第12話 9999と1

 赤き暴風の竜は機械部隊を連れてエルルミネ村から離れていく。

 都市に影響を及ぼすほどの天象魔法ではないが、ラティナの使用する嵐の魔法でもある程度地形を変えられるほどの力を持つ。

 

「クソっ! 無駄な抵抗をしやがって! 女勇者を拘束しろ!」


 竜に噛みつかれながらもゲトスは冷静に隊員たちへの指示を出す。反魔力装甲はいかなる魔力戦闘にも適応しているので、暴風の攻撃を諸戸もせずに通信網を安定して保つ。

 指示を受けた隊員たちはただちに腕装甲から錨を射出して体を固定して、反対側のガントレットで金属の捕縛縄を撃ち出す。


 複数本の縄に縛られたラティナの体から風が消えてしまい、空中に持ち上げられた機械部隊とラティナは峡谷に挟まれた小川に墜落する。一部の機械隊員の鎧が風によって剥がされてしまったので、それに気づいたラティナは縛られたまま隊員のために風の落下地点を作ってあげた。

 彼らのしたことは許せないが、だからと言って人を殺したいわけではない。


「あぁ~ 俺の大剣、結構改造がんばってたんだけどなぁ……王様の言う通り、勇者って本当面倒事しか起こさねぇ」


 風に吹き飛ばれたのか、ゲトスの手元には大剣がない。イラついた口調でラティナに近づくと、ゲトスはラティナの細い首を掴んで持ち上げる。


「は、なし……て」


 体を拘束された上に落下した時の打撲の痛みで魔法に集中できない。


「まあ、魔獣と違って人は武器なんかなくても殺せる。神秘接続コネクトと理の魔法も使えない勇者なら尚更な……もうあきらめろ、お前は独りぼっちで死ぬ」

 

 少女の首を絞める右手の力が強まって、空気と血液の流動を容赦なく止める。思考の停滞を自覚しながら、ラティナは終始エルルミネ村のみんなの安否を気にしていた。


『独り……?』


 光柱を作り出した銅像と同じようにラティナの肌が発光し始める、ゲトスが手にいくら力を込めても少女の筋肉と骨の感触を感じられない。まるで肉体が短時間でゴム状の物質に変化したようだ。

 ラティナの声を借りて、は言葉を続けた。


『ラティナは独りなんかじゃない…………エルルミネ、 先代アレストモールド、 先々代ラムニア……そして、はじまりの人まで続く9999人』


 ラティナの体から先ほどの暴風竜とは比べ物にならない威力の断空爆発が起き、機械装甲着たゲトスを数十メートル先まで吹き飛ばす。


神秘接続コネクトが見たかったんだろう? 私の、いや……歴代勇者わたしたちが行使する本物の魔法を見せてあげる』


 ラティナの体を縛り付ける金属縄と、その場にいる37人の機械隊員の反魔力装甲が一斉に液状化してラティナの目の前に球体として集う。

 すべての勇者と繋がったラティナの行使する鋼鉄魔法はいともたやすく機械鎧の魔力耐性を捻じ曲げる、液状化した金属を伸ばして5m超えの巨大杖として再成型させる。


 鎧を剥がされた隊員の一部はやっと事態の重大さに気づいたのか、慌てて峡谷から逃げ出そうとするが、彼らの退路はラティナに操られた巨大岩石に防がれてしまう。

 ラティナは金属杖に両手をかざしたまま上空に浮き上がって、絶叫と悲鳴を上げる37人を一瞥すると、機械隊員たちは全員地面に吸い込まれるように倒れる。鎧を無くした彼らのを守れるものは何もない。


 ほとんどの隊員は現状を把握できてないが、ゲトスは隊長を務めるだけあって魔法の知識は隊員の誰よりも精通している。


「くっ……土の鋼鉄魔法による媒体再構成……水の鮮血魔法による行動制限……機工ですら再現できない規模を…………」


 人は蟻を踏み殺しても気づかないが、蟻を意図して殺すことも極めて容易である。


 ラティナは峡谷の左右に手を伸ばして見えない何かを掴む。脳内で呪文・構成式・威力調整計算をイメージして燃料の魔力を注ぎ込むと、現代ではもう使用できる人間が残ってない土の「震動魔法」を発動した。

 

 ラティナは計り知れない重さを持つ二つの山を動かして、機械部隊を挟む谷の両側が少しずつ狭まっていく。

 人智を超えたその魔法は地震を引き起こして、自身を祀る寺院とそれを守る守護者の村を崩壊させた。移動のために人々が時間を重ねて開拓した山道もトンネルもすべて無に帰した。


 たったの37人の命を奪うだけのために。


「ちがう……こんなの、私じゃない……」


 いよいよ峡谷が機械部隊を押しつぶすところで、山々の動きは止まった。気を失った彼女が意識を取り戻した。


『ラティナ……理の使令に害を及ぼす者は万死に値する』


「そんなの知らない! 私は勇者じゃないから!!」


『……そうか。勇者わたしたちを否定するとは、皮肉だな』

 

 ラティナの体から光が消えると隊員たちは体の制御権を取り戻すが、ゲトス含めてもう戦う意思を持つ者はいない。噴火する火山口に飛び込みたい人間は存在しないように、丸裸にされた隊員たちはラティナに背を向けて逃げていく。


 死者がいないことに安堵したラティナは来た道を辿って、焼かれてしまったエルルミネ村に戻っていった。


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