第9話 事件の幕引き

 一連の事件は、マリーベルが盗賊二人の身柄を衛兵に引き渡したことで幕を閉じた。

 

 対応にあたった衛兵たちは実に驚いていた。

 なにせ盗賊二人の身柄を引き渡した人物が「捜索願」を「出されていた本人」だったのだから。


「まさか嬢ちゃんが盗賊を倒したのか」


 と聞いても

 

「違う」


 とただ一言のみ。

 それ以上のことは何も語ろうとしなかったし、衛兵もそれ以上の追及は避けた。

 大変な事件に巻き込まれた直後ゆえ、肉体的にも精神的にも疲弊していておかしくない。

 今は事件の詳細を調査するより、捜索願を出した父親のもとへ無事送り届けることが優先された。

 

「ほら、帰るぞ」

 

 が、マリーベルはそれすらも首を振って拒否した。

 なんでもこのアジトでまだやるべきことがあるからだという。

 本来なら聞き入れるべきではなかったが、何か特別な事情があるのではないかと若い方の衛兵は疑った。

 

「まあまあ先輩。きっとこの子にも事情があるんすよ。少しくらいならいいんじゃないすか?」


「しかしな後輩。我々の最優先事項は嬢ちゃんを無事に帰すことだぞ。このことが上に知られてみろ、大変なことになっちまうぞ」


「何言ってんすか先輩。それでこの子の気が済むなら始末書の一枚や二枚くらい安いもんでしょ」


「一枚や二枚ってお前、俺も書かなきゃいけねえじゃねえか」


「いいじゃないっすか。この子がいなかったら悪党どもは捕まってなかったんすから」


「……ったく、しょうがねえなぁ。日没までだぞ。それ以上はさすがに許可できん。また戻ってきたときに残ってるようなら無理やりにでも帰すからな」


「さっすが先輩、心がお広い! キミもそれでいいよね?」

 

「……はい」


 マリーベルの返事に元気はない。

 様子は心配だが、衛兵たちもいつまでもアジトに残るわけにもいかない。

 いったん引き上げることを告げ、二人の衛兵は去っていった。

 こうしてアジト内に残ったのは、マリーベルだけとなった。

 少し歩けば、無駄に広い空間に一人分の足音だけが響き渡る。

 

 向かう先は倉庫部屋の奥。そこには石像となったエルシャが、衛兵たちに見つからないよう布を被せて置かれている。マリーベルが盗賊どもを衛兵に引き渡す前に移動させておいたのだ。

 石になっている分重くて大変だったが、無事見つかることなくやり過ごせた。

 

「まさかあなたが本当にエルシャ様だったなんて思いもしませんでした」


 マリーベルは布をそっと外し、エルシャに語りかける。


「先日は疑ってしまい申し訳ありませんでした。ですが今は違います。もう二度と疑いません、私はあなたを信じます。だから……だから、絶対に戻ってきなさいよ!!」


 叫びが空しく響いた。

 エルシャは依然石像のままだ。

 しかし、マリーベルはエルシャの「夜になったら戻れる」という言葉を信じていた。

 信じたからこそ、帰らずにアジトの中に残っているのだ。

 

 日没まではあと数時間。

 マリーベルはその場に腰を下ろし、夜が来るのを待つことにした。


(今更なんだけど、エルシャ様って私のご先祖様なのよね? なのにどうして誰も石化していたことを知らなかったのかしら。たとえエルシャ様が300年前の人だったって、子孫がいるなら子孫から子孫へと伝わっていて然るべきはず。なのに伝わってなかったということは、もしかして……)


 いろいろと思考を巡らすマリーベルだったが、久しぶりに体も心も休まったせいか急激に眠気が襲ってきた。思えば睡眠も久しく取っていない。人間の三大欲求の一つである睡眠欲には抗えるはずもなく、マリーベルはいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

 

 

「大丈夫ですか、マリーベルさん」


「ちょっと、限界かも…………って、このやり取り前もしなかった?!」

 

 聞き覚えのある声がしてマリーベルは目を覚ました。

 顔を上げると、そこにはエルシャが心配そうに見つめる姿があった。

 すべてに既視感を覚える流れだ。

 エルシャの言っていたことは本当だった。

 だが、今は再会を喜んでいる場合ではない。

 マリーベルは胸の奥からこみあげてくる何かをぐっとこらえ、立ち上がる。

 

「あの、これには事情がありまして……」


「ええ、聞きたいことは山ほどあるわ。けど今はそんなことをしてる場合じゃないの。とにかく私についてきて!」


「は、はいっ」


 説明している暇もなかった。マリーベルはエルシャを引き連れ、アジトの出口を目指す。早く出なければ衛兵たちが確認に来てしまうからだ。今、エルシャの姿を見られるのは非常にまずい。

 

「ここね、出口は!」


 出口は階段を上った先にあった。

 扉を開けて外に出た瞬間、ひんやりとした気持ちのいい風が吹き込んできた。これが俗にいうシャバの空気の旨さだろうか。さっきまで埃っぽくて妙に蒸し暑い閉塞空間にいたせいか、余計に気持ちよく感じる。辺りはすっかり暗くなっており、夜空には星々が輝いていた。

 

「もうこんな時間。お父様もきっと心配……いえ、カンカンに怒ってるわね」


「ごめんなさい、わたしのせいで……」


「あなたは何も悪くないわよ。けど、こうなった以上はあなたにも付き合ってもらわなくちゃね。私の家まで付いてきてくれる?」


「はい、ご一緒させていただきます!」


 エルシャの元気のいい返事を合図に、二人は夜の町を駆ける。

 向かった先にあったのは、実に立派なお屋敷だった。

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