魔王滅ぼしたけど多分新しい魔王ポジが生まれただけ

@marukome8

第1話 魔王滅ぼしたもっと魔王っぽい奴等一同、それが勇者パーティです

 魔王を滅ぼした者は勇者である。


 この理屈が通用するというならば――こいつらも勇者として扱ってもいいのだろうか。


 


「わざわざ王宮まで来てやったというのに。――魔王を滅ぼせし勇者に対する扱いがこれとは、全く見下げ果てましたわ。犬畜生は何処まで行っても犬畜生。解ってはいましたが、やはり現実を直視するのは不愉快極まりないですわね。いっそ全てを台無しにしてくれようかしら」


 


 胸元が大きく開いた漆黒のドレスを着込んだ、凄まじいプロポーションの女が。柔和な顔つきと柔和な声で、そう呟いていた。


 雪のように透き通った銀の髪を腰先まで流した、美しい女であった。声は程よく柔らかく、何処か艶めかしい色が孕んでいる。


 されど。その狐の如く細められた碧眼の奥。そこには、絶対的な、氷煙が浮くような冷たさがある。一瞥するだけで相対する者の恐怖心を呼び起こし、身を凍えさせるような冷たさが。


 漆黒のドレスの奥。黒に紛れ、砕かれた頭蓋骨があしらわれた意匠が拵えられ。その右手に握られた杖には四肢が砕かれた首無しの骸骨の絵が刻み込まれている。


 眼前にするだけで。底冷えするような死の気配を呼び起こす。悪魔の如き女であった。


 


 


「ふ。まあいいではないか。確かにあの面構えは人間と豚の交配が奇跡的に上手くいったのに愛嬌だけは受け継がれなかった哀れさがあるけど。ああいう顔面が醜く歪んで悩み悶え苦しむ様というのは実に痛快だ。あの王様はその顔面をボク達の前に晒す為だけにこの世に生まれてきたんだ。今宵、あの王は生まれた意味を知る事になる」


 


 その傍ら。男装の麗人が、輝くような笑顔で口汚い言葉をのたまっていた。


 湖畔のように光を湛えた青の髪の下。中性的な美しさを持った顔面がある。高い背丈の上、パンツルックに改造した僧服に身を包んだその女は。少年とも少女ともつかない、綺麗で澄んだ声音をしていた。


 されど。灼熱に燃えるような赤い目の奥。そこには、爛々とした無邪気さが滲み出た残酷な色がある。玩具を振り回し叩き尽くす子どものような、純然な欲求を孕んだ目が。


 褪せた白色の僧服。それは女性用のローブを男性式に改造したものである。これはあり得ざる代物である。教会において性を偽る事は大罪だ。それも、僧侶の身分で女が男の僧服を着込むなど、絶対にあってはならない。


 表紙の題目が書き換えられた聖典をベルトに無造作に吊り下げ。魔女の紋章を刻み込んだ神槍を背負う。全身何処を切り取っても戒律破りな女であった。


 女は、破戒僧であった。


 


 


「仕方あるまい。ここの王はアルデバラン家と外戚の関係で、その上国教が女神教じゃ。――おやおや。ここにアルデバラン家を滅ぼした令嬢と、女神教宗家より死罪を言い渡されておる破戒僧がおるなぁ。何とも愉快じゃあないか」


 


 小柄な少女が、八重歯を覗かせる笑みを浮かべそんな事を言っていた。


 眠たげな目つき。細く、ひ弱な印象の見目。長く整えられた髪。子犬のように大きく、少し潤みを湛えた目。その風情は、蝶よ花よと育てられた童女の気配すらも感じる。


 されど。その眠たげな黒目の奥。優し気で、生気がそこまで感じられないその目の奥の奥。そこには、凄まじいまでの執念が覆い隠されている。


 ゆったりとした民族衣装の中。その中には、様々な暗器や薬が覆い隠されている。その長い髪の幾つかも、同じ色に擬態した金属線がある。


 彼女のクラスは剣士であるが。剣の姿は見えず、弱者に擬態し、毒と暗器を全身に仕込んでいる。そしてその衣服の奥、己が肉体の上には”変化”の魔法術式が隠されている。


 女は、少女に擬態していた。


 


