第2話 魔王討伐の褒美は、国を挙げての大喧嘩でしたァ~!

 ――私、アルスは王家執事長のルビウス様より、皆様を毒殺するよう命ぜられました


 


 何故この給仕が俺達勇者一行を毒殺しようとしたのか、を結論付けるなら。こうなる。


 給仕――アルスの言葉から。証拠となる言葉を抽出し、『告解の書』に刻む文言は、この言葉であった。


 


「....という訳だけど。どうしようかな、レロ君」


 


 こういう時に、方針を定めて行動を決めるのが俺の役割だ。


 どうしたもんかな、と思う。


 今こうして、”勇者一行を毒殺しようとしました”という状況そのものがある訳だが。


 このまま、この給仕の女――アルスを突き出したところで、彼女だけが罰せられるだけで終わるであろう。


 それだと。今度は別口からの暗殺を仕掛けられるだけだ。何かしらの手を打たなければならない。その為に、アーレンは自身の『告解の書』にひとまずアルスの自供を引き出したのだ。


 


 とはいえ、だ。


 


「前提として、アーレンの『告解の書』は多分裁判での証拠能力は認められないから、正式な女神教徒の『告解の書』へ移してもらう必要がまずある。つまり、ジャカルタ国内で協力者を見つけなければいけない」


 アーレンは破戒僧であり。そして、女神教の教典も改竄されている。


 本来、暗殺実行の現行犯で捕らえた上で『告解の書』による魔法によって自供を得られたとあらば。裁判の場まで持ち込むことが出来たのならば、彼女が口にした王家執事長のルビウスまでは捕らえる事が出来るだろう。


 だが。アーレン・ローレンは破戒僧であり、その教典の内容も改竄されている。その上アーレンそのものが反徒である。アーレンの『告解の書』により刻み込まれたアルスの自供は、そもそも証拠能力はない。


 と、なれば。この状況を利用する為には、アーレンのような反徒の改竄された教典ではなく。正式な女神教徒の教典に、今アルスが自供した内容を刻み込む必要がある。


 


「協力者のアテはあるのかい?」


「こういう時の為に、ジャカルタに入った時点でレミディアスに動いてもらっている。アテはある」


 


 悲しいかな。もう長らくこういう旅を続けていると。最悪の事態というのは常に想定していなければいけない。


 この状況下で素直にジャカルタが褒章を与えてくれるわけがないというのも。最悪、全力で殺しにかかって来るであろう事も。


 なので、無理矢理にでもアテを作っておいた。


 


「わ....私はどうなるんですかァ~?」


 


 給仕の女、アルスは。告解魔法の効果が切れた瞬間より実に情けない声をあげ始めた。


 


「どうなるんじゃろうな?ルビウスとやらに聞いてみたらどうじゃ?」


「殺されるじゃないですか!」


「もう貴方は用無しよ。好きにしなさい」


 


 カスティリオとレミディアスのその冷たい声に、「そんなァ!」とアルスは喚き始める。


 


「お願いです~!助けて下さい~!私、生き別れの弟がいるんです~!こんな所で死ぬわけにはいかないんです~!」


「本当かい?もう一回告解魔法で証言してもらってもいいかな?」


「嘘です本当にすみません!ただ私が生き残りたいだけです!あんなゴミロリコン爺の命令で死ぬなんてまっぴらゴメンですゥ~!」


「自分の心には正直な女だ....」


 


 暗殺を仕掛けた側の人間が自分の命惜しさにメソメソ泣き喚いてんの、中々新鮮な気分だな....。


 


「まあまあ安心すればいいよ。『告解魔法』は基本的に女神教における宗教裁判用の術式だ。告解の書に文言を刻み付けた相手には、証人保護の為の守護霊と加護が付く。今回は特別に、少々強力な霊を付けている」


「ほ、本当ですかァ?」


「うん。だから――安心してこの場から逃げ出せばいいよ」


「承知!さらば!」


 


 恐らく逃亡用に用意していたのだろう。アルスという給仕の女は俺達の目も憚らずさっさと給仕服を脱ぎ捨て、何処からともなく取り出した変装用の服を着込み、風のような早さでその場から逃げ出していった。....恐らく暗殺が終わったら同じ手順でスタコラ逃げるつもりだったのだろう。


 逃げ出した外からざわめきが走り。次第にざわめきは怒号へと変わり。「奴を捕まえろ!」という悲鳴じみた声まで聞こえ。最後には窓ガラスが割れる音と共に静寂が訪れた。


 無事逃げおおせたようである。


 


「守護霊までつけるなんて。いつになく優しいじゃない、アーレン」


「何を言う。この世でボク程慈愛に満ちた存在はいないよ」


「――それで。本当の目的は何だ?」


「釣り餌だよ」


 


