第14話 焼き尽くせばいいじゃん!ほらファイアファイアファイア‼︎

 ユーラン・アレクシャスの魔法は、ある目的を果たすべく鍛え上げられた代物であった。


 それは、”痕跡の一つも残さず””己に嫌疑をかけられる事無く”速やかに政敵を消す為の道具。


 


 その為に彼女は――炎の魔法を鍛え上げた。


 


 炎はいい。あらゆる痕跡を消してくれる。例えば、炎だけでなくそこから発生する黒煙すらも操る事が出来たなら。生存者という強力な証拠の一つも残さず消し去ってくれる。火事による死因は煙を吸って意識を失う事に端を発する事がほとんどだ。炎を操ると同時に煙を増幅・操作する魔法なんか覚えたら――より確実な襲撃が可能となるであろう。


 


 痕跡一つ残さず政敵を殺す手段を供えたならば、次に重要になるのは必ず己よりも嫌疑をかけられ、かつ上層部にとってであろう人物を用意する事だ。


 痕跡がないのならば状況証拠で犯人を探さねばならない。そして、犯人として裁くならば、上が”こいつが消えてくれた方がいいなぁ”と思う人物の方がより都合がいい。それが己が消したいと願う相手と重なってくれればより良い。


 


 そういう相手を見繕い。ユーランは始末してきた。


 己が手で実行し排除する者も。嫌疑をかけられた上で消される者も。全て――彼女の手の内であった。


 


 己が父が、そうやって消されたのなら。


 己もまた、そうやって都合が悪い相手を消し去るのみ。


 


 ――無辜の領民が女神教の反徒として捕まえられ、抗議した父が暗殺された様を見かけた瞬間から。ユーランの人生観は決定づけられた。


 領民を思い、己が身を賭してまで女神教に抗議し、布施を打ち切るとまで宣言した父の末路を見て。


 領民は、ただ恐怖に身を竦ませ。何もしなかった。


 


 当たり前の話だ。


 領民は、領民の範疇で生きている。


 たとえ、父の代わりに暗愚の領主が成り代わろうとも――それでも彼等は別段行動をすることなく。暗愚の政治の下生活を行うのだろう。


 


 ならば。己もまた、己の範疇で生きよう。


 貴族として生まれたのならば――貴族として、最大限の甘い蜜を啜りながら生きてゆく。己の利益と人生の質を高める事だけに着眼し生きてゆく。


 領民などその為の道具でしかない。他の邪魔な貴族も、王宮の馬鹿共も、邪魔するならば消してゆく。消そうとするならば燃やし尽くす。利用できるものは利用する。彼女の人生の指針は、実にシンプルであった。


 


 今まで幾度となく政敵を消してきたのだ。己もまた消されそうになる事もあるだろう。


 よいよい。


 消してもいいのは、消される覚悟がある者のみ。


 己にはある。覚悟がある。より甘味な蜜を耽溺する為に、消す覚悟も。消される覚悟も。


 


 で。


 


 ――たかだかこの程度の作戦で襲撃を仕掛けた馬鹿共は、己が消される覚悟はあるのか?


 


 


 せせら笑い。ユーランは歩いていく。


 


 



 


 


「出てこい下手人!」


 


 暗夜の最中。


 斬り裂くようなユーランの声が響き渡る。


 


「卑劣な手でこの私に手を下せるなどと思っているのか愚か者共!我が屋敷を燃やした罪は、この私自身の手で贖わせてやろう!」


 


 周囲に敵の姿は見えない。


 で、あるが。ユーランは構わず炎の魔法を放つ。


 


 炎に風が煽られる轟々とした音。爆撃による轟音。


 ユーランは――己が姿を周囲に喧伝する。


 火事という事で周囲の住民は色めき立ち、夜中に関わらず外に出てくる。


 ユーランは最低限、市民の住処は燃やさぬよう気を張りながら。しれっと王宮関係者や他の貴族の施設などはそれはそれは丁寧に燃やしていく。


 


 暗殺を狙う者達にとって、何よりの下策は騒ぎ立てられる事。そして、己の計画が露見する事。


 己が幾度となくやってきたしやられてきた故に、やられて嫌な事はよく理解している。故に、派手な見目と音が鳴り響く魔法を使っていく。


 


 そして。


 こういう状況で――暗殺者が潜伏しているであろう場所もまた理解している。


 


 そういう場所には炎ではなく――己の周囲に巻いた黒煙を差し向ける。


 炎により発生した黒煙。その中に含まれる毒素を増幅させ、密度を高めたもの。


 


