第13話 燃やし尽くせ!立ちはだかる全てを!
――レミディアス殿。王宮に忍ばせていた間者より報告が上がった。ゼクセンベルゲンはジャカルタ領内にて略奪を行いながら城塞都市まで向かっている。五百の騎馬兵を率いているという。
ジャカルタの城塞都市を出た後。レミディアスとアーレンは召喚した大型魔鳥の背に乗り、ゼクセンベルゲンを追っていた。
「愚かねぇ」
その報告を聞き。レミディアスはただそう呟く。
「騎馬の種類を確認しておかないとね。これで
「へぇ。割と状況的には中々厳しいと思ったけど。レミちゃん的にはそうじゃないんだ」
「たかだか個人が決闘する為にハレドの生命線である騎馬隊をゾロゾロ引き連れて略奪してちゃ世話ないわよ。決闘が終わって真っすぐに帰ったところで二週間近くはお留守になる計算なんだから。しかも――自分で他国の領土を荒らし回っているんだから。約束を反故にする事も出来ない」
ジャカルタ南東の丘の上。レミディアスとアーレンはその上に降り立ち、結界を張る。
認識錯誤及び遮音の結界を張ると共に――レミディアスは結界の内部の地面に術式を刻み付ける。
「―ー取り敢えずここで陣取りましょうか。アーレン、アレを呼び出すから触媒を頂戴」
「了解」
そう言うと。アーレンは己が懐に手を突っ込み、何かを取り出す。
それは、銀色の髪を素材に形成された人形であった。
髪で作られた人形を術式の中心に置くと。レミディアスは自身の指を噛み皮膚を割くと、滴る血を人形に垂らす。
「ファウム・アリアナリップ」
詠唱を唱えると共に、人形は火に包まれ。術式に光が灯っていく。
術式から漏れる光が、人の輪郭を象り。光が去ると共に、輪郭は完全なる人として顕現させる。
現れたのは――女神教司祭騎士のファウムであった。
腰までかかるほどの長さがあった銀の髪は肩口辺りまで切り揃えられ、衣服も尼僧服から旅の装いへと切り替わっている。
「.....」
「もう一度確認するわね、ファウム。貴女には反魂の術式がその首に刻み込まれている」
女の首元。
そこには――女神教に反する魔女の術式が刻み付けられている。
「条件を再確認するわ。貴女はここでわたくし達に恭順する代わりに、協力が終われば術式は解除されて晴れて貴女は自由の身。――術式に籠められた魔力が切れるのはおおよそ二日。その間、貴女は反抗する事は許されない」
「....ああ」
「反抗した際は――術式に籠められた魔力が貴女の魂を壊す。そうなれば、わたくしの死霊術のストックとして未来永劫”協力”してもらいますわ」
「.....」
「文句はないでしょう?こうして、わたくしの召喚術で城塞都市から脱出できたわけですから」
にこにこと笑みを浮かべ、そうレミディアスは呟くと共に。アーレンもまた笑みを浮かべ――神弓イムリスを手渡した。
「では。貴女にはこの丘より索敵の任を与えますわ。――ああ。あと、術式の効果が切れる前に神弓の返却を命じます」
「....はい」
さて、と。レミディアスは呟く。
「ゼクセンベルゲンが略奪と虐殺に精を出しているのは僥倖ですわ。仕込みの時間が予想以上に稼げる」
「何の仕込みをするんだい」
「簡単な話よ。――この状況をハレド周辺の敵対国及び植民地に伝えるのですわ。私が仕込んだ各国の間者を通してね」
ふむん、とアーレンは呟く。
「効果はあるのかい?」
「今後の事を考えるならば、十二分にあるわ。元を正せばハレドなんて砂漠に隣接するだけの吹けば飛ぶような小国よ。――魔王軍との戦線維持の為にハレドの背後にある大国がこぞって援助をして、その援助の下魔王軍との戦いと並行して周辺の小国を支配下に置いていた」
大国からの援助だけで見るならよくある話よね、と。そうレミディアスは呟く。
