第10話 ジジイの悲鳴程きったねぇものはないわなァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼
「.....ねぇ、カスちゃん」
「なんじゃ」
「今回、ボク頑張ったよね....?」
「努力を計量化したところで意味なぞないぞ」
「なら結果だ。ボクは単独でファウムを捕らえた。ボクが一番成果を出した」
「で?」
「――何でボクがレロ君の療養に携われないんだい?」
「療養する羽目となった直接の原因だからじゃろう」
そんな――と。アーレン・ローレンは苦悶と共に声を漏らしていた。
「ボクが何をしたって言うんだ!女神教のせいで苦しんでいた人たちの背中を押して、ちょっと暴徒を生み出しただけだというのに.....!」
「ちょっと暴徒を生み出しただけじゃなぁ....」
「そうだろう?」
「それでちょっとレロの指が潰れただけじゃなぁ」
「ふざけた事を抜かすな!レロ君の指が潰れちゃった事が”だけ”で済まされちゃダメだろ!まったく、みんな薄情だ!」
「潰した原因貴様じゃからな?」
カスティリオは狂った言動を繰り返すアーレンへ冷静にツッコんでいく。
ある日の――とある貴族の邸宅の一幕であった。
「それで、レミちゃんは何をしていたの?」
「骸を召喚してレロの世話をしているようじゃが?」
「なんで骸を召喚しちゃうんだよ」
さて。
そうしてレロの世話を買って出たレミディアスであったが――動きが怪しい骸を用いてレロの世話をし、見事に失敗するという羽目となった訳であるが。
「そりゃあ――レロの世話をするのに召喚の技術向上の為という言い訳で理論武装したが故じゃろうなぁ....」
「馬鹿じゃないの?」
「今更な話じゃ。奴は素直になったら死ぬ類の病気に罹患しているのじゃからしょうがない」
「レミちゃんは可愛いなァ」
言わばレロの世話をするという役割が取られる形になった訳となり。その点については大いなる不満を持っていたアーレンであったが。レミディアスに関しての話はにこやかに聞いていた。
「ボクは――何度も言うけど。男の子も女の子も好きでさ」
「そう言っておるな」
「だからさ。――ボクは、野望を持っているんだよね。男の子と、女の子。両方の恋人を得るっている野望が。いやぁ――レミちゃんは可愛いなぁ」
「罪深いのぉ。――ちなみにわらわは貴様の事なぞ対象外じゃ」
「ボクもだよぉ」
くく、とアーレンは笑みを浮かべる。
「カスちゃんは、恋人欲しいとかはない?」
「わらわはもう大分ココが来ていての」
そう言うとカスティリオは己がこめかみをトントン、と人差し指で叩く。
「もう勝負に勝った負けたでしか昂奮できぬ身体になってしまった。色恋で燃える時期は前世で終わったわい」
「か....悲しい....」
「かっかっかっか。――さて」
背後より、屋敷の者が来る。
メイド服を着込んだ女が背後より近付いてきた。
「皆様、お待ちいたしました。――ユーラン様がお呼びです。ご案内いたしますので、付いてきてください」
▼▼▼
「いやあ。君たちが勇者一行か。まあ全員顔は知っていたけどこうして皆が揃うのを見ると壮観だねぇ」
ユーランは妙齢の女であった。
焦げ付いたような茶の色をした長い毛髪に、女性にしては高い背丈。そこに――死んだ魚の目を顔面にくっ付け、ちっちゃな口元から紙煙草を咥えている。
その部屋は、多種多様なモクの匂いに塗れていて、冬枯れのように乾燥していた。
「何じゃ。モク臭い部屋じゃの」
「許してくれ。私は三度の飯よりモクが好きだし、どうせ呼吸をするならモクを吸い込んでおきたい性分だし、モクを吸っていなければ十分も足らずに禁断症状が出るんだ。こうして人の形を保って居られるのも全部モクのおかげなんだ。モクを責めないで。モクを崇めよ」
「煙草が好きなんだね」
「好きとか嫌いとかじゃないんだよね。これがないともう私は生きてらんねぇからさ、己の半身みたいなもんよ。半身はちゃんと大切にしなきゃいけないだろ?その為にこの部屋は魔法使って乾燥させているんだ」
紙煙草をすぅ、と吸い上げ肺に煙を満たし、それを口元から吐き出す時。彼女の死んだ魚の目の濁りはより濃度を増し、顔には死人のような笑みが零れる。
カスティリオは特に気にせずその様子を眺め。アーレンは笑顔のまま全身に因果操作を仕掛けモクの匂いの付着を防止し、レミディアスは全身に匂い消しの香水を振りかけている。
「いやはや。こうしてモクに命を握られている私ではあるが。勇者一行の皆々方、是非とも歓待させてもらおう」
「ありがとうございます。――さて」
実は、この部屋に存在するのは勇者一行とユーランだけではない。
「.....」
「.....」
――勇者一行に捕らえられた、司祭騎士の二人組、ファウムとレッグスもまた。鎖に繋がれそこにいた。
二人は共に真一文字に閉ざされた口の上。目元を大きく吊り上げて部屋の隅で放置されていた。
「い~い光景だぁね~。これまでさんざ煮え湯を飲まされてきた女神の僕共がこうして眼前にいるってのはさァ」
「いい光景だねぇ」
「そうそう。アーレン君、君の告解の書に関してだが。ちゃんと正式な告解の書に互換する為の協力者はこちらで見つけ出した。安心するといい」
「やったね!――それじゃあ、ファウム」
にこやかに笑みを浮かべながら――アーレンは押し黙るファウムの前髪を掴み、顔を無理矢理上げさせる。
