第12話 虐殺!略奪!これぞ戦の大宴!

「悲しい....あまりに、悲しい....」


 


 男が一人。


 悲しみを湛えた表情を浮かべた男が一人。


 夢破れたか。希望を失ったか。それはまるで我が子を喪った父のように、もう二度と戻らぬ過去への悔恨を刻み付けるように、その男は嘆きの言葉を放っていた。


 


 男の名は、ゼクセンベルゲン。


 魔王の勢力圏の最前線。南方の砂漠地方にて、十年以上もの間戦い続け、戦線を維持し続けてきた英雄である。


 


 


「もう....もう俺には。こんな雑魚を嬲り殺しにする位にしか――価値がないのかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 


 肩までかかる赤髪を振り回し、端正な顔立ちを思い切り歪めながら――男は眼前にいる男を殴り続けていた。


 


「あが!があああ!ぎえあああ!」


「俺は!俺には!敵を殺す事しか能がないというのに!戦争が終わってしまったら、何を生きがいにこの先を生きていけばいいんだ!畜生ォォォォォォォォォォ!」


 


 陰鬱な気分を晴らす為に、男は殴り続ける。


 大好きな暴力を行使し続けようとも――されど男の沈んだ心が浮かび上がる事はない。


 


「ダメだ....!ダメなんだ.....!こんなんじゃ、ダメ.....!」


 


 殴り続けようとも。何も、変わりはしない。


 


「俺だって....弱者を蹂躙する事は好き....!大好きさ....!攻め落とした城塞都市の哀れな市民共を引き摺りまわして八つ裂きにする時、どうしようもなく楽しくて仕方がなくなる....!でもこれは、あくまで戦争という手続きを得てやるからこそ気持ちいいのであって、ただただ蹂躙する事なんて、なんっっにも気持ちよくない!アリの巣切り崩す子どもの遊びとなんにも変わりはしない!うわああああああああ!」


 


 最早頭蓋骨が歪み、顔の形が変形しようとも。男は殴る。殴り続けていく。


 


「もう俺は....あの血みどろの戦場を笑いながら駆けていく事も出来ないのか....!体躯の優れた魔族共と斬り結ぶ事も....魔法使い共の殲滅魔法に冷や汗を掻きながら奴等の首を斬り裂く事も....!」


 


 顔の形すら変わり、脳味噌が潰れ始め、意識すら失うと。男はゴミを捨てるように殴り続けてきた男を叩きつけた。


 首の骨が折れる音がした。


 死んだ。


 


「魔王を仕留めただとぉ!?空気の読めない馬鹿共が!そんなことをしちまったから!そんなことをしちまったから!もうあの時の快感をもう味わえなくなっちまった!戦争のない世界なんて醜い!醜すぎる!ふざけやがって!ふざけやがってぇぇぇぇぇぇ!」


 


 ゼクセンベルゲンは涙を流しながら――捕虜が捕らえられている場所へ赴く。


 荒縄で縛り付けられている賊の一人の首根っこを掴むと――ズルズルと引き摺って行く。


 賊は半狂乱になりながら必死で叫ぶが。その瞬間には男の握り拳が前歯を砕きながら喉奥に指先を突っ込んでいた。


 


「俺は戦争が好きだ!有象無象共が死んでいく様が大好きだ!強者共と斬り結び乗り越えた瞬間の昂奮を忘れられぬ!奴等が守りたがっていた市民共を肉片一つ残さず虐殺する時、どうしようもないくらい生きている実感を与えてくれる!戦は、俺の全てだ!合戦も虐殺も強者との邂逅も、その全てが俺は好きだった!なのに奴等は俺の全てを奪った!もう俺に何の価値もない!戦争のない俺なんぞ、何一つもなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 


 うわああああああああああああああああああああああああああ!