 アーレンは、悪びれもせずにそう答えた。


 


「守護霊には探知魔法も仕込んであるからね。――守護霊に守らせながら泳がせておいて、守護霊が通じないもっと大物を炙り出すのさ」


 


 暗殺に失敗した者は、当然その身柄を消す為の刺客が送られる。それを前提としての策を、今アーレンは仕込んでいた。


 


「仮にボクの告解の書での証言が取り上げられる事になったとしても、それで失脚させられるのはその執事長のルビウスとかいうしょぼい奴だけだろう。それだけだと勿体ないじゃないか。なら――暗殺実行者であるあの子を始末しようとする大物の刺客を捕らえる方がいい」


「成程のぉ。守護霊がついている以上、生半可な雑魚では相手にならぬ。故に、大物が動く可能性があるという事じゃな」


「その通り!」


 


 アーレンは華麗にウィンクを決めると、カスティリオの指摘にビシ、と指を差した。


 


「暗殺失敗したからじゃあ素直に褒章渡すしかないな....なんて逃げ道は決して許しはしない。ボク等に喧嘩を売った事を死ぬまで後悔させてやる。安易に暗殺なんて舐めた手を使ってきた馬鹿共に、必ず制裁を喰らわせる」


 


 その笑みには、慈しみなんぞ毛ほども存在しない。


 己に不幸を運び込もうとする者共への――歪み切った愛が刻み込まれている。


 


「楽しくなってきたなぁ。――さあてボク等はボク等で、喧嘩をしに行こうか」


 


 暫くの時間の後。謁見の準備が整ったとの報を受け四人は腰を上げた。


 神妙な様子など塵程も無く、ニヤニヤと笑みを浮かべた女共と今にも死にそうな男が一匹。衛兵に連れられ王宮を歩く。


 


 



 


 


「....魔王討伐の件、大儀であった」


 


 大儀などと露ほども思っていなさそうな苦々しい表情の王が、玉座にふんぞり返りながらそんな事を呟いた。


 その有様、虚栄と小賢しさに溢れている。黄金色の王冠を乗せ宝石の首飾りをつけているのはいいものの。潰れた肉まんじゅうに更にまな板を乗せた風情の頭の上にある黄金と、気管が潰れそうなほどに太い首にちょこんと乗った宝石は実に物悲しい。贅肉に弛んだ棚田のような腹を隠す為であろうぶかぶかのサイズ感のローブを着込みながら苦し気な呼吸を繰り返す様はもう本当に小賢しい。小賢しさに溢れている。隠しきれないものを隠そうとする涙ぐましさとみみっちさが、実に物悲しい。


 その傍らに立つ痩身の執事服の男は――何事も無くその場に立つ四人を見て、同じように苦々しく表情を歪めている。


 


 ――アイツが執事長のルビウスか。


 暗殺を命じた女が王宮より逃げ出し。暗殺を仕掛けられた側が何事も無かったようにここにいる。命じた側であるルビウスはある程度状況を察しているであろう。


 暗殺は失敗した挙句。暗殺実行者は逃亡。


 


 苦虫を噛み潰した顔面の二人と、ニヤケ面でその様を見やる女三人。そして胃をキリキリと痛め恐らく蒼白い顔色の俺。地獄のような空気感の中謁見は行われておりました――。


 


「褒章に関してであるが。当然受け渡そう....」


 


 しかし、と。王は言葉を続ける。


 


「褒章の授与は、十日後に行われる式典で行われる」


「....式典ですか?」


「そう。――我がジャカルタでは十日後、王権授与の式典が行われる。新たな王の門出と共に、魔王を討ちし貴公らの功績を讃え。新王から貴公らに褒章の授与を行おうではないか」


 


 そう王は言うと。――憎悪を籠めた睨み顔で、こちらを見やった。


 


「――十日後。また貴公らと相見えられる事を祈っている」


 


 



 


 


「どう思う?」


 王都の謁見を済ませ、宮殿から出ると同時。


 実に実に楽しそうなレミディアスが、声をかけてきた。


 十日後に褒章の授与を行う。その意図を、四人全員が解っていた。


 解った上で。笑みを浮かべて俺が言語化させる事でより楽しみを得ようとしているのだ。


 


「要は――式典までの十日間で、俺達を始末しようとしているんだろうな」


 


 褒章は授与したくない。


 だが、褒章の授与を拒否したという実績も残したくない。


 故に出した結論は。褒章を授与するまでに期間を空け、その間に”不幸な事故”によって勇者一行を殺害する、という結論であったのだろう。


 故に十日後に行われる王権の授与の式典を言い訳にして褒章の授与を延期し。その間に、こちらを始末する。


 最初に暗殺を仕掛けた際から、――もう俺達を始末するという方向性での対処を選択したのだろう。


 


