第11話 ヒャッハ~!新鮮なお姫様だぜ~!

「それじゃあ――軽く今のジャカルタの状況を押さえておこうか」


 


 ファウムより告解の書を取得した後。


 ユーランは――勇者一行の前にて、ジャカルタの現状について説明していた。


 


「近々、王権授与の儀式があるというのは知っているね」


「知っているよ。そこにかこつけて俺達は褒章の授与を後伸ばしにされている状況だからな」


「なら話が早いや。――王権の授与は、四日後にある評議会で過半数を超えた賛成票を得る事が条件となっていてね。次の王様候補は、二人」


 


 一人目。第一王子、アルゲイン


 二人目。第三王子、クラミアン


 


 この二人だと、ユーランは言う。


 


「第二王子はどうしたんだい?」


「王宮からの御触れじゃ病死だけどまあ暗殺だわな」


「なんで暗殺されたのかしら?」


「女神教を排斥しようとしていたからとは言われているね」


「そりゃ死ぬな」


 


 まあ阿呆だよな――と、ユーランは呟く。


 


「十分な後ろ盾も協力者もいないまま最大派閥に逆らおうとするからこうなる。――私もここまでの手札が揃うまではまあ息を潜めていた訳だわ。殺されちゃたまんないからねぇ」


 


 ひっひ、と――底意地の悪そうな笑みと共に。ユーランはそう呟く。


 


「貴様も女神教の排斥を目論んでおるのか?」


「そりゃそうよ。女神教、私にとって何一つメリットが無いもの」


「ないの?」


「ない」


 


 ユーランは頭を振りながら、断言する。


 


「確かに女神教と結びつけば、事実上不正のやり放題よ。何せ、連中が司法を牛耳っているんだもの。けどねぇ、奴等の力の庇護下にある為にどれだけのコストを払わなきゃいけないのか、って話よね」


 


 だからさぁ、とユーランは続ける。


 


「あの連中に毎年布施で飛んでいく金には毎年うんざりするし。そもそも庇護下にあるってことは、逆に言えば弱みを握られている状態な訳だしね。甘い汁は大好物だけど、偉そうにふんぞり返っている宗教組織のおこぼれで啜る甘い汁は美味しくない。しかも奴等の一存でおこぼれすら貰えない状況は本気で腹立たしい。甘い汁を吸うならもっと好きに自由にぺろぺろしたい。モクを吸うようにね」


「成程なぁ」


「という訳で――私はここにいる皆と手を組むことに決めた訳ね。今ここで、アーレンちゃんが司祭騎士から得た”告解の書”がある」


 


 ユーランはその書の内容を確認すると。陶然と、その顔を歪めていた。


 


「ジャカルタの有力貴族に、王宮の権力層.....ああ、これを使うだけでどれだけの人間を破滅させる事が出来るのだろう....。ありがとう....本当にありがとう....!」


「力になれたなら良かったよ」


「ああ!今度は私が力になる番だ!」


 


 にこにことユーランはモクを一吸いすると――勇者一行の顔ぶれを見る。


 


「もう君たちも褒章を得るだけでは我慢できないだろう。次の王権授与の儀式までに――我々は我々でこれから先甘い汁をじゃぶじゃぶ啜れる準備をしよう」


「何をするつもりじゃ?」


「まあまずは――我々に甘い汁をお届けしてくれる王子の擁立から開始しようかな」


 


 モクの煙が吐き出されると共に、ユーランは事もなげに言った。


 


「我々の意図通りに動いてくれる王様を、私達自身で用意するのさ。――実は、第三王子はこちらで預かっている」


 



 


「紹介しよう――あの方が、第三王子のクラミアン様よ」


 


 そう言うと、――扉の奥から、女の子が一人。


 


「.....」


 


 捨て猫のような女の子であった。


 無地であるが柔らかそうな白色のドレスを着込み、燃えるような長い赤髪を腰先まで流している。


 しかし。育ちの良さそうな立ち振る舞いと、周囲を見るその目には――警戒する色がある。見目の可愛らしさも含めて、捨て猫のような雰囲気がある。


 


「....クラミアンです。よろしくお願いします」


 


 ドレスの裾を掴み、クラミアンは一礼する。


 


 


「何故、二人しかいない王子の一人が貴様の所にいるのだ?」


「表向きは評議会員貴族への出向、並びにジャカルタ各地の視察目的という事になっているけど。実質的には暗殺防止の為に反第一王子派貴族が保護しているんだよ」


「暗殺か~」


「暗殺よ~」


 


 さて、と。ユーランは続ける。


 