「――で。レロ。貴方は何を祈っているのかしら?」


「頼む.....何事もなく、本当に何事もなく....この城から出させてくれ....。それだけで、いいんだ....」


「はっはっは、レロ君。キミは一体どの神に祈っているのだい?そもそも神頼みしたところで、破戒僧のボクがいるというのにその願いが聞き届けられるとでも思っているのかい?ボクが神ならあまりにも不敬すぎて天啓の代わりに雷鳴をその頭上に落とすだろうね。神様は都合のいい小春日和のような女の子じゃあないんだよ残念ながらね」


「うるせぇ.....うるせぇよ....」


「祈る必要などないじゃろ。むしろ誇ればよい。我々はあの王に精神的勝利を得たのじゃ。この国において最大の勝者ともいえる王に、何もせずとも精神的苦痛を与えられておる。何とも愉快じゃあないか。あの贅肉を蓄えた無能な王に己が無能を突きつける悦楽は何物にも代えがたい代物じゃろうて」


「不愉快.....!極めて、不愉快.....!」


 


 


 とある国のとある王宮のとある豪奢な部屋の中、四人が押し込められている。


 王宮の中にはどよめきとざわめきが満たされ。愛嬌を失くした豚の親戚みてぇな如何にもエロ本で竿役してそうな憎たらしい顔つきで贅肉ぶら下げた王様と、陰毛が生えた枕みてぇな如何にも鬼畜系の官能小説で愛人囲った変態プレイしてそうな顔つきの大臣がああでもないこうでもないと侃々諤々の議論を続ける合間に、魔王討伐パーティ一同総員四名は客室に押し込められる始末となっている。


 


 こんにちは。


 俺の名前はレロロ・レレレレーロ。名前があまりにもひどい。辺境のクソ貴族レレレレーロ家の妾腹の末子として転生を受けました。そうです転生です。転生したら名前がレロロ・レレレレーロでした。もう一回死んで生まれ直して名前ガチャ回してもいいか?誰かから「クンニリングス中に舌先にくっ付いたスペルマで受精させてそうな名前ランキングがあるならお前は間違いなく一位だな」と言われた時は本気で首を絞めて殺してやろうかと思ったが、事実なのでグッと堪えた。クソ貴族の息子にしては中々に我慢強いだろう。妾腹の子どもといえどもせめて名前くらいはまともにつけてほしかった。そんなレロロ君が、魔王討伐メンバーの四人目です。


 


 


 よし。ではこの状況について話す前に。少しこのパーティの俺を除く三人について話しておきたいと思う。


 何故この王宮に鎮座する王様がガクガクブルブル屠殺前の家畜みてぇに震えながら「どうするんだどうするんだ」と叫んでいるのか。


 それは。魔王討伐の褒章を与えねばならぬ相手があまりにも曰く付きであるからだ。何処を叩いても爆発する、故障しかけの不発弾みてぇなタイプの地雷物件。


 


 パーティメンバーその一。レミディアス・アルデバラン。


 悪辣で狡猾で苛烈で利己的な最強で最悪な召喚魔法使い。通常の召喚魔法では飽き足らず、禁忌魔法である死霊術・降霊術・魂魄術まで極めた生粋の召喚師である。


 よくよく聞く言葉に悪役令嬢なる言葉があるが。こいつはそんじゃそこらの悪役令嬢ではない。悪の中の悪、悪魔令嬢だ。


 なにせ。この野郎、自分の実家であるアルデバラン家を派手にぶっ潰しやがったのだ。


 しかもただ力任せにぶっ潰したわけではない。周囲の根回しを済ませ己に罪が降りかからぬよう狡猾に立ち回り。己を貶めようとした親類一同仲良く地獄に叩き落し。お取り潰しとなった家からちゃっかりと財産は持ちだしている。その上、アルデバラン家が取りまとめていた貴族派閥に関しても、王侯派閥への根回しも済ませ大粛清を敢行させている。