「魔王軍との戦線に近い小国は、大国の援助を受ける。ハレドは後々その援助が打ち切られた時に国体を維持できるように魔王軍と戦いをしながら周辺諸国も攻めるという狂気じみた軍の運用をしていたの。本来こんなの、いくら援助を受けていようが人的資源が尽きていずれ瓦解するはずよ」
だけど、と。レミディアスは続ける。
「それが成り立っていたのは――ひとえにゼクセンベルゲンが脅威だったから」
「成程ねぇ」
「だからこそ愚かなのよ。――わざわざバカみたいに騎馬隊を率いてこんなところで略奪と虐殺を行うのは」
ゼクセンベルゲンは、ジャカルタ側から請われて迎え入れられた将軍である。
客人であり、決闘者としてそれなりの態度でいたならば――仮にここからハレド側に危機が生じてゼクセンベルゲンがとんぼ帰りしなければならない状況になったとしても。そうならぬようにジャカルタ側から軍事的な支援をハレドに行う程度の事は行ったであろう。
「でももう略奪と虐殺を行ってしまったものだから。奴は故郷が危機に陥ろうとも帰る事も出来ないし、ジャカルタの支援を取り付ける事も出来ない。更に――砂漠地で活動できる魔獣配合の騎馬隊まで持ちだしているなら。例えば周辺の敵対国からの侵略や植民地からの蜂起なんかあった日には大変なことになるでしょうね」
ふふ、とレミディアスは呟く。
「これで――ここで騎馬隊を潰して、決闘でゼクセンベルゲンを叩き潰してしまえば。もうハレドは終わりよ。攻め滅ぼされて、別の国が支配する事になる」
「成程ね。そうして、ハレドに変わる新たな国が生まれた時には――君の息がかかった人たちが運用する事になる訳か」
「そういう事。――それはジャカルタも同じ事よ。王権授与がされた時。次なる王はわたくし共”勇者一行”の影響から逃れられる事はない。なにせ、わたくし共を英雄と認める事になるのだから」
レミディアスは目を閉じて――己が手先である鳥の召喚体の視界を共有する。
そこから見えるのは。魔獣配合の騎馬を用いた部隊の姿であった。
己が想定は正しかった、と。レミディアスの口元に浮かぶ笑みがより深くなっていく。
「これで――ジャカルタも、ハレドも、わたくしの影響から逃れなくなる」
ジャカルタで巻き起こっている王権の争いを制し。
ハレド周辺国及び植民地の蜂起を成功させ。
――魔王討伐の褒章のゴタゴタの中。レミディアスは着実に、己が地盤を築き上げている。
「....褒章を出し渋り、愚かにも我々を始末しようとしたジャカルタも。愚かな虐殺者をわざわざ差し向けたハレドも。双方共に叩き潰して差し上げますわ」
▼▼▼
「いやはや。まさか、決闘要員として呼び出した将軍が略奪を行うとはねぇ。愉快愉快」
「おいおいいいのか。一応アンタジャカルタ貴族だろ?」
「ウチの領地じゃないし、阿呆な上の判断が招いた事態だし、何処までも他人事よ。――他領の人民がいくら死のうがモクの肴にしかならないわ。他貴族の不幸は蜜の味ってね~」
「うわ....」
一方その頃。ジャカルタに残ったレロロは、実に実に楽しそうにモクを吸っているユーランと会話をしていた。
「この情報はレミディアス殿には伝えておいた。彼女ならきっと有効活用してくれるだろう。――それでだ。またしても愉快な情報を得た」
「....?」
「王宮の間者から賄賂を受け取っているウチの者がいたんでね。レミディアス殿に召喚される前にファウム君に協力してもらい拷問をかけたんだがな。――どうやらクラミアン様の居所を吐いた上で、レミディアス殿とアーレン殿が国外に出ている事を漏らしたようだ」
ふぅ、とモクを吐き出し。にこやかにユーランは言う。
「ゼクセンベルゲンがああいう事をやらかしたからだろうな。出来るなら奴の力を借りずに全部のカタを付けたがっているんだろうな」
「それで暗殺か」
