、人を破滅させる。


 


 たとえば道端に倒れている子供を思わず助けようとする人の善意だとか。


 常に警戒心を維持する事の出来ない人の心の弱さだとか。


 


 武力で叩きのめすよりも。ずっとずっと強力なものがそこにはある。


 


 悪意で作った破滅への奈落へ、そっと背中を押す。


 そういう力を、――カスティリオ・アンクズオールは、脆弱な身に変化し得てきた。


 


 無論。剣の腕を鈍らせている訳ではない。転生を果たした後も、修練を欠かしたことは一日たりともない。


 だが。剣の力はあくまで手段。


 カスティリオ・アンクズオールにとっての全てではなく。カスティリオ・アンクズオールという人間が持つ悪意のうちの一つ。


 


 相対し、敵対せし者共に勝利する為に行使する悪意。


 それが――転生したカスティリオが煮詰めてきた力である。


 


 


 


「――別にさァ。俺はお前に”勝とう”とは思っちゃいないんだよなァ」


 


 


 とある闘技場。


 一人の男が、こちらを探って来ていた。


 別に探られるのは構わない。


 ただ探られるだけで明かせる程に、こちらの手の内は安くはない。


 


 だが。


 その男は――念入りに隠した己の変化の術式を暴き、あろうことかその解析まで行っていた。


 


 故に、殺した。


 無味無臭の透明な液剤の毒。魔力を毒の元素に還元したそれを、彼の飲み物に盛って――殺したはずであった。


 


「この闘技場のチャンピオンが扱う魔法は間違いなくアンタと相性が悪い。そして俺等にとっても確かな障壁だ。――それでもアンタは、勝つんだろ。勝たねばならんのだろう?」


 


 カスティリオの判断の誤りは、扱った毒物を魔力由来の代物にしてしまった事。


 この男は魔法の術式の構築能力に関しては化物じみた力を持っていた。


 飲んだ直後から魔力の解析をはじめ。毒が回り死へ至る前に解毒魔法の術式を形成。無事生き残れたその男は――先程己を殺しかけた女の眼前に、着の身着のまま、何ら対策も打たずに立っていた。


 


「なら俺を使え。――どんな工作をしようとも絶対に勝ちを得るのがお前の生き方だろ?俺はお前が勝つための手段になってやる」


「.....ほう」


「アンタが状況を作ってくれたら。俺はチャンピオンの術式を解体してやる」


「そうか。――じゃがなぁ」


 


 カスティリオは、その男へ刃を向ける。


 


「――貴様はわらわに勝利し。わらわは今確かな敗北を味わわされた。わらわの信条をどうしてか知っている貴様ならば....この後にわらわが何をするかも理解できているだろう」


 


 ス、と引き抜いた刃を前に。


 男は――その刃を握って、己が首へ持って行った。


 


「復讐するか?――その復讐に意味はあるか?おい?」


 


 男は、笑いながら言う。


 刃を握る手からは当然のように血が滴り、首元からは冷たい刃の感触を味わっているであろう。


 それでも、男は笑う。恐怖を噛み殺して、笑う。


 


「俺ァ無力な野郎だよ。特に武術に秀でた奴にはな。術式を弄る事しか能がない俺には、魔法すら使わねぇ相手には何も抵抗が出来ねぇ」


「.....」


「この状況になっただけで、アンタはもう俺には?だったら次にアンタが考える事は――アンタがより俺に対して精神的な勝利を得られるか、だ」


 


 より己が勝利を実感する。その為に、カスティリオは生きている。


 


「毒を盛ってすら殺そうとした相手でも、それでも俺はアンタに縋りつきに来ているんだ。助けてくれってな」


「.....」


「一度死にかけてでも、俺はアンタを必要としているんだ。もう一度言うぞ。もうアンタは――俺みてぇなミジンコにはとっくにもう勝ってんだよ。勝とうと思えばすぐに勝てるしもうこの状況の時点で勝っている。アンタは足元のアリンコ潰して、それで勝利を実感できるか?」


「必要としている、か。――何の為にわらわを必要としている?」


「魔王討伐」


 


 


 その言葉に。


 カスティリオの手が止まる。


 


「魔王は厄物だ。――どの国も討伐の御触れを出しているが、実際の所大国の連中は魔王を討伐してほしくはないんだなァこれが」


 