 暗殺を仕掛けている下手人は――空気の通りが悪い路地裏や。人が寄り付かない廃屋などからこちらを覗いている事であろう。


 暗夜の中。魔法により操られた煙が焚かれたりでもしたら、さぞ見えにくかろう。思わず煙を吸い込んでしまって意識を失い、――そのまま永遠に眠り続けてしまうことだってあるかもしれない。


 ユーランは周囲に巻き散らした炎で更なる煙を収集し。己が周囲を黒煙で満たし、それらをまた暗殺者に差し向けていく。


 


 


 己が手で燃やし尽くした屋敷を他者が燃やしたと喧伝し、炎で戦うと意識させながら煙を撒きながら敵を殺す。


 息を吸うように、ユーランは嘘を吐いていた。


 


 


 ――ユーランは卓越した炎系統の魔法使い。


 その情報を得ていたが故に、襲撃してきた人間は全員炎の対策を仕込んでいた。


 しかし。それはユーランが意図して掴ませていた情報であった。


 


「――情報は、百パーセントの精度で掴まないと足元を掬われるんだよ。よく解っただろ?」


 


 意図して流した情報をもとに戦術を組み立てさせ。掴ませなかった情報を元手に返り討ちにする。炎の対策を重ねようとも、それらは全て無意味と化していた。


 


 情報戦という姑息な戦にて、今まで己は負けた事はない。


 政敵をこれまで葬ろうとも――本当にたった一度たりとも露見したことなどないのだから。


 


 この戦いの初手において――ユーラン・アレクシャスは確かな勝利を得ていた。


 


「――まだまだ仕込みは終わっていない。諸君、頑張ってくれ」


 


 



 


 


「それじゃあ――やろうかね」


 


 ユーラン・アレクシャスの屋敷には、ジャカルタ城塞都市を張り巡らす下水道に通じた地下道がある。


 夕刻にて、ユーランの手勢とレロロ・カスティリオ・クラミアンは――それぞれの配置より、燃える屋敷より下水道へ向かい。ジャカルタの街区へ這い上がる。


 


「街区の斥候からおおよその敵の数と配置は把握できた。――ユーラン殿に敵の意識がいっているうちに可能な限り消していこうかね」


 


 レロロは各々の配置についたユーランの兵士に指示を飛ばし、ユーランを中心に各地に点在している暗殺者の背後より奇襲をかける。


 屋敷内で内密で暗殺をする、という敵側の思惑は挫いた。


 敵も――まさか評議会貴族が己を囮にするとまでは考えていなかったであろうし、ユーランの魔法使いの特性も事前の情報と食い違っていたであろう。


 ユーランは手勢の指揮権をレロロに譲り渡し。己は前線で戦う道を選んだ。


 何というか、想像以上に豪胆かつ狡猾な御仁であった。――まあ己の利益の為に、国家ぐるみで殺したがっている勇者一行と手を組むという判断を下した女だ。この位頭のネジが緩んでいなければ、協力などしてくれなかったのかもしれない。


 


 ユーランの狙いは確かに通った。


 


 とはいえ敵も初手で全戦力を投入したわけではないだろう。


 


 ユーランが見せた手札を見て。敵側も敵の動かし方を変えてくる。


 


「クラミアン様。――ここからは戦いになる」


「.....はい」


「まあ今の所こっちが優勢です。落ち着いていきましょうや。――こっちにはカスティリオも付いている」


 


 今は影となって姿を見せないカスティリオも、こちらの状況は見守っている。


 


 



 


 


「いやぁ。中々楽しい事になっているじゃないか」


「....申し訳ありませぬ、アルゲイン様」


「いやいや。ユーランが曲者だというのはよ~く解っていたさ。しょうがない。たかだか第一陣が死んだだけだ。この調子だと第二陣も死ぬかもしれないけど気にするな気にするな~」


 


 暗殺部隊に指示を飛ばす、王宮執事長のルビウスの傍ら。


 端正な顔に、仕立ての良い燕尾服を着込んだ男が。上品な笑みを浮かべてその場にいた。


 


 男は――第一王子、アルゲインであった。


 


「う~む。どうしたものかなぁ。――取り敢えずだ、ルビウス」


「は」


「切り替えようぜ。一旦、第二陣はクラミアンの抹殺に注力。ユーランは足止め目的に腕利きの炎魔法使いを送ろう」


「....アルゲイン様。炎魔法使いでは、現状のユーランには足止めも難しいかと思われます」


「....?」


 


 炎の魔法使いと思わせておいての、本命は煙を操る。これが、現状ユーランが優勢を取れている理由である。


 同じ炎系統の魔法使いを派遣したとしても。煙により殺されるのが目に見えている。


 


「何を言っているんだいルビウス。――いつユーランを相手にして足止めすると言ったんだ?」


「は....?」


「今ユーランは各地に炎を撒いて大騒ぎを起こしているんだろう。だったらこっちはもっともっと騒ぎを拡大させてやろう。ユーランが無視できないくらいに」


 


