第15話 くたばれくたばれ敗北者‼果て無き苦悶と後悔の海の中でなァ‼

 レロロ・レレレレーロは、魔法使いとしての評価はあまり芳しくない。


 魔法の理解力は尋常でないほど高く、術式の研究家としては高く評価される一方。魔法を行使する為に必要となる魔力の内在量は至極一般的な魔法使いの範疇に収まっている。


 仮に魔法使いではなく魔法の研究家であったなら。それなりの名声を得る事も出来たであろうが。もう既にその道は断たれている。


 彼は、禁忌の魔法の研究に手を出してしまったが故に。


 


 女神教の術式を解析する中。彼は――己の魔力では決して再現できない異教の魔法の研究にまで足を踏み込み。その成果は、レミディアスとアーレンに引き継がれ、彼女たちの力になっている。


 その副産物ともいえる、彼独自の技術。


 術式の改造である。


 


 初級~中級までの術式の構造を即興で変更し、もしくは効果を組み合わせ、別の効果を持つ魔法を作り上げる。


 


「術式を出して」


「はい」


 


 それは、他者の術式であっても行使が可能となる。


 クラミアンが差し出した手から刻み込まれた術式の構造を、レロロは変える。


 


 レロロに内在する魔力が乏しい故に。


 クラミアンに、己が手を加えた術式の魔法を行使させる。


 


 クラミアンは、風の魔法を扱う。


 今のこの状況としては、かなり利用価値の高い魔法だ。


 


 レロロとクラミアンは敢えて大魔法が行使され火の海に沈む街区へと近付き――クラミアンの風の魔法で炎を収束させ暗殺者の頭上に叩きつける。


 


「――炎の大魔法は広域魔法の中で最悪レベルの殺傷能力があるけど。術を行使した後に炎が残存し続けるのが欠点だな。残存した炎をこうして他人が勝手に利用できる」


 


 レロロは術式を構築し、己の周囲に大魔法で生まれた炎を収束させ。己の周囲に大魔法の炎を纏わせる。


 魔力で炎を生み出すよりも、他人が作った炎を術式で利用する方が何倍もコスパが良いのだ。


 クラミアンの風の魔法で炎を収集し利用する。レロロは炎を纏う。


 


 とはいえ。この手の欠点として――敵が正面から襲撃を仕掛けてくれば逃げ場が炎の外周部分にしか無くなる事であるが。


 数で勝る敵を相手に経験が乏しいクラミアンと魔力が乏しいレロロの二人組が無造作に逃げ回るよりも。敵が作ってくれた炎を利用しながら戦っていた方が勝てる見込みが高いと判断。


 


「さあ来やがれ――こんな所で易々殺されるほど俺は甘くない」


 


 



 


 


「いやはや。全く――敵方もいい仕事をしてくれたものじゃ」


 


 少女のような何者かが――首先を斬り裂かれた死体を火にくべていく。


 


「死体の処理が捗る捗る」


 


 ――カスティリオは、己が始末した暗殺者の死骸を、燃え盛る炎の中に捨てていく。


 痕跡一つ残さず、炎は死体を消していく。


 


「さて――そろそろ、わらわの役割を果たさねばならないな」


 


 現在、レロロから己に与えられた役割は”敵の本丸の居所を暴き、潰す”事である。


 暴き、潰す。


 故に――まずは暴かねばならない。


 


 ユーランの作戦が嵌った第一陣から、すかさず街区一つを火の海に沈める作戦への変更。――街区を火の海に沈められる程の権力を持つ人物がいる、というレロロの推測は恐らく正しい。


 この状況を把握できるだけの近場に、指揮官はいる。


 


 その位置を暴くために何をするか。


 


 その為の仕込みを、カスティリオは行っていた。


 


 現在、カスティリオは――周辺区画の暗殺者を始末していた。


 陰に潜み。魔力探知の先を追い。殺した後に、その痕跡すらも全て消し去りながら。


 そうして――己の周囲に何者もいなくなったのを確認すると。


 


「『回帰』」


 


 術式を解く術式を構築し、己の肉体に宿す。


 


 幼いカスティリオの姿は闇の中に消え。変化の魔法が解き放たれ――本来の姿が現れる。


 そこには――威風堂々たる、女剣士の姿があった。


 長い髪を背後で結び、銀の胸当てと藍色のマントを羽織った背丈の高い女性の姿。


 剣士は腰先に佩いた波状に歪んだ刀身のサーベルを引き抜き。すぅ、と息を吸う。


 