「魔族との戦争があるからバカみたいな軍事費を賄う理由が付いて軍の増強をしたい貴族共は大喜び。女神教の信仰への大義にもなる。どうせ魔王と直接戦うのは前線の小国共だ。大国の権力者の野郎共に、魔王を滅ぼそうなんて気はさらさらない。平民から税をふんだくれる理由づけに何よりも便利だからなァ。――奴等は舐めてかかってやがる。どうせ大国が動かねぇと魔王を滅ぼせる訳がねぇってな」


 


「どうだ?心躍らないかカスティリオ・アンクズオール?――どうせ滅ぼす事なんざできないとタカを括って偉そうにふんぞり返っているクソ野郎共が泡を吹かす瞬間を見たくねぇか?もう幾世紀も倒されちゃいねぇ魔王を滅ぼしてさぁ」


 


「その好機がある。俺はアンタにとって敗北者でミジンコ以下の存在だが――勝つための策と、アンタと同じ位ヤベェ女二人がいる」


 


「使い倒せよ。この好機を。俺という手段を。――まずは手土産に、ここの闘技場でアンタを優勝させてやるからさ」


 


 


 男の目は――ベットした己が命を見ていた。


 己が弁舌をカスティリオが受け入れるか否か。


 賭けに勝つか、負けるか。敗北すれば――己が首は無惨にも鮮血を舞い散らしその命が終わるのだろう。


 


「くは....」


 


 そして、


 


 


「くはっははははは!ははははははははははっはっははははははははは‼」


 


 カスティリオの目は――確かな勝利の味に満たされた喜びに満ち満ち、す、とその刃をのけた。


 


「結論を言おうか。――確かに見たい。想像するだけで心躍る」


「だろ?」


「貴様、名前はなんじゃ?」


「レロロ・レレレレーロだ」


「ふざけた名前じゃのう。親の顔が見てみたいものじゃ」


「おーおー。カスとクズ揃い踏みの名前を掲げてよく言うじゃねぇか」


「くく....」


「はは....」


 


 互いの軽口が交差した瞬間。


 二人は互いの目を見て、そして――互いに笑いあった。


 


「よかろう。ではまず――貴様の土産から見せてもらわないとなァ」


 


 


 勝利至上主義者、カスティリオ・アンクズオール。


 


 彼女は――転生した後も思い知った。


 己はまだまだ勝利を希求する心が足りなかった。


 


 闘技場を荒らし回り勝ち続けて来た所で。己が手の内から零れぬ範囲での勝利を味わっていただけであった。


 無意識に、その範囲で満足していた。


 だからこそ――果ての無い程の勝利の絶頂が待っている未来をレロロに提示され――魅入ってしまった。


 


 まだ見ぬ地平がそこにある。


 己個人だけでは決して味わえぬ。魔王討伐という手段が。その手段を行使した先に見える輝かしい未来悪意が。


 


 魔王討伐と共に巻き起こる、己に向けられる数々の悪意。己を破滅させんとする巨大な意思。きっと――魔王を討伐した後に、己に降りかかっていく。


 


 その悪意を、己が悪意で打倒し、勝利し続けていく。その未来が視えた瞬間――虜になってしまったのだ。


 


 今もまだ――その夢の中にいる。


 


 


▼▼▼


 


 


「さて。これでひとまず一件落着といったところだな」


「.....」


「後は――ゼクセンベルゲンの件がどう片付くか、だねぇ」


 


 ユーランは新しいモクを取り出し、火をつける。


 肺に煙を満たし。実に幸せそうに一服する。


 


 第一王子アルゲインは死んだ。


 公の御触れでは、街区一つ吹き飛ばした魔法研究所の爆発に巻き込まれて――という事になっている。


 


「まあ――まさか、評議会貴族を暗殺しようとした挙句のドンパチの中で死にました、なんて認められるわけないからねぇ」


 


 クク、と。ユーランは言う。


 現在――ジャカルタ居残り組は、ユーランの別邸に移りそれぞれの時間を過ごしていた。


 レロロはまた怪我の療養に逆戻りし、カスティリオは修練に励んでいる。


 


 


「ユーラン殿」


「どうしましたクラミアン様?」


「一つ尋ねたい事があります」


 


 


 激戦の後。


 クラミアンは――ユーランの目を見て、尋ねる。


 


 