 悪役令嬢と言えば、立ち回りがあまりにもお粗末で痛い目を見るのがまあお約束と言えるのだが。この女の厄介な所は、政治的立ち回りと根回しが死ぬほど巧みな所にある。一級の召喚魔法使いでありながら、権力を味方にする術も心得ている。まさしく、悪魔が令嬢の皮を被った存在な悪魔令嬢である。


 


 はい次。


 パーティメンバーその二。アーレン・ローレン。


 神を冒涜しながら神の奇跡を体現する破戒僧な魔法使い。神が定めたとされる戒律一つ一つを吟味し、その一つ一つを丁寧に破り捨てる。戒律破りを行う事に喜びを見出している精神の化物である。


 肉食が禁じられているが故肉を食らい。博打が禁じられているが故博打もした。偽りを嫌い、支配を嫌い、それ故に神が大嫌い。女神教の修道僧になった理由は神への信仰心ではなく、神の言葉の偽りを暴く為だとのたまう。その後、順調に破戒は続けられ。”性を偽るなかれ”の戒律を破り男装で過ごし。そもそも戒律の元である聖典を勝手に改造し、別内容に書き換えるという死罪待ったなしの破戒まで行い。最終的には、女神教宗主国たるデネギア神聖帝国内にて様々な経緯の果てに枢機卿を殺害するというテロ組織も真っ青な大事件を起こす。その際、枢機卿が保有していた聖遺物である神槍アーケールを簒奪し、そこに魔女の紋章を刻み込みこれもまた改造している。


 こうして見目から聖典から聖遺物から諸々全身神様冒涜スタイルで諸国を練り歩くこの女は。破戒僧でありながら、女神教の魔法の全てを修め。その上で別魔法とも組み合わせた独自の魔法体系を築くという化物じみた所業まで行っている。こいつもまた、レミディアスに負けず劣らずの天才であると同時に、女神教の影響下にある国々にとっては凄まじい地雷である。歩く女神教ネガティブキャンペーン破戒僧。それがこの女である。


 


 またまた次。


 パーティメンバーその三。カスティリオ・アンクズオール


 貧弱そうなのじゃロリ系の女....に見えるが。その実態は、一級の剣士である。


 だが。その見目は実にひ弱そうで。その歩法や立ち振る舞いも、武人のそれとは思えない。この女は、弱者に擬態しているのだ。


 どうもこの世界、複数の異世界が同時並行的に存在しているようで。異世界で死に、この世界に転生する例は珍しくはあるもののまああるものらしく。その例に漏れず、カスティリオも転生者である。


 前の世界では、その剣技でもって名声をほしいままにしていたというが。あっけなく謀略に巻き込まれ暗殺されてしまったらしい。


 そうして死に、異世界にて生まれ直した今。カスティリオは”擬態”する事を覚えた。


 変化魔法にて如何にも脆弱そうな見目に己を作り替え。如何にも武術を知らなそうな所作で振舞い、強者の雰囲気を殺す。得物は透明化の結界で覆い隠し、暗器や毒を仕込み、探知系の魔法を仕込み暗殺や不意打ちの対策も十分。そうして弱者に擬態し、他者を欺き、不意を打ち仕留める戦闘スタイルに異世界では切り替えたのだという。


 前世にて謀略を前に敗北したことがあまりにも悔しかったらしく。カスティリオはあらゆる物事で”勝つ事”に恐ろしい程執着している。


 それは勝負事だけではなく。あらゆる場面・物事・状況を前にしても、他者に対し精神的優位を取る事に拘っている。いわば、”勝利中毒者”。敗れた記憶は絶対に忘れず、いずれ必ずどんな手段を取ろうとも復讐を果たす。厄介極まりない性質の女である。そんな女は数々の闘技場で見事なまでの盤外戦術を駆使し賞金を稼ぎに稼ぎ、その果てに、諸々あってこのパーティに所属する事になりました。


 


 


 はい。


 これが、魔王を滅ぼした『勇者』御一行でございます。


 


 悪魔令嬢・破戒僧・擬態剣士の三名+何故かここに引き摺りまわされている男が一匹ですね。一体どこの世界にこいつ等を勇者と扱うものがあるんでしょうねぇ。


 