「円輪の刃」


 


 右足にて踏み込み、踏み込んだ足を捻転し斬撃を放つ。


 ただそれだけで――己が周囲にある建造物も。石畳も。全てが波打つような形に斬り裂かれ、破壊されていく。


 


 魔力の一切が感じられぬ、ただの斬撃。


 ただ一心に己が身を鍛え上げ。剣の道を志したが故に――魔力を介在せずとも理外の力を得た、絶技。


 振るう相手など何処にもいない故に振るわれたそれを一瞥し――カスティリオは、にぃ、と表情を歪める。


 


 斬り裂かれた建造物が崩落し、煙が舞い上がると共に――カスティリオは、暗殺者から剥ぎ取った服を手に煙の中に迷うことなく飛び込んでいった。


 


 


 


 


 


「――クソ....!マズい....!」


「おい、どうした....!」


 


 崩れた建造物の瓦礫の下。


 男が一人、全身から血を流し這う這うの体で瓦礫から脱出せんと足掻いていた。


 その様を一瞥し。――異変に気付いた暗殺者の仲間と思われし男が、その手を取り瓦礫から引き摺りだす。


 


「――何があった!?」


「畜生....!あの女、ヤバい!危険だ!」


「だから何があった!」


「あの女....魔法も使わねぇで建物をなます切りにしやがった.....!」


「何だと...!」


「あいつは....剣聖と同じだ....。同じ技術を使える....!」


 


 魔力を用いず、理外の技術を行使する。


 剣士としての到達点。魔を用いずとも魔へと至りし者。


 そこに至りし者は――剣聖の称号が与えられる。


 


 勇者パーティが一人、カスティリオ・アンクズオール。卑劣な手を用いて幾つもの闘技場を荒らし回った悪名が付いて回っていたと聞いていたが――まさか剣聖の域にまで至るほどの腕を持っていようとは。


 


「すぐに精鋭を集めろ!あの女には魔力探知が効かない!いつあ・の・方・の所まで辿り着くか解らねぇ...!」


「....アルゲイン様が!」


「あの炎使いの四人は何処だ!すぐに戻せ!」


「解った...!ルビウス様へすぐに伝える!」


 


 魔力探知の効かない絶技持ちの剣士。


 仮に――第一王子アルゲインの下にまで到達されたと考えれば、最悪も最悪の状況に陥るであろう。


 


「――伝達魔法で伝えた!炎魔法使いの精鋭、四人のうち三人を戻す!」


「一人は....?」


「クラミアンの抹殺に動かしている!流石に全員戻す訳にはいかない....か、ら....」


 


 


 全ての報告を聞き終えると。


 瓦礫から這い出た男は――先程の苦悶の表情は何処へやら。ニコリ微笑みながら、懐から取り出した短剣で心臓を突き刺していた。


 


「ご苦労。――これで街区を燃やした魔法使いの位置を辿れば、敵の本丸へ辿り着けるわけじゃな」


「き....きさ、きさま....」


「先程の大魔法を使った時からあの連中の魔力の探知は済んでおる。――ありがとう。貴様のおかげで、本丸にアルゲインがいる事も解り。その位置までわらわに教えてくれたわけだ。冥土で自らの無能の程にのたうち回っておれ」


 


 突き刺した短剣をぐり、と更に心臓奥深くに捻じ込み絶命させると。――カスティリオは、元の小柄な幼女の姿に戻る。


 


「レロロよ。炎使いの精鋭が一人そちらに向かっておる。対処は頼んだぞ」


 


 



 


 


「了解....!」


 


 カスティリオは、その力を発揮し、レロロから与えられた役割を見事果たした。


 ならば――次は自分の番だ。


 


「クラミアン様。街区を燃やした魔法使いの一人がこちらに来ている」


「....!」


「だが大丈夫。――策はあるからなァ!」


 


 燃やされた街区の外周を走りながら。レロロとクラミアンの二人組は、敵の手勢との戦いをここまで制してきた。


 


 敵の大魔法の残骸を改造した術式にて再利用する事で、非常に少ない魔力消費にて手勢を排除し続けていた。


 逃げ道が制限された中。ここまで手傷も負うことなく敵を葬り続けていた。


 


 精鋭の魔法使いが派遣されたとなれば、もう随分と敵も追い込まれているという事だ。


 