「これから我々がやる事は二つ。一つは、アーレンちゃんが取得したこの”告解の書”の情報を流し。王宮連中の動きを引き出す。多分、我々に何らかの交渉を持ちかけてくると思うから」


「はいはい。で、二つ目は?」


「クラミアン様の暗殺阻止。――第一王子は王宮の派閥を味方につけている。今の王様もそっちに王権を渡す気マンマン。――王権授与の式典まで、彼女の命を護り切る事。これが第二のやるべき事。ま、まず王宮連中の動きが出てくるのはまだ先だろうから、暫くはクラミアン様の警護になるかな」


 


 と、いう訳で。


 


「まあまずは親睦でも深めておいてくれ」


 


 



 


 


 


「な~んて言っていたけどさぁ....」


 


 ユーランの部屋から出た後。


 親睦を深めようぜ、とユーランが空けてくれた客間のリビングには――レロロとクラミアンしか残っていなかった。


 


「あの野郎共....」


 


 ――まあ解っていたけどね!あの協調性のきの字すら存在しなさそうな連中が、王族だからとわざわざ親睦なんか深めようとするわけもなく。奴らは自分にあてがわれた部屋に各々引っ込んでおります。


 


「.....」


 


 そして。


 こっちもこっちで――間違いなくこちらを警戒している様相でございまして。


 


 まあしゃーない。


 暗殺されかかっている状況だ。警戒するなと言う方が難しいだろう。


 その上で警戒解かせて信頼関係作るのも役割の一つってわけよ。


 


「何か飲むかい?」


「....いいえ結構です。自分で摂取する分は、自分で用意します」


「正しい」


 


 ――レロロは、出来る限りくだけた態度でクラミアンとコミュニケーションをとっていた。


 何故かと言えば。そちらの態度の方を相手が求めているような気がしたから。


 


 今まで。丁寧な態度をしながら平気な顔で殺しにかかってきた者共も彼女の周りにはいたのだろう。


 ならば。壁を作る態度はあまりよくない。あちらが壁を張っているのなら、こちらは取れる壁は取っておくのが上策というもの。


 こういう判断力であったり人間への観察力が、レロロは特別優れていた。今まで一度もその辺りの判断を誤ったことがない。自身が唯一持っている才能かもしれない、とすら思っていた。


 


「しかし流石は評議会の貴族だァ。旨そうなフルーツがいっぱいあるねぇ。クラミアン様には、好きなフルーツはあるかい?」


「....私にお構いなく」


「よし。じゃあ、自分で何かドリンクを作ってみるか?」


「....私が?」


「おう。自分で作る分には抵抗ないんだろう?だったら自分で作ればいい。教えてやるからさ」


 


 はい、と。レロロはクラミアンに包丁を渡す。


 王族出身のクラミアンにとって、刃物を手にする事すら人生ではほとんどなかったであろう。恐る恐るといった感じで、その取っ手を掴んでいた。


 


「好きなフルーツは?」


「....イチガです」


「イチガか。だったらミルクと合わせてやると美味いぞ。ちょっと待っとってな」


 


 


 


「....美味しいです」


「そりゃよかった」


 


 ミルクとフルーツを合わせて、レロロ手製の結晶砂糖を混ぜ込んだドリンク――というかジュース。


 はじめて自分でフルーツを刻んで、はじめて自分が手にかけて作った代物。何事も初物というのは鮮烈な印象を与えてくれるものだ。


 


 こくりこくりと喉を鳴らしながら大事そうにドリンクを飲んでいるクラミアンを見ながら、レロロの心中に巣食うおじさんが「もっと飲め....!おかわりもあるぞ....!」と叫びまくっている。


 おいまだ流石におじさんじゃねぇと切なげな叫びも同時に聞こえてくるが。もうあの女共の面倒を見続けてきた結果、もうマジで心がおじさんになってしまったかもしれん。合掌。いい加減もうそろそろ田舎に引っ込むべきだろこんなの。


 


 まあよかったよかった。


 ちゃんとコミュニケーションが成り立つくらいには心を許してくれた感じはある。


 


「.....」


 


 だが。美味いものを飲んで綻んだ頬が、一瞬で元に戻る様も、また見えた。


 この心の動きというか。感情の流れはよく理解している。


 自分がいま味わっている幸福に、わざわざ蓋をしている。


 今ここで己が幸福を味わってはいけない、と。そう自分が自分を律しているか。はたまた――自罰を与えているか。


 


「どした?」


「いえ.....」


 


 少し言い難そうに押し黙ると――ぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。


 


 