「楽しくなってきたのぉ。実に楽しい。――こうも本格的に喧嘩を売ってくれるとは。嬉しい限りじゃ」


「俺達の勝利条件としては、十日後の式典まで無事生き残れる事かね」


「あら――何を甘ったれた事を言っているのかしら、レロ」


 


 十日後までに殺そうとするならば。十日後まで生き残れればいい。至極当然の理屈を言ったはずだが、どうもレミディアスはお気に召さなかったらしい。


 


「こんな下らない事にわたくしの貴重な時間を浪費させられてただ褒章を受け取るだけで勝利な訳がないでしょう?――褒章に加えて、あの舐め腐った連中を地獄の底に叩き落してはじめてこちらの勝利となるのよ」


「いいねいいね。喧嘩というのはこうでなくちゃ。ちゃんと噛みついてくれないとこちらとしても歯ごたえがないからね。剥いてきた歯の全部を叩き折って――解らせてやらなくちゃあねェ」


「.....」


 


 さいですか....。まあ、そうだよなぁ。そうなるよなぁ.....。


 暗殺を仕掛けられて。こちらを始末せんとする算段まで立てられて。その上で黙っているような連中ではない。では、ないんだよなぁ~....。


 


「――一旦国外に出るのはどうじゃ?策を練るにしても、ジャカルタ国内に留まる必要はあるまい」


「その場合、再入国が難しくなるのと、相手がより手段を選ばなくなるだろうな。ここに留まっている限り、おおっぴらな殺しは出来ないはずだ」


「....チっ」


「――おい、カス。今”大っぴらに殺したかったのに~”とか思っただろ」


「何の事じゃろうなぁ?」


 


 一度国外に出れば、何かしらの理由を付けて城壁を封じ、十日後の式典までこちらを締め出す可能性が高い。そして、国の外に出れば堂々と追手を差し向ける事も出来る。間違いなく悪手であろう。


 それが解った上でカスティリオは国外に出ないかと提案したのだろう。――手段を選ぶ必要もなくなった暗殺者と戦いたいが故に。


 


「なら――まずは、協力を約束してくれた貴族の所に拠点を用意させてもらおうかな。――とはいえ」


 


 アーレンはその足を止め、己が左手側へと視線を移す。


 


 ――二人。何者かが佇んでいる。


 街区を二つばかり越えた先。背の高い白色の塔がある。


 その屋上。僧侶が、二人。


 こちらを見据えて、ジッと眺めていた。


 


 敵が、現れた。


 その確信が――四人の間に流れ出た。


 


「餌に早速引っ掛かった馬鹿を発見。まずはあっちからどうにかしよう」


 


 アーレンが己が得物――神槍アーケールを手にした瞬間。一行はすぐさま臨戦態勢に入った。


 


 魔力探知による反応を捉えた瞬間より。


 レミディアスは術式を空に刻み、召喚魔法を行使。


 片目片足の灰色の巨鳥が生み出されると共に。断末魔の如き声を上げて空へ飛んでいく。


 


 けたたましい鳴き声と共に巨鳥が空を飛び上がると共に。


 ――光線の如き軌跡が、白色の塔より生み出される。


 


 光線は飛び立つ鳥を追っていく。直線の軌道からカーブしその羽根を捉え、貫いた。


 鳴き声のけたたましさはより絶望の色を増し。そして――絶命と共に空から落ちていく。


 


 


「――とても良い声だ。だが意味がない」


 


 白色の塔の上。銀の弓を構える尼僧が、そんな事を呟いていた。


 結った銀の髪を白色のローブに収めた、長く横に薙いだような狐目と八重歯が剥き出た笑みが特徴的な女であった。


 防御用の術式を刻みつけた尼僧装束は、どす黒く染まり乾ききった血と。未だ変色を迎えていない赤いそれとが混じりあった血がこびりついている。


 


「貴様の鳴き声を聞かせてくれないとなぁ、アーレン・ローレン....!」


「楽しむ余裕があればいいがな、ファウム。アレは魔王を討った一行ぞ」


 


 


 その隣。


 大槌を担いだ老僧侶が。そう呟く。


 男は、恐ろしく大柄な男であった。隆起した筋肉は岩石の如く男の肉体を纏い、僧侶服の上からもその存在を主張している。角ばった顔つきの上、年輪を重ねた顔の皺はひび割れのようであった。


 


 神弓を携えしどす黒い尼僧と、大柄の老僧侶が共に塔の上にて佇む。


 


「楽しむ事と余裕がある事はイコールではないのだぞレッグス殿」


 


 老僧侶の言葉に、楽し気に尼僧は返す。


 


「もうそこらのゴミ共の苦悶の声は聞き飽きた頃だ。こうして神の名の下に指令があったというのなら。是非とも楽しもうじゃないか」

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