 アルゲインは、ポンとルビウスの肩を叩いて言葉を続ける


 


「ユーランがいる街区ごと、全部燃やし尽くしちゃえ」


 



 


「へぇ」


 その光景を見て。


 ユーランはただ、感心したようにそう呟いていた。


 


 四人の魔法使いが遠隔より、共同にて術式を展開。


 四人分の魔力が籠められたその術式は――魔法の到達点の一つ、大魔法を展開する。


 


 本来、市街地での使用は固く禁じられている魔法。


 だが、躊躇なくそれを行使していた。


 


「成程ね。――随分なイカレポンチが相手にもいたわけだ」


 


 ユーランは、己の周囲に纏った炎を中和する結界の効果を強めると共に、足元にも同様の結界術式を展開。――これより待ち受ける惨事に耐えるべく準備を進める。


 


 空にて炎が渦巻いていく。


 渦巻く炎は一点に収束し、高密度となった焔が街区へと叩きつけられる。


 


 瞬間。街区へ集まった野次馬や、騒ぎを前にジッと己が家に隠れていた市民。まだ息がかろうじてある暗殺部隊の生き残りやユーランの手勢の一部も巻き込み――爆炎を巻き起こす。


 


 絶叫すらも掻き消す爆音が、轟き渡った――


 



 


「おいおい、マジか……!」


 


 その光景を見て。レロロは驚愕の表情を浮かべていた。


 まさか。


 まさか、王宮の連中――街区の市民ごと魔法で吹き飛ばしやがったのか。


 


「何の意図をもって……あんな事……!」


「意図としては理解できる。ただユーラン殿の足止めをしたかったんだろう。足止めの為に区を一つ吹き飛ばしやがったがなァ!」


 


 ユーランからの伝達魔法が脳内に刻み込まれる。


 結界魔法の展開に集中する為今暫くは動けない、と。


 


「ユーラン殿が動けないとなると……敵の追加人員は全部、クラミアン様へと向けられる事になるわけか」


 


 拡声魔法による声が轟き渡る。


 魔法施設の爆発事故による大災害が起こったので市民の皆様はどうぞご避難を〜という内容。


 


 それと同時。


 レロロは――己が周囲に敵が集まってきているのを感じていた。


 


「クラミアン様」


「はい」


 


 クラミアンが術式をレロロの前にて展開し。


 レロロは――その術式に手を掛ける。


 


 術式の加工。


 クラミアンの風の刃を飛ばす魔法を加工し、レロロとクラミアンの周囲に強い竜巻を起こす魔法に切り替える。


 


 クラミアンとレロロを狙った魔法と矢は――風圧に流され本来の軌道から離れていく。


 


 瞬間。レロロは懐の短剣を引き抜き射手まで近づき、第二射が放たれる前に躊躇なく頸動脈を斬り裂き。


 


 クラミアンも――緊張しながらも風の魔法にて敵の魔法使いを仕留める。


 


「――カスティリオ」


 


 まだまだ敵の数が増えていく中。


 レロロは、ある決断をした。


 


「こっちはいい。お前は敵の本丸を探ってくれ」


 


 伝達魔法に乗せられた呟きは、隠密に徹しているカスティリオに届く。


 


 ――お主らの万一の時に援護するのが、わらわの役割ではなかったか?


 


「状況が変わった。あんな街一つ消し飛ばすような作戦、ただの暗殺部隊の人員が判断を下せるはずがねぇ。それ相応の身分のある――恐らく第一王子のアルゲインなんかがいるはず」


 


 街中での使用が禁じられた大魔法の使用。それに伴う市民の鏖殺。そしてすぐさまそれらが"事故"であるとフォローを入れた音声。


 


 間違いなく、それらの判断を下せるだけの権力者がいる。


 


「今の俺達の勝利条件は、敵の本丸を潰す事だ。アルゲインがいるならさっさと殺して王選候補をクラミアン様に一本化させればこの戦いは終わるし。別の誰かだとしても間違いなくアルゲインの指示は受けているはず。そいつをとっ捕まえてまた告解の書で証言を取ればいい」


 


 こちらが今持っている最大戦力であるカスティリオを、護衛に使うのはこの状況だと勿体ない。


 


 確実に本丸を潰す。


 


「……それでいいですかね、クラミアン様」


 


 自身の護衛を離れさせる。


 より自身を危険な状況に追い込む判断を、レロロが下した。


 


 それは――レロロからの信頼であった。


 今の自分とクラミアンなら、この状況を超えられる、という。


 


「はい!」


 


 力強く、そうクラミアンは返事した。


 

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