 リスクを負いながらも燃やされた街区の周辺を走り回っていたのは、魔力の温存だけではない。


 外周を走り回りながら敵を引き付けたおかげで――ユーラン配下の兵が更に敵の手勢を囲めている状況を作る事が出来ている。


 


 逃げ道の無いレロロとクラミアンを追った先。敵は、更にその背後から迫りくるユーランの手勢に背後を取られ、一方的に仕留められる状況を作り出されていた。


 


 ――勇者パーティの雑魚一人と、魔法を齧った程度の腕前の王子が一人。手勢を一気に差し向ければ短時間で殺せる算段だったのであろうが。


 術式の改造による大魔法の再利用という手法により、時間がかかってしまった。


 


 暗殺部隊の第二陣は――壊滅寸前に至っている。


 


「さあ――来たな」


 


 大魔法の炎の最中。


 カスティリオから伝えられた魔力反応が、こちらに迫りくる。


 


 


 燃え盛る街区より――炎を纏った刃が、雨となりレロロとクラミアンの二人に降り注ぐ。


 


「――術式!」


「はい!」


 


 風を吹き荒らす術式をクラミアンが出し、その術式を改造し竜巻を起こす魔法へと変える。


 風は炎を纏い視界を塞ぎながら、敵が放つ炎の刃を弾き飛ばしてゆく。


 


 ――恐らく。あの魔法使いの狙いは安全圏の炎の中からこちらに攻撃を仕掛ける事だろう。


 己は燃焼を中和する術式を付与し炎の中に潜み。こちらが踏み込めない大魔法の炎の中より、魔法を放つ。


 


 いい手段だと思う。


 だが――こちらもこちらで、相応の手段はある。


 


 発生させた竜巻に指向性を持たせ、炎の最中にいる魔法使いへと向ける。


 竜巻は炎を上空へ巻き上げ――炎の最中にいる魔法使いへの道を開く。


 


 ここだ。


 レロロは――己が乏しい魔力の使い道を定めた。


 巻き上がった風と共に現れた魔法使いの術式を一瞥し、――同じ術式を形成し、発動する。


 己が行使した魔法への対策が籠められた術式だ。同じ使途で扱うなら――あの術式が一番良いだろう。


 


 風が炎を舞わせる一瞬。


 レロロと、大魔法使いが相対する。


 


 魔法使いは先程と同じ、炎の刃を形成し射出する魔法を放ち。


 レロロはただ、魔法使いに近付く。


 


 射出された刃は風に煽られ軌道変化するが。最初から風の魔法を認識していた分、射出速度を上げたその魔法は――レロロの身体を貫く。


 致命傷に向かう刃だけは何とか避けるが。肩に胸部、腹部に刃が突き刺さる。


 


 焼けた刃が体内に抉り込まれる激痛が走る。


 身体の内側から肉と神経が焼き付かれる痛み。


 


 それでも――レロロは痛みに足を止める事無く、魔法使いに近付く。


 


 


「――くたばれ!」


 


 そう呟くと共に。


 レロロは――相手が行使している術式を”改造”する。


 


「.....!」


 


 魔法使いが纏う燃焼効果を中和させる術式を組み替え。何ら魔法効果をもたらさないクズ術式へ切り替える。


 


「じゃあね~」


 


 術式の改造が終わると共に、クラミアンの風の魔法もその効果を終える。


 上空へ舞い上がっていた炎がレロロと、魔法使いの頭上に舞い落ちていく。


 


 新たな術式を編む時間もなく――魔法使いは、己が生み出した炎に飲み込まれ、骨になるまで焼き尽くされていた。


 


 


 


▼▼▼


 


 


 


「へぇ」


 


 第一王子アルゲインは――ただそう呟いていた。


 


 コロコロと、己が足元に転がりゆく――大魔法使い三名の首を一瞥して。


 


 


「成程ね。――全て仕込まれていた訳か」


 


 大魔法を行使した四人組の魔法使いは。


 カスティリオの脅威によりアルゲインを護る為に戻っていく動きを、更に追跡され。その位置を暴いたカスティリオに、一瞬の間に首を斬り裂かれていた。


 その生首を――挑発するようにカスティリオは王子の足下へ投げつけていた。


 


「王子!お逃げ....!」


 


 王宮執事長、ルビウスがそう言ってカスティリオの眼前に立つが。


 踏み出した瞬間には――その首は両断されていた。


 


 