「――この襲撃は、ユーラン殿の配下が王宮側へ賄賂を貰って、情報を提供した事を端として起こったものですよね?」


「そうだねぇ」


「レミディアス殿とアーレン殿の不在の情報を渡した故に、襲撃を予見する所までは理解できます。ですが――何故襲撃の日時までも、ユーラン殿は把握していたのでしょうか?」


「.....」


「恐らくレロロ殿もカスティリオ殿も、ユーラン殿が仕込んだ王宮への間者からそれを知ったと思っているでしょう。あの方たちは聡いですが、ジャカルタの王宮の中身までは知りえていませんし、ユーラン殿から得られた情報でここまで相当な利を得ている。それ故に納得しているのでしょう」


 


 ですが、と。クラミアンは言う。


 


「第一王子まで出張ってくる程に大掛かりで、内密に行われているであろう襲撃の内容を知れる程の立場にある間者を――ユーラン殿はどうやって仕向けたのか。王宮に身を置いていた私の実感として、疑問が残ります」


 


 そして、と。クラミアンは続ける。


 


「ここからは私の推測です。――屋敷の爆破を端とする作戦からも。ユーラン殿は確かに襲撃の日時を知っていた。ただそれは単に”そういう情報を得ていた”から知りえた、のではなく」


「なく?」


「この日時に襲撃するようにユーラン殿が誘導していたのではないか、と。そう私は考えています」


「どうやって?」


「例えば。――賄賂で王宮へ情報を流していた兵士にそれとなくレミディアス殿とアーレン殿の不在期間を伝えていれば、無理なく襲撃の日時を限定できます」


「....」


「そもそも。賄賂で王宮側に情報を流すような兵士にユーラン殿が重要な情報を明け渡す訳がない。多分、その兵士を通して――知ってほしい情報だけを王宮側に流す道具にしていたのでしょう?」


 


 クラミアンの言葉に。


 うんうん、とユーランは頷く。


 


「まあ。クラミアン様の言う事は、あくまで推測。物的な証拠はない。その兵士も拷問の末に死んじゃったしね。真相は闇の中だ。――だが仮にそれが真実なら。私は勇者の面々に粛清される事になるねぇ」


「そうですね。あくまで推測ですが――仮にこの推測を今カスティリオ殿に伝え、アーレン殿が戻った際に告解魔法で貴女に証言してもらうという方法で事実かどうかを判定する方法はあります」


「やる?」


「やりません。やったところで私にメリットがありませんから」


 


 いいですか、とクラミアンは言う。


 


「兄上が死んだので。もう王位継承権を持つのは私のみです」


「だね」


「ですが、私には真の意味で味方はいません。――貴女も、私を護っていたのは。自分にとって都合のいい王様という駒が欲しかったからでしょう」


「.....」


「私は――貴女とそういう関係を作るつもりは毛頭ない」


 


「レロロ殿が教えてくれました。関係は、己で作るものだと。己で関係を作ろうとするならば、自ずとその人物を知ろうと、見ようとすると。そしてその関係をどうするべきかを判断するようになると」


「だから私は貴女とどう関係を作るべきかを考えました」


「結論として――貴女と私は、貴族と王の関係です。この関係を作るべきであると考えました」


「私にとって、貴女は頼りになる貴族で。貴女にとって私は、自身を支持する王」


「支持はします。ですが、都合のいい道具にはならない」


「私は――王として、貴女と関係を作りたい」


 


 


 だから、と。


 クラミアンは言う。


 


「この私の推測を勇者の皆様に言わない事。――ここで私と貴女と関係を結ぶものが出来ました」


「これから、よろしくお願いしますね」


 


「.....」


 


 


 クラミアンのその言葉に――ユーランはモクを灰皿に押し付け、新たなそれをまた口に咥える。


 


「私は――まあ自分の利益を追求するだけのクソ貴族だけど」


「.....」


「こちらの根っこの部分を見て、弱味を握り、関係を作ろうとしてくれる人間というのはこの人生、中々に経験が無くてね....。随分と新鮮な気分だよ」


 


 


 火をつけ、煙を吐く。


 


 


「心得たよ、――我が王。クラミアン様。私は私で好き勝手するが。手綱を握れるものなら握ってみたまえ。私は凄まじいまでのじゃじゃ馬だ。苦労するぞ」


「ええ。理解しております。――それでも私は、貴女との関係を築きたいのです」


 


 


 モクの煙をかき分け。


 クラミアンは――ユーランの前に右手を差し出す。


 


「これより私は王となるでしょう。なので――これからよろしくお願いします」

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