第8話 vs盗賊団リーダー

「へぇ、言ってくれるじゃない。その生意気な口、二度と開かないようにしてやろうか……?!」


「――うあっ!」


 マリーベルは首根っこを鷲掴みされ、勢いそのままに壁へ叩きつけられた。

 

「あんた、弱いくせに度胸はあるわねぇ。斬られる覚悟はできてるってことかしら?」


「どうぞお好きに。あんたが挑発に乗ってくれたおかげで、隙ができたわ。さあ、早く! 今のうちに逃げなさい!」


 首を掴まれながら、マリーベルはにやりと笑った。

 階段の前からクレソンが離れた今なら、エルシャを逃がすことができる。

 狙いは最初からこれだった。

 弱いだの何だの言ってくれようと、一人逃がしてしまえばこっちのもの。

 恨むならこんな安い挑発に乗った自分の弱さを恨むことね!

 マリーベルは一瞥くれてやり、エルシャが逃げたかどうかを確認した。

 

 だが、エルシャはその場から動こうともしていなかった。

 

「――!? な、なんで逃げてないのよ!?」


「わたしだけ逃げるなんてできません!」


「ははっ、仲間思いのいいお友達を持ったねぇ!」


 クレソンは高笑いを浮かべた。

 首を掴む力は、さらに強まっていく。

 もはやマリーベルは悲鳴さえも上げられない。

 

「あぁ、うぅ……っ」


「その手を放してください! 放さないと……」


「放さないとどうするつ……――!?」


 その時、クレソンは見た。

 エルシャの周囲に、無数の黒い炎が浮かんでいるのを。

 

「なんて禍々しい……あんた、かわいい顔しておぞましい魔法を使うもんだねぇ」


「もう一度言います。その手を、放してください」


「はははっ、そいつをアタシに食らわせる気かい? 大切なお友達も巻き添えになっちまうよ!」


 確かにクレソンがマリーベルに密着している以上、魔法を放てば二人に当たってしまう。

 しかし、エルシャには自信があった。経験もあった。先日のスライムとの戦いで、超至近距離で魔法を放ったのに自分にはダメージが及ばなかったあの経験だ。

 おそらく自分の魔法は、ダメージを与える対象を自在にコントロールできる。

 確証はないが――。

 

「マリーベルさん。わたしを信じてください」


「……分かったわ、思いっきり来て!」


 エルシャはどことなく吹っ切れたような表情をしていた。だからこそマリーベルは信じてみることにした。

 

「はんっ、ついに血迷ったかい! まさか本気でやろうってんじゃないわよねぇ?!」


「…………」


「うそ、本当に本気……? や、やめろーーーっ!」


「やめません! えーーーいっ!」


 エルシャは二人がいる方向へ手を向けた。

 すると周囲を漂う無数の黒い炎が、意志を持ったかのごとく二人の方へ向かっていく。

 それらはやがて一つの塊となり、巨大な火柱となって二人を覆う。

 

「ぎゃあああああああーーーっ!」


 悲鳴を上げたのはクレソンだけだった。

 不思議なことにマリーベルは微塵も熱さを感じていない。

 つまり、エルシャの予測は合っていたのだ。

 この黒い炎は、ただ禍々しいだけではない。

 大切な人を傷つけない、優しい炎だ。

 ずっと気になっていた『光の魔女』という謎の肩書にはまったく合っていないけれども。

 

「がぁ……! よくも、よくもやってくれたねぇ!」


 しかし、とどめを刺すには至らなかった。

 巨大な火柱を耐え抜いたクレソンは、うつろな目でエルシャをにらむ。

 怒りの矛先は完全にエルシャに切り替わっていた。

 

「な、なんでまだ動けるんですか?!」


「覚えとくことね、悪人はしぶといのよォ!」


 クレソンは刀を振りかぶった。

 当然避けようとするエルシャだったが、つい先ほど大技を放ったせいか体が動いてくれない。

 

 やられる……!

 

 鬼気迫るクレソンの迫力に、思わずエルシャは目をつむってしまう。

 

「そこまでよ」


 聞こえてきたのはマリーベルの声だった。

 深くつむった目をゆっくり開けると、目の前にクレソンが倒れこんできた。

 どうやらマリーベルが放った魔法の火炎球が背中に当たり、それがとどめの一撃となって気絶したみたいだ。

 

「ふぅ。ここまでくると、しぶといっていうより往生際が悪いわね」


「あ、あ……ありがとうございますぅ! 助かりました~!」


 エルシャは危機的状況から解放された安心感からか、無意識的にマリーベルに抱きついた。

 

「うわ、苦しい! っていうか、あなたがほとんどやったんじゃない。助けられたのはむしろ私の方よ。面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいけど……本当に、ありがとう」


 マリーベルは礼を言うことに慣れていないのか、照れている様子だった。

 

「さ、悪党は倒したことだし、さっさとこんなとこから出るわよ」


「はい、そうですね。……あっ」


「どうしたのよ。……えっ!?」


 二人が異変に気付いたのはほぼ同時だった。

 時間が来たのだ。窓がないせいで外の様子は分からなかったのだが、いつの間にか夜はもうじき明ける段階まで来ていた。

 エルシャの石化が、始まってしまった。

 

「何? 何が起きてるの? なんで体が石になってるのよ?!」


 マリーベルは信じられない光景を目の当たりにし、動揺が抑えられない。


「すみません、今まで黙ってて。けど大丈夫です。夜になれば元に戻れますから、きっと」


「きっとって何よ! あなたはいったい何者なの!?」


「わたしは…………エルシャです。信じられないかもしれませんが」


「待ってよ! まだ聞きたいことがいっぱいあ……――」


 マリーベルの声が遠ざかっていく。

 視界も徐々に狭まっていき、やがてすべての感覚が暗闇に包まれた。

 

「……――! ……――!?」


 誰かが何かを叫んでいる。

 エルシャの耳に届くことはない。

 

 そして、夜が明けた。

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