 子どものように頭を振り涙を流し、男は癇癪のまま捕らえた賊の上に身体を乗せ、――またその顔面を殴り始めた。


 


「殺してやる!俺から全てを奪った野郎共を!絶対にぶっ殺してやる!許してやるもんか!絶対に許さないからなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 


 


▼▼▼


 


 


「さて諸君。いいニュースと悪いニュースがある。どちらから聞くか選ばせたいところだが、残念ながら悪いニュースの方が本題であるので、まずはいいニュースからだ」


 


 モクを吸いながら。ユーランは気だるげにそう言った。


 


「まず一つ。王宮連中が交渉をしてきた」


「交渉の内容は?」


「決闘の申し出があった。こちらが持っている”告解の書”と皆々方の褒章の授与の権利と、王宮側からは評議会の議席を賭けての決闘だそうだ?」


「....評議会の議席?」


「そう。評議会は各地方から四人。王が選出されたのが二人。――この王様から選ばれる席二つを空けてくれるらしい。次代の王の選出は評議会の過半数の承認を得て決定されるから、私と併せてこの二つの席を貰えれば、クラミアン様を次の王に出来る」


 


 へぇ、とレミディアスは声をあげる。


 


「破格の条件ね。――つまり、決闘に勝てば実質こちらで次の王を決められるという事ですわね」


「そ。そうなれば、勇者一行の皆々方は当然褒章も貰えるし――その褒章に色を付ける事も可能だろうな。こんな状況に放りやがった現王への復讐も果たせる。さて、ここまでがいいニュースだ」


「ふむん。悪いニュースとは?」


「決闘相手だ。相手は、ゼクセンベルゲン。――南方の砂漠地帯で、長らく魔王軍との戦線を維持し続けてきた化物をわざわざ呼び出してきた」


 


 


 ゼクセンベルゲン。


 その名前を聞いた瞬間――カスティリオとレミディアスの表情が変わった。


 


「....成程。友好国とはいえ、他国の将軍をわざわざ呼び出すとはのぉ。余程追い詰められたと見える」


「――奴等が取れる中では最高の一手と言えますわね」


 


 二人はふむん、と呟き――考え込むように、暫しの間押し黙った。


 


「ゼクセンベルゲン.....話には聞いた事があるな。南国の英雄だとか」


「砂漠に面した小国、ハレドの将軍。吹けば飛ぶような脆弱な軍勢と砂漠の優位性を活かして十数年もハレドを守り続けてきた将軍よ。まあ、虐殺者としての悪名も同時に轟いている危険人物でもあるけど」


「仮に奴を倒さねばならない、となれば.....策を練ってレロロを除く三人で挑むか。周囲一帯何もない場所に誘い込んで全力のレミディアスをぶつけるかの二択じゃな」


「成程な。俺が足手纏いになるレベルと....!」


 


 悲しいなァ。


 まあ弱いから仕方ないね弱いから。


 


「決闘という事は当然、闘技場での1対1の形式での戦いという事になる。必然的に、カスティリオが単独でゼクセンベルゲンと戦う事になるだろうが....」


「無策のままでは、敗北で終わるであろうな」


 


 だが、と。カスティリオは続ける。


 


「無策で負けるというならば。策を考えればよいだけじゃ。――こういう戦いに勝利することこそ、わらわの生き甲斐よ」


 


 故に、と。カスティリオは続ける。


 


「この勝負、わらわは受けるぞ」


 



 


「そうと決まれば――ゼクセンベルゲンの対策を考えなければいけませんわね」


 


 レミディアスはそう言うと、ユーランに目線を向ける。


 


「ゼクセンベルゲンはもうジャカルタに入国しているの?」


「いいや。ここから南東の街道を通って、ジャカルタに向かっている」


「なら――今なら、城塞都市の外で襲撃をかける事も出来る訳ね」


 


 そうだな、と。レロロは続ける。


 


「城塞都市の外でゼクセンベルゲンに襲撃をかけ、情報を集める。――ここからは二手に分かれよう」


 


 このまま無策のまま戦えば敗けるというならば。策を張り巡らす必要がある。


 策を成すには、まずは情報が必要となる。


 


「ジャカルタから出てゼクセンベルゲンに襲撃をかける組と。ジャカルタに残りクラミアン様の護衛をする組の二つ」


「王子の護衛は、ユーラン殿の手勢だけでは不十分かしら?」


「ユーラン殿自身は信用してもいいとは思うが。手勢全員が王宮の息がかかっていない、とは限らない。それに、ジャカルタ国外に一度出れば場合によっては決闘までジャカルタに戻れない可能性すらある」


