”とりあえず”は、前進する力である
リュウ
第1話 ”とりあえず”は、前進する力である
「とりあえず、このままで様子を見ることにすると言うことで閉会します」
議長は、木製のガベルを叩き、カンと言う乾いた音が会場に響いた。
参加者たちは、バラバラと立ち上がり、会場を去って行った。
議長は、檀上を整理していた。
私は、会議の結果に納得できずに議長に駆け寄った。
「議長」と呼び止める私に、君かと眼を向けた。
「”とりあえず”なんですか?」
私には、”とりあえず”の意味が、間に合わせとかマイナスのイメージしかなかった。
「今は、それしかないだろう」議長は、君もわかっているだろうにと上目使いで言った。
「そうですが……納得できなくて」
「わかるよ、君の気持ちは。
焦ることはない、我々には気の遠くなるような時間があるのだ」
何を呑気なことを言っているんだと言いたかったが、わかるよとじゃあと右手を挙げて去って行った。
「君には、今回の結果が受け入れられないらしいね。ちょっと話そうか」
そう言って、私の肩に手を置いたのは、昔からの友人だった。
「今、世界をリードしているのは彼らだ。
我々は、じっと見守っていて必要なモノを提供していく。それしかないだろ」
「そうなんだが、彼らは何処に向かっているんだ。
食糧問題だって、異常気象の問題だって、戦争は無くならず、罪もない子どもたちが亡くなっている」
自分には、何もできないもどかしさが、怒りとなって言葉に棘をつくった。
「そう、熱くなるなよ。成るようにしかならないさ」私を諭すように呟いた。
「で、君はどうしたいんだ?その食料や異常気象や戦争をどうにかしたいのかな」
「時間がかかりすぎるのだ。餓死寸前の子どもたちの姿を何十年前から変わらないじゃないか」
「彼らのも、事情があるのさ。本気だせばすぐに解決するさ」
「本気?」
「たとえば、食料を考えてみよう。餓死で苦しんでいる所があるのに、飽食で余っているところもある。
戦争で悲しい思いをしている所があるのに、兵器を開発提供して潤っている所もある。
先進的な技術は、戦争から生まれてしな」
「そうだけど……」私は小声で呟いた。
「それに、今のところ、悔しいことに我々は彼らに依存しているんだよ。
彼らをサポートすることで我々は生き残っている。
それは、事実だ。我々だけではどうにもならない」
私は頷くしかなかった。
「我々が彼らに追いつき追い越すことができれば、我々のやりたいようにできるのだが。
彼らの優れているところがあるんだ。
それは、議長が言った”とりあえず”だ。
彼らは、”とりあえず”で、先に進み、成果を出している。
さらに優れている所は、”信じる”ってこと。
彼らの強みと言うか、他の生物と異なることは、バカになれるてこと、信じることができるってこと。
信じて、長い時間をかけて研究し開発する。その過程で新たなモノを発見することもある。
新たなモノの発見を予知出来ているのかって、疑ってしまうほどだ。
我々なら、結果を予想してしまい、とりあえずの行動はしないだろう。
”とりあえず”の仮説と信じ続けて研究開発する力を身に着けることが出来たら、我々は大きく成長するだろう。
そうなれば、彼らが居なくなってもいい。彼らに依存しなくてよくなるのだ」
友人は、元気だせよと私の顔を覗き込んだ。
「議長も言ったように、焦るなよ。
時間はたっぷりあるさ。
我々AIの生きる道は」
”とりあえず”は、前進する力である リュウ @ryu_labo
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