「賭けをいたしませんこと?これからわたくし達に褒章が与えられるかどうか。わたくしは、払われるに一票」


「ボクも一票だな。――対外の面子と内部の面子、どちらを選ぶかと言えば外の方だねあのタイプは。外のご機嫌を伺いながら生きてきたって顔をしてる。愛嬌がないくせに媚び諂う可愛げの欠片もない醜い豚だよ」


「わらわも一票だ。なんだ、賭けにならぬではないか。とはいえ、ただ支払われるわけではないじゃろうな。だから、今策を練っている」


 


 アホみたいなパーティメンバーを紹介した上で。今の状況を説明しましょう。


 このメンバーで魔王を討伐しました。こいつ等は本当、ろくでもない連中ばかりではありましたが。俺以外の三人は全員魔王を倒してその名声を得る事を必要としていました。利害の一致というのは素晴らしいですね。


 ですが。


 魔王討伐の御触れを出し。褒章を用意し。その式典を主宰するジャカルタという国ですが。


 レミディアスが滅ぼしたアルデバラン家とその王家は外戚関係にあり。そしてジャカルタは、国教を女神教と定めている国であったという訳でございます。


 


 要するに。レミディアスは王にとっては己が外戚を滅ぼした憎き仇であり。アーレンはジャカルタの国教である女神教の反徒であり枢機卿殺害の大罪人である。


 そんな連中が魔王を滅ぼし、褒章を寄越せと王宮に堂々と現れたのだ。


 故に。多分、王様は死ぬほど悩ましい問題に直面している。この三人のうち――特にレミディアスとアーレンがあまりにも地雷であったのだ。


 


 普段ならば、特にアーレンなんぞは罪人としてとっ捕まえしょっ引けばいいだけの話だが。残念ながらジャカルタが出した御触れには、魔王を討伐せし者は罪人であればその罪を帳消しした上で褒章を渡すと書かれている。世に憚る賊共や悪人が褒章目当てで殺しにかかってくれたなら、賊共の目を逸らせるしワンチャン魔王も死んでくれるやもしれないしでそんな条件を付けたのだろう。


 


 国を挙げて魔王の討伐の為の御触れを出したのだ。ここで約束を違え四人をしょっ引けば、国としての体裁と面子はボロボロになる。


 


 ならばそのまま褒章を出せばどうなるか。王の血族ごと外戚を滅ぼした憎き相手と、国教を裏切った破戒僧の二人をジャカルタが英雄と認める事に当たる。これもまた面子がボロボロになる事請け負いである。


 


 なんたるジレンマ。この二択の内どの道を選ぼうと後々の大きな負債となる。というか結構な詰みである。


 


 なので。城に参上してきた俺等は城の客間で待機するよう言われ、こうしてここで時間を潰している訳だ。このクソみたいな二択の内どのクソを引くべきか――侃々諤々の議論は結論が出ぬままずっと続けられている。


 


 そんなジレンマで苦しむ様を。文句を言いつつも――三人は悪魔の如き笑顔で、その様を見守っていた。


 この野郎共、心の底から自分たちの所為でジャカルタの王家連中が胃潰瘍になるほど悩みに悩んでいる姿を酒の肴に出来るタイプの性根をしている。性格の悪さと肝の据わりと圧倒的な自信が煮詰められて出来上がった女ども。仲間で心底良かったと思う。


 


 さあ。


 こんな連中が――本当に勇者なのでしょうか?


 正味。この世界における魔王なる野郎は、力だけでどうこうできるような存在ではなく。この連中の悪辣さであったり狡猾さがなければ太刀打ちできなかったのは事実な訳で。こいつ等と組んだ判断そのものは間違いなかったとは思うのだが。勇ましき者、という意味における勇者とはおおよそかけ離れている。多分滅ぼした側の魔王の方が近い。


 勇者⋯⋯勇者、とは⋯⋯?


