第11話 三百年前の真実

「いったい何が起きているんだ? 私は夢でも見ているのか……?」


 エドガーは見るからに狼狽していた。

 当然だ。目の前で生身の人間が石化するのを見て正気を保てる者などきっといない。


「その気持ちは分かります。私もそうでしたから。ですが今お父様が見たのは夢でも幻でもなく、れっきとした現実なんです」


 対照的にマリーベルは冷静に言い放った。

 一度見た光景というのもあるが、この状況を説明できるのは自分一人しかいないからには冷静にならざるを得なかった。

 

「お前は何か知っているのか? 知っているなら私に教えてくれ」


「広場にある石像。あれはただの石像じゃなかったんです。あれは、あれは……エルシャ様が石化した姿だったのです」


「なんということだ。信じられん。……しかし、この目で見た以上は認めざるを得ないな」


 エドガーはそう言うと、石化したエルシャをもう一度よく観察した。

 確かに、今にも動きだしそうなほど精巧なリアリティを感じる。

 たった今この瞬間までは、よっぽど腕のいい職人がいたのだと思っていた。

 まさかこんな真実が隠されていたとは、微塵も思っていなかったのだ。

 

「……ということは、父上の言っていたことは真実だったのか」


「お父様の父上ってことは、おじい様のことですか? いったい何を言ってたのですか?」


「すまないが後にしてくれ。どうも頭の整理が追い付かなくてな。それに、話すのであれば彼女を交えてからの方がいいだろう」


 エドガーの視線はずっと石化したエルシャをとらえている。

 

「ところで、彼女は人間に戻るのだろうな? まさか、ずっとこのままという訳にはならないだろうな……?」


「それについては問題ないはずです。夜が来たら戻れるとエルシャ様も言ってましたし、私もこの目で見ました」


「そうか。ならば待つしかあるまい。我々にはそれしかできぬのだからな……」


 そうしてマリーベルとエドガーはひたすら待ち続けた。

 日が高く昇り、沈み、また今日も夕焼けの空に夜の帳が降りようとしていた。

 

 

 ◇

 

 

 濃紺の空に星々が煌めく中、エルシャは石化から目を覚ました。

 そして最初に視界に飛び込んできたのは、喜びと驚きに満ちたエドガーの真正面顔ドアップだった。


「おお! おおおおっ! 戻られましたかエルシャ様!」


「うわっ」


「お父様! 女性の顔をジロジロ見るのは失礼極まりないです!」


「はっ……! 私としたことが大変失礼いたしました。娘より話を聞いたのですが、何やら記憶を失くされてしまったのだとか」


「あっ、はい、実はそうなんです。だからご先祖様だとか子孫だとか、光の魔女?だとか言われても全然ピンと来なくて……知ってることがあるなら教えてほしいんです」


「ええ、もちろんです。あなたには話しておくべきでしょう。そしてマリーベル、お前も聞いておきなさい。本来ならばもう数年経ってから話そうと思っていたが、事態が事態だ」


「分かりました、お父様」


 マリーベルはうなずくと、エルシャとともに席へと着く。対面するエドガーはしばしの沈黙を経て、おもむろに語り始めた。

 

「では話しましょう。私たち一族が隠してきた真実を。そして、私たち一族が犯した罪を――」

 

 

 ◇

 

 

 話は300年ほど前に遡る。

 かつてこの地を支配していた邪竜は、ある日を境に忽然と姿を消した。

 その異変にいち早く気づいたのは、エドガーやマリーベルの一族の先祖にあたる男だった。

 さっそく真相を確かめてみるべくこの地へ向かうと、土地が荒れに荒れてはいたものの確かに邪竜の姿は消えていた。

 しかし、不思議なことに邪竜の死骸はおろか痕跡すら残っておらず、代わりに一つの石像・・・・・が転がっていたのだ。

 その石像は少女の姿をしており、魔法使いのようなツバの広い帽子をかぶっていた。

 

 なぜ邪竜は姿を消したのか。

 勇んで調査に来たにも関わらず真相は分からず仕舞いだったが、代わりに男は少女の石像を見てある筋書・・・・を思い浮かべていた。

 

 それは、この石像の少女が邪竜を打ち倒したという筋書きだった。

 

 邪竜の支配から解放するためにこの地に現れた少女は、長い激闘の末に両者相討ち。

 これなら邪竜がいなくなったことと、肝心の少女がいないことの両方に説明がつく。

 そしてこの石像は、邪竜を打ち倒してくれた少女の功績を称えて自分が・・・作ったということにしよう。

 

 闇を払い、光を取り戻したということで光の魔女。肩書キャッチコピーも完璧だ。いついかなる時代においても、人というものは王道の英雄譚を好むし、王道の英雄譚を望んでいる。

 ついでに自分は光の魔女の子孫ということにしよう!