 カスティリオが己が髪に縫い合わせていた黒色の金属線が、踏み出したルビウスの首を斬り裂いていた。


 


 


 


「さて――残るはおぬしだけじゃな」


 


 


 一人残された第一王子アルゲインを眼前に、カスティリオは微笑みと共に――粛清の為近付いていく。


 


 


「そうだねぇ。――だけど君にはもう私を殺す理由はないと思うよ」


「....?」


「約束しよう。私が王となった暁には、君たちに本来与えられる以上の褒章を渡す事を」


「信じると思うか?」


「君にも女神教の魔法を扱う協力者がいるだろう?その協力者に私の発言が虚偽かどうかを判断させればいい。――君たちの腕前は本物だった」


 


 アルゲインはにこやかに微笑みながら、つらつらと言葉を紡いでいく。


 


「君等を英雄とする事で巻き起こるデメリットなんてどうでも良くなるくらい――君たちは優秀だ。一連の流れでよ~く解ったよ」


「.....」


「今協力しているユーランやクラミアンよりも、私の方がよっぽどジャカルタ貴族の味方がいる。乗り換えた方がよっぽどだと思わないか?」


 


 アルゲインの”合理的”という言葉に。


 クク、とカスティリオは笑みを浮かべる。


 


「女神教の魔法を使うまでもない。――貴様の言葉は、嘘ではないのだろう」


「信じてくれるかい?」


「ああ」


 


 カスティリオの目から見て――このアルゲインの発言には嘘はないのだろうと感じていた。


 この騒ぎも。勇者パーティの実力を図る事もまた一つの目的だったのだろう。


 


 ジャカルタ貴族からも、現王からも、推挙されているこの王子の方が協力して旨味がある事もまた理解できる。


 


 にこやかに右手を差し出し握手を求めるアルゲイン。


 


 同じくにこやかにその手を掴んだカスティリオは――。


 


「まあ――信じた上で、そんな事はせぬがな」


 


 その右手を捻り手首を粉砕し。


 粉砕した右手を起点に肘先を折り曲げ。


 倒れ伏したアルゲインの腹部に――己が右足を叩き込んでいた。


 


「げぁ!」


「合理的。合理的。合理的。――随分と都合のいい言葉だと思わぬか?ええ?」


 


 カスティリオの目には。


 ――眼前の男の心をどう折ってやろうか。それだけを考えた末の、嗜虐の色がある。


 


「貴様のような者は理解しておらぬ。この世には多数の合理性があるという事をな。合理の背景には、人間としての感情が必ず伴っておる」


「な....なぜ....」


「貴様の権力が生み出す合理なぞ、わらわには毛ほども興味ない。そんなものよりも――わらわに愚かにも喧嘩を売った者共を如何に哀れで惨い末路を叩きつけてやるか。その為の合理を突き詰める方がよほど重要なのじゃ」


 


 ぎちぎち。


 己が右足の先から肉が震え骨が軋む音が聞こえ来る。


 その度に歪んでいく王子の表情からは、確かな敗北感の色が滲んでいく。


 敗北の現実。それを受け入れられぬ感情。その狭間にある苦悶の表情が。


 


 ああ、良い。


 本当に良い。


 


 


「何故貴様如き矮小な者の為に、裏切りなどという下等な行為をわらわがやらなければならない?たとえ貴様がこの国の全てをくれてやると言っても、絶対にわらわは貴様に寝返る事はない」


「何故か?そんなもの、欲しければいつでも手に入るからじゃ」


「そんなものより。わらわを舐め腐った者共を地獄の底に叩き落してやることの方が肝要なのじゃ。舐めてかかられる事は何よりも我慢できぬ。――喧嘩を売られようと金と権力をひけらかせばいつでも掌を返す下賤な愚か者と、そうわらわが貴様如きに思われている事実に、腸が煮えくり返りそうじゃ」


「だから貴様を殺さねばならない。己が無力を刻み込み、後悔の念に苛ませ、己は人生の敗北者である事をその肉体と魂に刻み付け地獄へ落とさねばならない」


「故に死ね」


「苦しんで死ね」


「後悔しながら死ね」


「わらわを舐め腐った罪をこの世で贖い、地獄の底で後悔にのたうち回れ」


 


 


 


 


「わらわはいつでも勝者じゃ。如何なる道の上であろうとも決して勝利は譲らぬ。――敗北者はとっととこの世から去ね」

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