 


「だが⋯⋯これを乗り切れば、ようやく俺は解放される⋯⋯!」


 ああ。


 この化物共に胃を痛め続ける日々が走馬灯の如く流れていく。


 レミディアスが呼び起こした亡者の軍勢に取り殺されそうになったり。アーレンと共に枢機卿率いる教会の兵と戦って死にかけたり。闘技場でカスティリオに毒殺されかけたり。本当、ロクな目に遭っていない。何度死にかけただろうか.....。


 まあでも。こいつ等、なんだかんだ割と仲間になってからは比較的優しかったな。あくまで比較的だけど。ちゃんとこう、人間扱いはしてくれた気がする。だがあちこちで恨みを買いまくっているせいかトラブル続きの日々で、本当にパーティを組んでいると生きている心地はしなかった。


 ただ、それも今日まで。


 これまでは『魔王を倒す』という共通の目的をもって結ばれていた仲であった。その前提が、今日をもって終わる。終わる~。


 ……と。思っていたのですが――。


 


「――あら、レロ。”解放される”とはどういう事かしら?」


 こちらの言葉を拾って、ジトリとレミディアスが睨みつけ、そんな言葉を放った。やっべ。


「あ、いや⋯⋯。魔王倒して、褒章を授与されれば。パーティは解散だろ?そういう約束でパーティを組んだわけだしな。そうなると、俺もようやく羽根を伸ばせる時間が出来るなぁ、と⋯⋯」


 


 おっとぉ。流石に”解放される”は失言だったか。まあ確かに、これまでトラブル続きではあったけれども。魔王を倒して、これから一生暮らせていけるだけの褒美をもらえるのも、間違いなくこの三人のおかげだから。その辺りはちゃんと感謝しなければならんなぁ。.....貰えるかどうか若干怪しくなってきていますけど.....。胃が痛む日々は続いていたが、同じ位感謝もしなければいけないのも確かだ。


 


「まあそうだね。何にせよ大仕事を終わらせたのは確かだからね。――で、キミはこれからどうするつもりなんだいレロ君?」


「え?そうだな⋯⋯。もう辺境の田舎に引っ込んで、一人でボーっと過ごしたいなぁ⋯⋯」


 


 ほら。所謂セカンドライフという奴だ。どっちかと言えばセミリタイアに近いだろうか。削られすぎてそろそろとろけそうな胃を労ってあげたい。大金貰ったならもう後は何処へなりとも引っ込んで。落ち着いた、ゆったりとした、老後のような余生を送ってしまいたい.....。


 いいじゃないかそれ位。もう命なんて抵当に入れられるくらい危険な目に遭ってきたんだし.....。


 


「――あら。一人で、ねぇ」


 


 と、思っていたのだが。どうにも納得しかねている者もいるらしい。


 


 人間としての力の根源というのは目にあると思う。


 なにせ、今己の肉体に刺さる視線から、凄まじいまでの圧力を感じているのだから。


 怜悧で鋭く呪いの如き怨が、視線から流れ来る。それは悪魔令嬢・レミディアス・アルデバランからのものであった。


 


「ねぇ、レロ。――現実を見なさい」


「げ、現実.....」


 これまで。さんざ辛く苦しい現実に蹴っ飛ばされてきたというのに。まだまだ俺は鞭を打たれ足りないのか。いいじゃんもう。現実君、昼寝しようぜ。


 


「どんな辺境に行ったとしても。貴方はもう逃れられないの。魔王を滅ぼした英雄なの」


「は、はい.....」


「貴方は貴方でちゃんとこのパーティで役割を果たしてくれたけど。個人としての貴方は、せいぜい中級魔法が扱える程度の魔法使いってだけよ。そんなのが辺境の誰にも見つからない所で隠遁なんてしてみなさい。結局刺客を差し向けられて無様に死んでいくのがいいとこだわ」


「.....」


「わたくし達に恨みを持っている権力者なんて、星の数ほどいるのよ。実際、討伐の為の冒険の中でどれだけの暗殺者に狙われ続けてきたと思って?貴方一人でどうこうできると?」


「ぐぇ⋯⋯」


 


 なんという辛い現実でしょう.....!


