第10話 帰還
「うわ~、すっごく大きなお家ですね。あそこがマリーベルさんのお家なんですか?」
エルシャは門の向こうにそびえる高い屋根を見上げ、感嘆のため息をついた。
「ええ、そうよ。私の一族は代々ここの領主をやっているの」
「へぇ~、領主……それってすごいんですか?」
「当然に決まってるじゃない。なんたってここら一帯を治めてるのは私のお父様なんだから。元々はただの荒地だったこの土地をここまで発展させたのだって、私の……ご先祖様が……」
マリーベルは言葉を詰まらせた。
それはこの前感じた疑問のせいだった。
なぜエルシャは石化していたのか。
なぜそのことを誰も知らなかったのか。
知っていたのだとしたら、なぜ黙ってたのか。
そもそも、本当にエルシャは自分の先祖なのか――。
「マリーベルさん、どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもないわ」
考え事をして立ち尽くしていたマリーベルは、エルシャの声でハッとした。
とりあえず分かったのは、自分一人でいくら考えても答えは出そうにないということ。
やはり鍵を握っているのは、父親だということ。
真実を知るためには、ここで立ち尽くしていても仕方がない。
一刻も早く家に帰り、父親に話を聞く必要がある。
いや、こっぴどく叱られる方が先かもしれないけど……。
「さあ、早く行きましょ。私が案内するわ、ついてきて!」
気持ちを改め、マリーベルは近くの柵をよじ登り始めた。
「え~っ?! そこ登ってかなきゃダメなんですか?!」
「しょうがないじゃない。こんな夜遅くに門が開いてるわけないもん」
「はぁ、これじゃまるで泥棒ですね……」
手こずりながら柵を乗り越えたエルシャに対し、マリーベルの手取り足取りはやけに鮮やかだった。きっと常習犯なんだろう。そんな邪推を挟みつつ、二人はよく手入れのされた庭を通って屋敷の前まで到着した。玄関の扉には、当然鍵がかけられていた。
「おーい、セバスー! 私よ、開けて頂戴!」
だがマリーベルは特に慌てることなく、玄関の扉をガンガン叩いて叫び始めた。やはり常習犯か。すると間もなく扉が開き、燕尾服姿の初老の男が相当慌てながら出てきた。
彼の姿にはエルシャも見覚えがあった。見た場所は確かレストラン。広場にあったエルシャの石像がなくなったことをマリーベルに伝えに来た人だ。
どうやら使用人をやっているらしいが、なるほど確かにセバスという名前はすごくしっくり来る。
「おおお、お、おかえりなさいませマリーベル様! お父様が大変心配なさっておりましたよ!」
そう言った直後、セバスはマリーベルのほかにもう一人いることに気が付いた。
「おや? そちらのお方はどなた様でしょうか」
「私の大切な友人よ。今回の件は彼女にも深い関わりがあるの。彼女のことも一緒に通してくれないかしら?」
「分かりました。マリーベル様がそうおっしゃるのであれば案内いたします」
二人はセバスに連れられ、とある部屋へと案内された。
そこはいうなれば書斎のような部屋で、周りを埋め尽くすほどの本棚のほかには来賓用の低く平べったい机とソファが配置されてある。
そしてソファの一端には、マリーベルの父親と思しき男が険しい表情で座っていた。
「お父様……私は」
押しつぶされそうなほど重い雰囲気の中、最初に口を開いたのはマリーベルだった。しかし、その試みはすぐに彼女の父親――エドガーにさえぎられた。
「衛兵から話は聞いている。悪党に捕らえられていたそうだな。下手に首を突っ込むからこうなったんだ。異論はあるか?」
「だ、だけど! エルシャ様の石像がなくなってるのにじっとしているなんてできません!」
「その行動の結果がこれか。話にならん」
「うっ……」
強気なマリーベルでもさすがに言い返すことができなかった。
自分一人だけが被害を受けたのならまだしも、今回はたくさんの人に迷惑をかけてしまった。
「ところで、そっちのキミは誰かね」
エドガーはマリーベルの隣に立つエルシャに目を向けた。その鋭い視線にエルシャは委縮してしまい、うまく返答ができない。
「わわ、わた、わたしは、その……」
「彼女は私の命の恩人です。盗賊に捕まった私を助けてくれたのも、盗賊を懲らしめてくれたのも全部彼女のお陰です」
「ほう。その話が本当ならばキミには感謝してもしきれまい。しかし、失礼を承知で言わせてもらうが、とてもキミにそれだけのことを成す力があるとは思えんのだ」
「お父様、こちらの方の姿に見覚えはないのですか? 消えた石像の行方、お父様には見当がつきませんか?」
「何を言っているんだ。まさか彼女の正体がエルシャ様だとでも言う気か?」
「……その通りです。証拠もあります」
そう言ってマリーベルは窓の外に目をやった。
まだ薄暗いものの、夜明けの時は刻々と近づいている。
いくら言葉を重ねても信じてくれないのは分かっていたことだ。
この状況を解決するためには、決定的な証拠を見せてやるしかない。
「どうしたマリーベル。証拠を見せてくれるんじゃなかったのか?」
「あと少し……あと少しだけ時間をください。そうしたら見せることができますから!」
「付き合いきれんな。嘘をつくならもう少しマシな嘘をついたらどうだ」
エドガーは呆れていた。
普段なら今は眠っている時間帯だ。
寝室に戻るため、エドガーは立ち上がった。
「待ってくださいお父様! 本当にあと少しで見せられるんです!」
「しつこいぞ。私の時間を無駄にしないでくれ」
「……もう! お父様の馬鹿!せっかちさん!なんで少しも待てないのよ!そんなんだからシワが増えちゃうのよ!」
「なっ!? 父さんに向かってなんという口の利き方を……!」
思いもせぬ怒涛の怒号に、エドガーは少し怯んだ。シワが増えてきたのは内心気にしていることだった。それに、客人の前で親子の見苦しい罵り合いは見せられない。
「ああいや、もうよそう。客人の前だ。すまなかったね、こんな……ところを……」
エドガーは言葉を失ってしまった。
それは、例の客人の体が徐々に石化しているためだった。
窓から柔らかな日差しが差すなか、エドガーは唯々立ち尽くしていた。立ち尽くすことしかできなかった。
呆然。
愕然。
我に返ったのは、客人が完全に石化してしばらく経った後だった。
「な、な、な、なんじゃこりゃああああああっ!?」
エドガーの叫びが、屋敷中に響き渡った。
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