第4話 風に乗り、傘を広げる

「誰もが、人工勇者になれる……」


「あぁ。箱舟に乗って真大陸にいける人数は限られてる、だったら自分たちの手で魔獣を倒せるようにすればいい、だろ?」


「すごい! 成功するといいね、それ」


 魔法は世界から消えようとしているのに、現代の冒険者の数は千年前よりも遥かに多い。戦わなければ災厄と魔獣から街を守れないから、ほとんどの人間が成人したタイミングで武器を手に取り軍かギルドに入っていく。

 もしカロンの語る人工勇者の装置が完成すれば、数え切れないほどの人間が救われる。


 カロンは小さく微笑んで再び修理作業に入ろうとしたその時、作業台から着信音が鳴り響く。カロンは道具を床に置いて小走りで作業台へ向かい、壁に設置された電話の受話器を乱暴に掴む。


「はい、カロン工務て────え、じいちゃんがいない!?」


 なんだか不穏なやり取りにラティナはそわそわしながらカロンの様子を伺う。僅か1分にも満たない通話でカロンはわかりやすく不機嫌になり、大きな音を立てながら受話器を戻す。


「大丈夫?」


「悪い、ヘルパーさんからの電話……うちのじいちゃんがどっか行っちまったから急いで探しに行かねぇと」


 カロンは顔と腕に付いたオイルを適当に拭いて、木の椅子に掛けてあったジャケットを慌ただしく羽織る。


「手伝うよ! 私、魔法使いだから人探しの経験結構豊富なんだ」


「そんな、お客さんに……いや、お願いしようかな。ギルドか防衛隊に依頼するのも時間かかるし……じゃ、家すぐ裏の通りだから一緒に来てくれるか?」


「うん!」


 カロンは机から円盤状のガジェットを手に取り、店外へ向かいながらガジェットをラティナの機工馬近くに投げると、円盤ガジェットは勝手に起動して機工馬を包み込むように保護シールドを作り出す。


「防犯用の簡易障壁魔法だ!」


「さすが魔法使い、詳しいね」


「へへ、障壁魔法は風の断空魔法だからね! 私もいくつか知ってるよ」


「すっげ」


 閉めたシャッターに鍵をかけ終えると二人はすぐに走り出した。旅にアクシデントは付き物、少々不謹慎だがラティナはこういう急なお手伝いが大好物である。


「カロンさんの──」


「カロンでいいぜ、お客さんは?」


「私? ラティナ、旅人のラティナ! ねぇ、おじいちゃんはよく失踪するの?」


「いや、肺と心臓が弱くてあまり歩けないんだ……そのくせに人工臓器の移植は拒んでる、しかも最近認知症も進んできてせいでこっちも困ってんだ────ほら、向こうの交差点を越えたらウチだ」


 カロンは走りながら後ろに続くラティナに自宅を指し示してあげた。カロンは祖父と同居しているようで、カロン宅は周囲の近代的な家屋と違ってどこか懐かしさを感じさせる作りだ。

 先ほどカロンに連絡した男性のヘルパーが家の前でカロンの到着を待っている。


「ったく……介護する身にもなってくれよ、どんだけ疲れさせる気だよ……じいちゃん」


 ヘルパーさんに軽く挨拶を済ませると、カロンはすぐに帰らせてラティナと一緒に自宅に入った。

 二人がリビングに入ってすぐ、ラティナは何かの小瓶を軽く踏んでしまう。それを手に取ってほこりを軽く拭いてからカロンに質問する。


「このビンの薬はおじいちゃんのもの?」


「あ、それ! じいちゃんが呼吸を整える薬だ! っち、毎日飲まなきゃいけないのにこんなとこに忘れんなっての」


「よし、じゃこれでいこう」


「?」


「追跡魔法はね、失踪者の持ち物が必要なんだよね」


 そう言うとラティナは革バックから親指サイズの小瓶を取り出した。中に入っている紫の液体をカロン祖父の薬ビンにかけると、液体は見えないなにかに引っ張られるようにうごめき出す。


「何それ……動き気持ちわる……」


「フフ、前の街で買った鮮血魔法を応用した魔法薬だよ。ニオイを覚えさせると持ち主の生きてる血液に向かおうとするんだ……この魔法薬を風で包んで、重力もなくしてやると……」


 ラティナは言葉通りの手順でうごめく魔法薬の水滴を風のベールで包んで浮き上がらせると、簡易追跡弾と化した魔法薬はカロン祖父の居る場所へ向かい始める。

 そこそこ速いスピードで飛ぶので、ラティナは嬉しそうにカロンの腕を引っ張って家から出た。


「お、おい! あの魔法薬? 飛ぶの速すぎないか? 追いかけるための乗り物はないぞ!」


「じゃあ、傘借りるよ!」


「え?」


 走りながら玄関前の傘立てから一本の傘を手に取り、雨も降ってないのにそれを広げると、カロンとラティナの足元から強風が発生して二人を空中に持ち上げる。


「うわぁあああ!! 高い! 死ぬって!!」


「アハハハッ♪ たのしーーー!! ちゃんと掴んでねーっ!」


 魔法薬を追いかけ、屋根の上を軽やかに飛び越える二人の悲鳴と笑いは大いに住民の注目を集めることになった。


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