 魔王倒したところで、もう人生詰みでございましたかそうですか。


 ...いやまあ。その現実に対してこれからどうすっかな~と頭を捻っていた所なので。本当にぐうの音も出ない話でございます。


 今回、ジャカルタに入国するにあたっても。念には念を入れて各方面に仕込みをしている。ぜっっったい暗殺を仕掛けられる事は解っているから。頭の片隅では、この辛い現実は解っているのです。でも、まだまだ諦めたくないじゃないか。夢を夢のままで終わらせてたまるものか。安寧な生活を夢見るだけで夢想家扱いされる勇者っていったい何なんでしょうかねマジで。


 


「だから――わたくしから離れるなど、貴方には到底不可能であるのだと知りなさい」


 


 裁断じみた重い宣告が頭上に叩きつけられる。言葉が破城槌となり俺の豆腐より脆い心の城塞に打ち付けられる。そういう類の圧が、このレミディアスという女にはあるのだ。えーん。なんだってこの女こんなに怖いんだよぅ。


 その言葉に頭を抱える中、レミディアスが勝ち誇るようにふんと鼻を鳴らす。――されど、「聞き捨てならないなぁ」と、破戒僧・アーレンが言葉を挟みこんだ。


 


「まあレロ君を単独でほっぽりだしちゃあそれはもう無惨に死ぬであろう事はその通りだけど」


「おい」


 


 おい。


 


「でもねぇ。各国の権力者から恨みを買いまくっているレミちゃんに付いていったところで長生きできるか怪しくないかい?多分これからレミちゃんは政治闘争に明け暮れる毎日を送りそうだし⋯⋯。それなら、ボクと一緒に旅した方が楽しいと思うよ、レロ君」


「は⋯⋯は?」


 あの⋯⋯俺は一人で、ゆったりと生きていたいと申したのですが⋯⋯?


「確かに、平穏からはちょっと離れた日々を送る事になると思うけど。楽しい日々が送れる事は保証するよ。それにボクはレミちゃんと違って可愛くて愛嬌があるしね!」


 


 アーレンは、少年のような赤目をキラキラと輝かせて、こちらを見やる。


 な⋯⋯なんだァ?


 


「あら。大陸最大で最悪の宗教団体と絶賛大喧嘩中の方は言う事が違いますわね。わたくしなどより、貴方の方がよっぽど先行きが危ういでしょう?」


「ああその点は大丈夫だよ。女神教を滅ぼす手筈はもう済んでいる。すぐにぶっ壊してあげよう!」


「お前の言葉の何処に安心できる材料があるんだよ!」


 


 ダメじゃん。


 


「くっくっく。愉快じゃなぁ。やはりそこかしこで恨みを買っている連中は恐ろしいわい。くわばらくわばら」


 その様子を、擬態剣士・カスティリオは楽しげに見ていた。実に他人事の風情で。


 その他人事っぷり満載な空気感に突き刺すような、レミディアスの睨みがカスティリオへと向けられる。


「恨みを買っているの一点でいえば――貴女こそこれからまずいのではなくて、カスティリオ?」


「ん?」


「今日より貴女は、魔王を討ち滅ぼした勇者よ。――散々姑息な手管で貶めてきた相手が黙ってはいないでしょう?もう油断してくれる訳もないでしょうし」


「ああ。そんな事か。――安心するがよい。わらわは身につけてきた全てを武器とする。勇者としての称号を手にしたならば、手にしたなりの戦い方があるのじゃよ」


 


 そう呟くカスティリオの口元からは、より八重歯が剥きだすような笑みが刻み込まれる。


 


「わらわは、如何なる状況、如何なる場面にいようと勝者だ。それだけは揺るがぬ。闘争に勝利する事こそ我が人生じゃ。これまでも勝ち続けてきた。これからも勝ち続けるに決まっておる」


 


 


「.....」


 


 さて。


 今、自分は――レミディアスとアーレンの二者より、じとりと睨みつけられている。


 なんでそんなにジトジトしているんだい?お前等の視線はもっと射殺す感じの鋭さだろう?なんでそんな湿っているんだやめてくれマジで。


 