「――これから、私はどうなるのだろうと。そう思ってしまっただけです」


「どうなるか、かぁ。それは自分が狙われているから?」


「たとえ暗殺の危機を乗り越えた所で――私はもう、周りの誰も信頼できません」


 


 信頼できない、という言葉に。どうしようもない諦念のようなものが含まれている。


 


「今まで....無条件で信じていた人たちが次々と裏切ったり。逆に殺されたり。――本当は、こうやって刺々しくしているのはダメだと理解してはいるんです。でも、どうすればいいのか解らなくて」


「そっかぁ」


「はい....」


 


 ――一番身近な親兄弟から命を狙われているなら。そもそも誰を信じればいいのか。


 そりゃそうだよなぁ、とレロロは思う。


 


「人を信じるってさぁ。――どうしようもなく能力であり、才能であるとも思うんだよな」


「.....」


「普通はさ。無条件で信じられる人間をサンプルケースに、”信用できる”人間の目利きを深めていくんだよ。普通はな。まあそこから人生積み重ねていって、信じる事が報われたり。逆に裏切られたりしながら――人を見る目って奴を養っていくもんなんだよ」


「....はい」


「でも。そもそも信じられる奴のサンプルケースがない人生を送っている奴なんか、本当悲惨なんだよな。俺の仲間でいえば、レミディアスとかそうだな。信じられる他人というサンプルケースがない人生を送ったせいで、アイツ友達いねーんだよなぁ.....」


 


 レミディアスも。身内同士の殺し合い潰し合いを生き残った結果、ここまで来てしまった人間だ。


 今となっては、流石にパーティメンバーは信用してくれているだろうが。はじめに会った頃は今よりももっと刺々しかった。


 


 信用できない人間を見極める能力も重要だが。


 それ以上に――信用できる人間を見極める能力こそが、最も重要であると。そうレロロは思っている。


 


「で、だ。――他者を信用できない、という病理を抱えてしまったのはしょうがない。どうしようも無く、否応も無く、そういう環境に身を置いてしまったんだから。その上で、俺のおススメの方法がある」


「....何ですか?」


「自分から関係を作ってみる事だ。関係の種類は何でもいいよ。友達でもビジネスでも、何でも」


「自分から....?」


「そう。――自分で誰かと関係を結ぼう、と思ったら。色んな事を考えるようになるのよ。表面的な事から、裏の事まで。その相手は利害が一致しているだろうか。そいつは人間的に優れた奴だろうか。自分は相手に何を差し出せるか....とか。他人を信用できないなら。自分から誰かを信用できる根拠を積み上げていって、関係を結ぶ。――そうすればさ。無理矢理でも”人を見る”事に繋がるんだよ」


 


 レロロの言葉に、噛み砕くように耳を傾けているクラミアンの姿がある。


 やっぱり――この子の本質は素直ないい娘なのだろう、と思う。


 


「少なくとも俺は。一目見ただけで君が信用できる奴だと思ったし、だからちょっと壁を感じても信用してもらいてーな~って思った。でもそれは多分、俺なりに君を信用してもいいって根拠が積み重なった上の判断でさ。無根拠じゃないんだよな」


「.....」


「で、俺自身が信用して貰いて~って思って行動したことが多少なりともメッセージとして伝わってくれたから。なんだかんだでこうして短い時間で打ち解けてくれたもんだとも思っているのよ。心配しなくても――人の事をちゃんと見れてるよ、クラミアン様は」


 


 少し照れ臭そうに、レロロは言葉を続けていた。


 


 


「――貴方は、魔王の討伐メンバーなのですよね」


「そうだねぇ」


「どうして――あの方たちと、魔王を倒しに行ったのですか」


「.....」


 


 何というか。


 色々と理由そのものは絡み合っているのだが。本質となる答えは、一言で表せるくらいには単純明快だ。


 


「多分――それが俺の役割だったからだと思う」


 


 役割。


 レロロ・レレレレーロが、この世界に転生させられた役割。


 


「魔王を討伐して。その栄誉をあの三人に与えられたら。いい感じに、女神教と貴族が結びついたこの世界を壊してくれるんじゃないかってさぁ」


 


 だから、とレロロは続ける。


 


「だから。これがまあ――俺の最後の仕事よな」


 


 


 


 魔王を討伐して。その栄誉を与えてやれば。


 あの三人は、今の状況を破壊してくれる。それが理解できている。


 


 そう思ったからこそ。レロロは三人を結び付け、旅をし、魔王を討伐した。


 


 もうじき――自分の役割は終わるのだ。


 


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