「クラミアン様と、評議会議員の私。レミディアス殿とアーレン殿がいない今のうちに全員始末したいという狙いだろうな」
ゆらゆらと揺らいでいく煙を眺めながら、ユーランは笑う。
己が危機を前に。緊張よりも前に、ドーパミンがバッチバチに湧き出てくる人間なんだろう。
「恐らく今夜――この屋敷は襲撃される。色々準備をしておこうか」
▼
「と、いう事になるが。――今のうちに居所を変えておこうか、クラミアン様?」
「....」
そうレロロが提案すると。
「いえ。――私もここに残ります」
「....いいのか?」
「はい。今、相手は”今夜襲撃が行われる”事を我々が知っている、という情報を知りえません。ですが――私がここから離れる所を見られたら、それが露見する可能性があります」
「.....」
「私も、こう見えて魔法使いの端くれです。――これまで幾度も暗殺されかけてきたので。戦う手段は私も備えています」
その言葉を聞き。レロロは”了解”と呟く。
「それじゃあ。何の魔法を使えるか聞いてもいいか?――協力して生き残ろうぜ」
「はい」
昨日まで警戒を解かなかったクラミアンが、至極当然のようにレロロに己が手の内を明かす。
少し強引にでもこの子の信用を勝ち取ってよかったな、と思う。
「聞くところによればユーラン殿も卓越した炎系統の魔法使いだと聞く。――事前に襲撃を読んでさえいればどうとでもなるだろ」
レミディアスとアーレンがいなくなったとはいえ。こちらにはカスティリオとユーランもいる。クラミアンも、戦いに臆している様子もない。
「ユーラン殿にも何か策があるようだし――こちらはどっしり構えておこうかね」
▼
「――準備は良いな」
評議会貴族、ユーラン・アレクシャスの邸宅を眼下に。
王宮執事長兼、魔法使い――ルビウスが多数の部下へ伝達魔法にて作戦を伝えていく。
時刻は夜。
月も出ていない暗夜の中。
「行け!」
暗夜に紛れ、王宮の手先がユーランの屋敷へと流れ込んでいく。
目的はユーランとクラミアン。二人を殺した上で、決闘要員であるカスティリオをあわよくば排除、もしくは負傷させれば僥倖。
ルビウスの手先として養成した暗殺用の魔法使いの全てを懸け、――ここで両者を始末する。
――屋敷の中ですが。完全にもぬけの殻です。
「なに....?」
屋敷に先行した部隊から伝達魔法が聞こえ来る。
屋敷の中には兵員はおろか。使用人の姿すら見えていない。
凄まじく、嫌な予感がルビウスの脳内を駆け巡る。
ルビウスの手先の多くが屋敷に雪崩れ込んでいく、その瞬間。
「どっかーん‼」
楽し気な女の声と共に。
地盤から吹き荒れるような炎柱が屋敷を包み込み。爆裂となり――屋敷の全てを吹き飛ばしていた。
炎と爆撃に巻き込まれ悲鳴が吹き荒れる暗殺者の姿を横目に。紅の杖をくるくる回しながら、――ユーラン・アレクシャスが煙草を咥えながらツカツカと歩いていく。
己の周囲には燃焼効果を中和する結界を張りながら。息も絶え絶えに悶えている襲撃者の顔面に杖の先を叩き込む。
「はっはっはははははははははは!あめぇんだよクソ馬鹿共がァ!」
燃え行く屋敷を背景に。ユーランはゲラゲラ笑いながら歩いていく。
燃焼と共に上へ舞っていく黒煙。その全てを――己が周囲に巻きつけながら。
「今までの人生、何度政敵を襲撃し燃やし潰してきたと思っているんだい!こんっっっなクッソみたいな襲撃で私を殺せる訳がねぇだろボケがァ!」
ただただ堂々と燃える正門を開け。
黒煙を纏いしユーランは――モクの煙と共に、両手を広げる。
「殺し尽くしてやるよ。今まで、私の前に立ち塞がってきた連中と同じようになァ!」
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