「そうとなれば....決闘をせねばならないわらわはジャカルタに残る必要があるわけじゃな」


「だな。で、ゼクセンベルゲン相手には足引っ張りそうな俺も残るとして....」


「外に出るのは――ボクとレミちゃんという事になる訳か」


 


 という訳で。


 ここからは二手に分かれて行動する事となる。


 


 ジャカルタにて王子の護衛を行う組は、レロロとカスティリオ。


 ジャカルタ国外にてゼクセンベルゲンと戦い、情報を集め、あわよくば手傷を負わす役割は、レミディアスとアーレン。


 


「――無茶はするなよ」


「しないわよ。まあ、万が一カスティリオが戦う前に――わたくしがゼクセンベルゲンの息の根を止めても、文句は言わせませんわ」


 


 くく、と。レミディアスは笑う。


 


「都市の外の戦いこそ、わたくしの本領ですわ。――時々は全力で戦わなければ、腕が鈍ってしまうもの」


 


 


▼▼▼


 


 


「――これは、どういうことじゃルビウス....?」


「....」


 


 ――王宮内。


 王と執事が、実に青ざめた表情を浮かべていた。


 


 


「た、確かに私は....ゼクセンベルゲンへ決闘の依頼をかけた際に。護衛の帯同を認めましたが....」


「――五百人規模の軍勢の帯同なぞ、認められる訳が無いだろうが....!」


 


 二人は――更なる苦難の最中にいた。


 王は、賭けに出た。


 勇者一行がジャカルタ各地の貴族の不正の証拠を握り、それがあろうことか――王に準ずる権力を持つ評議会員の貴族の手に渡ったという状況を知った瞬間より。


 


 王が選出する二名の評議会の席を空ける事を、決闘の賭けの机上に置くことを。


 このような賭けを行ったのは――友好国であるハレドより、人類最強とも目される大将軍を派遣する事を提案されたが故である。


 


 そうして、将軍の派遣を受け入れ。ジャカルタ王家側の決闘者として来訪してもらう予定であったが。


 斥候の報告より――ゼクセンベルゲンは、なんとジャカルタ領内を五百名の騎馬部隊を編成し入って来たのだという。


 


 


 そうして。


 二人の下に――斥候兵が更なる報告を上げる。


 


「――ゼクセンベルゲンに帯同している兵隊が、ジャカルタ領内にて略奪を行っている....だとぉ!?」


 


 更なる悪夢が、ジャカルタ国王の頭上に降りかかった。


 


 


▼▼▼


 


 


「弱味を見せちゃあお終いだぜジャカルタ国王殿」


 


 ジャカルタ南側国境にほど近い村。


 ゼクセンベルゲンは――炎に沈み、悲鳴が鳴り響く様を両手を広げて見守っていた。


 


 彼等はこの村の長に、五百人分の部隊員と馬が宿泊出来る場と、食料を要求した。


 自分たちは国賓として招かれている。お前等にはジャカルタ国民として、自分たちの要求を呑む義務があると――そう主張した。


 


 村は、人口百人規模の小さな村である。


 五百の人間と馬を満たせる宿泊場所も。食料も無い。


 そう村長が言った瞬間より、始まった。


 


 虐殺と略奪の祭が。


 


 


「他国の将軍に決闘をしてもらうように言ってきた時点でなぁ。”自国内に戦える人間はいません”って言ってるようなもんだろぉ?」


 


 男共が殺され。女共が奪われ、年貢用に蓄えられている食糧庫を奪取し、炎が村を呑んでいく様を――ゼクセンベルゲンは穏やかな笑みで見ていた。


 


「俺達が何をしようとも。お前等は俺に頭を垂れて”戦ってください”と言うしかねぇんだ。何をやってもいいなら、やらなきゃ損損。やりまくってやるのさ」


 


 


 ケケケケケケケケケ。


 人の悪意を煮詰めたような笑みを、ゼクセンベルゲンは浮かべていた。


 


「戦の前に、精々宴を楽しませてもらうよ」

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