「――君自身が知っている女神教及び、女神教に癒着した貴族の不正の情報を『告解の書』の前で喋ってもらおうか」
「.....」
強制的に顔を上げさせられた先。
ファウムは、アーレンの目を見た。
あの時。市民を扇動する魔法を扱う為に、恋人の片割れに攻撃を巻き込んだ時と同じ。
こちらの全てを見透かすような。恐ろし気な目で、見ていた。
▼
「....私が素直に喋るとでも?」
「喋るね。君はきっととても生き汚い」
ファウムが吐き捨てるように言った台詞も、アーレンは即座に返していく。
「自分の欲求を叶える為に、忍耐強く辛抱するし、どれだけの労苦を背負ってでも努力し続けるのが君の美徳であり欠点だ。自分の欲求よりも女神教への忠誠心が上回る訳がない」
「.....」
「それも。今回は君自身の性癖を満たす為ではなく、純粋に生き残るかどうかが肝となる選択だ。――生きなきゃ自分の癖を満たす事も出来なくなるねぇ?どうするんだい?う~ん?」
――アーレンは理解している。
ファウムという女の性質を。
ファウムは忍耐強い努力家である。目先の欲求に逃げる事無く。最終的に”己が恒久的に欲望を満たす”と言う目的を果たす為に、十年近く研鑽を続けてきた。
ただその忍耐強さや意思の強さというものは。どれだけ努力してでも己が欲求は必ず叶える事を本能からして強いられているような人間ともいえる訳で。
ここで自分が生き残りたいという欲求から逃れられる人間ではないのだと、アーレンは理解できていた。
「ならん....!ならんぞ、ファウム!悪魔の誘惑に、乗ってはならぬ....!」
「うるせぇえええええェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ‼」
ファウムを説得する最中。隣で縛られていたレッグスはファウムへそう声をかけるが。
アーレンは突如豹変した様で叫び、つかつかとレッグスの近くに寄ると――その顔面に渾身の蹴りを叩きつけた。
「ぐは...があああ!ああああ!ギャああああああああああああ!」
「なんだァジジイ!?もうじきお迎えが来る歳だから状況判断もできねぇのか!?それとももう十分に生きたから頭ン中お花畑飼ってんのか!?耄碌したんか!?取り敢えずその腐った脳味噌一回まっさらにしてやるからいっぺん死ぬかァおい!」
アーレンは――本気で、殺す気で、暴力を行使していた。
本気の殺意であった。
本気の怒りで、本気の殺意で、――レッグスへ暴力を行使する様をファウムに見せつけていた。
苦痛や苦悶というものに対して造詣が深いファウムには理解できていた。――これは痛めつける為に行使されているのではなく。本気で殺す為に行使しているのだと理解できた。
「自分は絶対に死なないなんて甘ったれた脳味噌してっからこんな状況でもそんな言葉が吐ける!あそこのモクカス貴族がこの期に及んでも自分を守ってくれるとでも思ってんのか!?目の前にいるのが誰か解ってるか!?お前の同胞を何人も何人も地獄の底に送り込んだ破戒僧だぞこの野郎!」
アーレンは理解している。
この大柄な偉丈夫相手に。得物も持っていない己が腕力で殺しきる事の難しさを理解できていた。
だから本気の殺意で暴力を行使したところで、そうそう死にはしないとも。
だから本気でキレて。本気で殴り蹴り――全力でファウムを怯えさせているのだ。
「神はお前を救わない!神なんざ存在しない!お前等みたいなカスに拝められている神なんぞそこらのドブ底に沈んだ豚の死骸よりも価値がない!ただお前は黙ってガタガタ震えて精々存在しない神に意味のない祈りを捧げておけばいいんだよ黙ってろ!じゃねぇとその乾き切った皺の寄った色のねぇ舌先ねじ切って鼻先と喉奥に突っ込んでそのくせぇ息ごと黙らせてやっからなァ!おい聞いてんのか!聞いてんのかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
アーレンは最後に延髄に前蹴りを叩き込みレッグスの意識を刈り取ると。
数秒沈黙した後に――怒りに染められた表情に満面の笑みを張り付け。返り血で汚れた顔面をファウムに見せる。
「ああメンゴメンゴ。そういえば話の途中だったね。まったく女の子同士で喋っているってのに無粋なお爺様だ――それで、どうするファウム?」
その張り付いた笑みを見た瞬間。
ファウムの内側から――何かが折れる音が聞こえてきたような気がした。
▼▼▼
「これで――女神教と、彼等と癒着していた”告解の書”を得る事が出来たね」
最終的にファウムは泣きながら、アーレンの全力の脅しに折れた。
彼女は己が知りうる限りの女神教と貴族たちの不正の数々をその口から吐き出し。その文言を血濡れの笑顔のままアーレンは告解魔法により刻み付けていた。
「これで――王宮連中に大ダメージ喰らわせる程度の証拠は集められたかね?」
「いやあそうだね。――ありがとうアーレン殿。いい演技だったよ」
「いい演技だったろう?」
――多分演技じゃねぇんだろうな....。
意図してやったことは間違いないのだろうが。あの豹変は演技ではなく、ただ本音から出てきた行動をそのまま行使しただけだろう。
レロは引き攣った笑みを浮かべながら。そのやり取りをただ眺めていた。
「さあて。それじゃあ――これからどうするかの話をしようか?」
にこやかに。ユーランはそう話を切り出していた。
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