 

 ……いや、さすがに信じはしないだろう。いくら何でも都合がよすぎる。特に、自分に。

 

 

 

 

 ――という男の思いとは裏腹に、人々は都合のいい英雄譚に熱狂した。

 少女と邪竜の古戦場には英雄譚に影響を受けた人々が集まるようになり、数年もしないうちに町が出来上がっていた。

 そして英雄譚を広めた男はあれよあれよという間に領主に選ばれ、やがて家庭を持つまでに至っていた。

 

 いつの間にか男は、引き返せない所まで来ていたのだ。

 

 そんな罪悪感と後悔の念ゆえか、男は晩年の頃になると遺書を書き記していた。

 彼が真実を書き記した理由は今となっては不明だが、もしかしたら秘密を公にして楽になりたかったのかもしれない。

 しかし、二代目となる領主が選んだ選択肢は遺書の内容を一族の間のみに留めておくことだった。


 こうして真実を知る者は、一族の間でも限られた者のみとなった。

 男が書き記した遺書は、今でも厳重に金庫の奥に保管されており、当代領主となった者のみが読むことを許されている。

 

 

 

 

「――これが私たち一族が隠してきた真実であり、私たち一族が犯した罪なのです」


「あ、あの……わたしはなぜ石像になってたんでしょう……」


「申し訳ありませんが私には分かりかねます。しかし邪竜には人知を超える力を有していると言われているので、おそらく邪竜の呪いか何かによるもの……というのが私の見解です」


 語り終えた後もエドガーは、エルシャに深々と頭を下げ続けた。

 悠久とも思えるほどの沈黙が、三人の中を取り囲む。

 最初にその沈黙を破ったのは、マリーベルだった。

 

「じゃあ、やっぱり……私はエルシャ様の子孫でもなんでもない、ただの赤の他人だったのね?! う、うぅ……!」


 憔悴。動揺。困惑。

 顔は青ざめ、呼吸は荒れている。

 エドガーの話は、自分のすべてを否定されたようなものだった。

 もう居ても立っても居られず、マリーベルは部屋を、屋敷を飛び出してしまう。

 

「待て、どこへ行くんだマリーベル!」


「わたし、追いかけてきます!」


「あなたに迷惑はかけられません!」


「大丈夫です、わたしに任せてください」


 エルシャは真剣な眼差しで訴える。

 その強い意志を感じたからには、エドガーも断るわけにはいかない。

 

「……分かりました。あなたにお任せします。我が娘を、どうかお願いいたします」


「はい!」


 返事をし、急いで屋敷を飛び出る。

 マリーベルの背中はもう見えないほど遠く離れてしまったが、行先は見当がついていた。

 はやる足が向かう先は、エルシャが最初に目覚めた場所である広場だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「やっぱりここにいたんですね」


 その予想は当たっていた。

 元々は石像があった台座の前で、マリーベルは静かに佇んでいた。

 

「あなた、ここまで追いかけてきたの?」


 背を向けながらマリーベルは言う。


「どうしても放っておけなかったんです」


「そう。私のことなんて放っておいていいのに」


「ど、どうしてそんなこと言うんですか……?」


「私や私の先祖たちは、あなたの子孫であると偽り続けた。領主という立場も、立派なお屋敷に住めるのも、全部偽り続けてきたからでしょ! だから私はあなたに顔向けできないし、する資格もない!」


「でも、ここがこんなに立派な町になったのは間違いなくマリーベルさんのご先祖様がいたからこそだと思います。そりゃあ確かにわたしの子孫がどうこう言ったのはちょっとアレですけど、おかげで300年も大事にしてくれたんだから文句は言えませんよ」


「ほ、本当に? 私たちのこと、憎んでないの……?」


「本当です。それに憎む理由なんてありませんよ」


「……あなた、強いのね」


 そう言ってマリーベルは振り返り、エルシャとようやく対面する。


「ごめんなさい、私ばっかりウジウジしちゃって。本当はあなたのほうが何倍も辛いはずなのに」


「それがそうでもないんですよ。記憶がないおかげでしょうか」


「あはは、おかげって何よ」


 マリーベルは目の下を一度強くこすると、吹っ切れたかのように笑って見せた。


「私ね、嫌なことがあったり悲しいことがあったらいつもここに来てたの。なんだかエルシャ様が励ましてくれるような気がしてさ。けど、それは気のせいじゃなかった。エルシャ様は、本当にいたんだもの!」


「マリーベルさん……!」


 エルシャは確信した。

 マリーベルは、もう大丈夫だと。

 曇りが晴れたその瞳に、迷いは見えない。

 

「決めた。私、あなたの記憶を取り戻す手伝いをするわ。たとえあなたが拒んだって私はやるから!」


「拒むわけありませんよ! マリーベルさんが協力してくれるならとっても心強いです!」


「そう言ってくれると私も嬉しいわ。じゃあ改めて……今後ともよろしくね、エル!」


 こうして二人は晴れやかな気持ちで屋敷へと帰っていくのだった。

 まあ、それはそうと――。

 

「エルって何ですか?」


「いつまでも『あなた』って呼ぶわけにはいかないでしょ? かといって『エルシャ様』って呼ぶと普通の人には誤解されちゃいそうだし、呼び捨てにするのは抵抗が……」


「ああ、だから『エル』なんですね。いいですね、なんだか友達って感じで!」


「そう? 気に入ってくれたなら嬉しいわ」


 もちろんエルシャも嬉しかった。

 なんだか、生まれて初めての友達という感じがしたからだ。

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