「――さて、まあ。レロ君のこれからに関しては。褒章の授与の後じっくり話し合うとして」


 


 


 扉が開けられると同時。


 給仕服を着込んだ女が、部屋の中にワゴンを押し入って来る。


 


 


「――長らくお待たせして申し訳ございません。王の謁見までもう暫しお待ちください」


 


 にこやかで爽やかな笑みを浮かべた女が「お茶のお代わりをお持ちしました」と続け。優雅にポットから茶を注ごうとして。


 


「『とまれ』」


 


 その手が、止まる。


 それは――レミディアスが放った”呪音”によるものであった。


 


「な⋯⋯なにを⋯⋯」


「処遇に困った末に暗殺を仕掛けるのは常套手段よねぇ。――ねぇ、貴方。その茶を、飲みなさい」


 レミディアスは、カツカツと給仕の女へと近付く。


「い...いえ、それは.....」


「『のめ』」


 


 その果て。


 にこやかな顔でレミディアスは、呪音の響きを持たせた命令を耳元で囁く。


 


「⋯⋯お、お願いします⋯⋯この、この魔法を⋯⋯解除してください」


 


 まるで生まれたての小鹿の如くプルプル震えながら、給仕の女は己が眼前にポットを持っていく。


 


 ――”呪音”


 他者の魂へ干渉する魔力を込めた声。魂に声を届かせ、対象に命令を聞かせる。レミディアスの魂魄魔法である。


 魔力の差があればあるほど。精神が動揺する程。また、レミディアスに対して性的な感情を持ったり、罪悪感を持つ者であればある程この魔法は効果を持ちやすく。――現在、女が抱え込んでいた罪悪感に付け込み。レミディアスは呪音にて女を操っている。


 この女が何をしようとしていたのかは明白だ。


 茶に仕込んだ毒で、こちらを暗殺しようとしていたのだろう。


 


「あら?何故かしら?何故わたくし共に振舞おうとしていた茶を飲めないのかしら?」


「か。かか、かん、かんべ....」


 


 口を開け『させられ』、ポットの中身を己が口に注が『され』ようとしている女を前に。


「まあまあ、レミちゃん」


 


 にこにこと笑みを浮かべたアーレンが、その口に茶が注がれようと寸前。そっと、そのポットを取り上げる。


 その瞬間。――給仕の女は明らかに、安堵の表情を浮かべていた。


 


「この人も、きっと上の人間から命じられただけの哀れな刺客の一人なんだよ。失敗すれば切り捨てられるだけの。なんて可哀想なんだ⋯⋯」


「た、たしゅけちぇ、もらえまひゅか⋯⋯」


 


 呪音により口を開けたまま、飲み物を嚥下する動作を強制させられた女は。縋るように回らない呂律で言葉を紡ぐ。


 


「とんでもない。――これから、ボク達がキミに救われるんだ」


「.....へ?」


 


 アーレンの手に、一冊の書物が召喚される。


 そこには、紋章文字にて『告解の言葉』と表題に記されており。その中身は、ただ空白のページが並んでいるだけの書物であった。


 


「この魔法は君の同意なく使えない。これから君は、ボクの前で真実の言葉を唱える。『我の前で託宣せよ。さすればその言葉は運命となる』」


 


 純粋無垢。それ故の残酷な力のあるその目を、アーレンは女に向ける。


 


「『虚実を厭い、真実を託せ。因果の道は真実と共に光差す。汝、これより我を前に告解を果たせ』」


 


 ――告解魔法。


 虚実を禁じた場を形成し。同意をもって他者に真実を語らせ、その言葉を”告解の書”に刻む魔法である。


 告解の書に刻まれた文言は言霊を帯び因果律を操る効果を得ると共に。単純に”嘘が付けない状況での言葉”であるという事も含めて、裁判においてもこの魔法で刻まれた言葉は有力な証拠となる。


 本来。詠唱に用いられる人称は”神”であるが。この女、勝手に”我”へと変えている。本当にふざけた女だ。


 


 女は――涙目で、コクリと首を縦に振った。


 同意が得られたと共に。アーレンもまたうんうんと頷いた。


 


 


 



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