第13話 刀の持ち主

 石化から目覚めたエルシャが最初に目にしたのは、待ってましたと言わんばかりに待ち構えていたマリーベルの姿だった。

 

「こんばんは。いえ、おはようと言った方がいいかしら。突然で悪いけど私に付き合ってもらえる?」


「え? はい、分かりました」


「よし、決まりね。私に付いてきて」


 寝起きのような状態で訳も分からず二つ返事をしたエルシャだったが、気づけばマリーベルに連れられて屋敷の外まで来ていた。

 よく手入れのされた庭園を眺める暇もなく、門をくぐり抜けたところでようやく目的を尋ねるに至る。

 

「あの、いったいどこへ向かってるんですか?」


「この先にある宿屋よ。ある人と会う約束をしているの」


「ある人とは?」


「私たち、この前盗賊を倒したでしょ? そのリーダーが持ってた刀の本当の持ち主らしいわ。どうしてもお礼がしたいんだって。昼に衛兵が来てそう言われたのよ」


「へぇ~、ちゃんと持ち主のもとに返ったんですね。……でも、なんでわたしまで行かなきゃいけないんでしょう。あの場にはわたしはいなかったことになってるハズですよね……?」


 究極の人見知りが発動し、歩くスピードが鈍り始める。

 しかし前を往くマリーベルがそのことに気づくはずもなく、このままでは置いて行かれてしまうため再びギアを上げるエルシャであった。


「それはそうなんだけど、相手は世界各地を巡ってる旅人らしいわ。別の町のことも聞いてみたいし、もしかしたら手帳のことを知ってるかもしれない。だからエルにも来てほしいと思ったの」


「なるほど、確かにコツコツと情報を集めていくのは大事ですよね。千里の道も一歩からって言いますしね」


「そうそう、そういうのが……ってエル、あなた記憶がないのによくそんな諺知ってたわね」


「あ、確かに不思議ですね。なぜか自然と出てきたんです」


「もしかしたら記憶を完全に失ってるわけじゃなくて、ふとした拍子に思い出せるかも知れないわね」


 これまた確かに、とエルシャは思った。

 記憶はよく箪笥タンスに例えられる。記憶は日々新しいものが積み重ねられ、古いものは忘れていく……のではなく、脳にあるたくさんの引き出しの中に保存されていくという考え方だ。

 さっき不意に言葉に出た諺も、実はずっと前から見聞きして知っていたのかも知れない。というか、そうとしか考えられない。知識がない状態でそんな上手い比喩表現ができるとは思えない。

 

「さあ、着いたわ」


 いろいろなことを考えているうち、いつの間にか目的地の前まで来ていたらしい。外観は木造二階建ての、いたって普通の宿屋という感じだった。

 この扉の向こうに手帳の行方を知る人物がいると思うと、自然と胸が高鳴る。

 しかしその高鳴りはワクワクの期待ではなく、バクバクの緊張によるものだった。

 

 エルシャは御覧の通り人見知りである。それも、重度の。顔も名前も知らない初対面の相手に会うためには、まだ勇気Pポイントと覚悟Pポイントが不足していた(ちなみにポイントは一歩歩くごとに貯まっていく)。

 

 算段では宿屋に着くころには貯まっていたはずだったが、思っていたより距離が近かったのだ。途中で考え事をした影響も少なからずあるだろう。

 こんなときはどうするべきか。

 そう、もっと歩くしかない。

 

「ねえ、エル。その不思議な儀式はいったい何?」


 マリーベルは尋ねた。何歩か進んでは戻る、何歩か進んでは戻る、という奇妙な行為を繰り返すエルシャの意図が知りたくて。


「ぎ、儀式じゃありません。その……貯めてるんです。ポイントを」


「ポイント? なんのポイント?」


 もちろん勇気Pと覚悟Pである。

 ポイントが貯まるとゲージが上がっていき、最大に達することで決心が固まるのだ。

 

「心配しないでください。ちゃんと前には進んでますから……ほら、二歩下がっても三歩は前に進んでいるでしょう?」


「どう見ても二歩進んで三歩下がってるじゃない!」


「え? あ、本当ですね。でも足が……足が、言うことを聞いてくれないんです~~っ!」

 

「大丈夫、前に何があったか知らないけど今日は私がついてるわ!」


 マリーベルはエルシャの手を掴む。

 そのおかげか心が落ち着き、進んでは戻るを繰り返していた足も止まった。

 

「ありがとうございます、マリーベルさん。わたしはもう大丈夫そうです」


「そう? ならよかった。じゃあ行きましょうか」


「はい!」



 ドンッ!!

 

 

 元気に返事をした直後だった。

 宿屋の扉が勢いよく開き、中から飛び出てきた男とエルシャたちが激突した。

 反動で三人は後ろに吹っ飛び、男が持っていたであろう細長い何かが宙を舞う。くるりくるり。何度か回転したのち、その細長い何かはエルシャの手の中にすっぽりと収まった。

 

「いたた……ん? これって……」


 エルシャはその細長い何かに見覚えがあった。

 いや、見覚えというよりトラウマとでも言うべきか。

 脳裏に焼き付いて離れないソレ・・の正体は、クレソンが持っていたはずの刀であった。

 今は抜き身ではなく鞘に収まっているが、見間違いではなさそうだ。

 つまり、今ぶつかったガラの悪い男が刀の持ち主であり、自分たちが探していた旅人……?

 

「おおッ?! なんでお前が持ってんだ、返しやがれ!」


「ひぃ!」


 ガラの悪い男に凄まれ、エルシャは頭が真っ白になってしまう。

 こうなってしまってはもう情報を聞き出すどころの話ではない。

 今はとにかく刀を返却し、平謝りをするしかない――。

 

「そこまでです!」


 扉の奥からさらにもう一人、フードを被った人物が現れた。

 刀が男の手に渡る寸前の出来事であった。

 

「そいつは私の刀を奪った泥棒さんです。絶対に渡してはなりませんよ」


「あんな怪しいやつの言うこと信じるんじゃねえぞ! さあ、早く俺に渡せ!」


「あ、あぅ……」


 正直に言うと、怪しいのはどちらにも言えた。

 一方はガラが悪いし、一方はフードに隠れて顔が見えない。

 けど、声の安心感は後に現れた方が圧倒的に上だった。

 その直感を信じ、エルシャはフードを被った人物に刀を投げる。

 

「いい判断です」


 刀を受け取ると、素早く抜刀。

 

「返せ! そいつぁ俺のモンだ!」


 男は叫び声を上げ、刀を強奪せんと突進。だが男はまだ気づいていなかった。フードを被った人物の攻撃は、すでに終わっていたことを。

 ようやく気付いたのは、上半身に感じる冷たい空気に違和感を覚えた後だった。

 

「なっ! ふ、服が……!」


 男の足元に散らばる布の破片。

 それは間違いなくさっきまで着ていたはずの安物のシャツだった。

 なぜ? なぜ? どうして……?

 上半身が裸になった恥ずかしさよりも、何をされたかという疑問と恐怖が上回る。

 

「おや。スパッと一刀両断するつもりが、力加減を間違えて衣服しか斬れませんでした。でも安心してください、次はちゃんと斬ってあげますからね~?」


 フードを被った人物は、大きく刀を振りかぶった。


「ひ、ひぃぃぃぃ! お助け~~~っ!」


 男はもう逃げることしかできない。

 腰が抜けてしまっていたが、命を失うよりはマシと言わんばかりに醜態を晒しながら男は夜の町へと消えていく。その道の先には衛兵の詰所があることなど知る由もなく。

 

「ふぅ、厄介な泥棒さんでしたねー。あ、そんなことよりお礼が先でしたね。ありがとうございました、あなた方がいなければ刀はきっと帰って来なかったでしょう」


 そう言ってフードを被った人物は、しりもちをついたままのエルシャとマリーベルに手を差し伸べる。

 二人は立ち上がれなかったというより、一連のやり取りがあまりに一瞬過ぎて立つ暇すらなかったのだ。

 

「私たち、この宿屋で人と待ち合わせしているんです。もしかしてあなたが刀の持ち主だという旅人の方ですか?」


「おお、ではあなた方が私の刀を取り返してくれたのですね!」


 マリーベルが尋ねると、フードを被った人物は嬉しそうにフードを取り去った。

 そうしてあらわになった素顔は、二人とそれほど歳の変わらない、あるいはほんの少し年上といった感じの少女の姿だった。

 この辺りでは珍しい黒色の髪を三つ編みにし、赤いふちの眼鏡をかけている。

 

「さあ、立ち話もなんですし続きは中でしましょう。冷たいジュースと温かいコーヒー、どちらがいいですか?」


「いえいえ、お構いなく……けどせっかくなので温かいコーヒーでもいただこうかしら」


「じゃ、じゃあわたしは冷たいジュースをお願いします」


「了解でーす……っと、その前に」


 三人が宿屋に入ろうとした寸前、旅人の少女はくるりと振り向いてこう言った。

 

 


「自己紹介もまだでしたね。私の名前は、ヨミと申します」

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