第5話 盗賊

 昼間でも薄暗い路地裏を、二人組の怪しい男女が歩いていた。男女と言っても付き合っているというわけでなく、親分子分といった感じではある。女のほうは背が高く自信あふれる様子で胸を張って歩き、逆に男のほうは背が低く腰も低くして歩いている。二人の関係性は明白だった。

 

「……姐さん、そろそろ教えてくれないですかい? 売ってカネに変えるならほかにもっといいのがあるでしょうよ。さすがに目立ちますよ、あの石像・・・・は」


「はぁ~~~~。これだからあんたはいつまでも薄汚いコソ泥止まりなんだよ。馬鹿で間抜けでおまけにチビ。アタシの子分でいたいならせめて審美眼は磨きな」


「す、すんませんっす!」


 そう謝りつつ子分の男は目をゴシゴシ擦る。おそらく審美眼を磨いているのだと思われる。


「まあいいや、あんたが例のブツを見つけてきてくれたんだからねぇ。教えてやるよ。あの石像の中には、それはそれはきれいな宝石が埋まっているのさ。あたしの目が言ってるのだから間違いはないね」


「宝石?! それってどんな宝石っすか?!」


「さあ。さすがに割って確かめてみなきゃ分からないねぇ」


「……あなたたち、いったいなんの話をしているの……?」


「――!」


 二人組が背後からの声に振り向くと、そこには目を見開いて驚くマリーベルの姿があった。彼女は石像の行方を追って路地裏を探索している最中だった。そこで偶然話し声を耳にし、たどってみると二人組に出くわしたのだ。

 

「石像とか宝石とかって聞こえたわ。まさか、あなたたち……!?」


「チッ、あんたのせいだよ。あんたが大声を出したからこうなったんだ」


「すんません! 責任取ってアッシが口封じしてやるっす!」


 男はそう言うと、懐からナイフを取り出した。マリーベルに向けられた刀身が白く光る。

 

「や、やっぱりあなた達、盗賊だったのね?!」


 疑惑が確信へと変わる。

 マリーベルは即座に臨戦態勢を取った。

 

「盗賊だなんて失礼しちゃうわね。アタシ達はそんなちゃちなもんじゃないわ」


「そうだぞー! 怪盗と呼びやがれー!」


「どっちも同じじゃない!」


 マリーベルがそう言った途端、盗賊二人組の目つきが鋭くなった。どうやら逆鱗に触れたらしい。泥棒にもこだわりのようなものがあるみたいだ。

 

「姐さん。アッシ、あんな小娘に好き放題言われたままなんて我慢ならねえ。そろそろやっちゃっていいっすよね?」


「ああ。だが傷は付けるんじゃないよ。あの子、たぶん領主サマの娘だからねぇ」


「ウッシャーッ!」


(……来る!)


 マリーベルの手のひらに魔力が集中し、炎の球を発生させる。

 あとはこれをぶつけてやるだけ――

 

「遅ぇぜ!」


「なっ?!」


 しかし、見た目に反して男は素早かった。

 いや、マリーベルが遅かったというほうが正しいかもしれない。

 まさしくお手本通りの手順による魔法の発動は、訓練だったら100点だっただろう。

 魔力を集めて事象を発生、そして対象めがけて発射。実戦では遅すぎる。特に、こういう1vs1の場面では。

 マリーベルの背後をいともたやすく取った男は、いやに慣れた手つきで地面に這いつくばらせ身動きを封じた。

 

「あーあー下手に首を突っ込むからこうなるのよ」


 女は地面に押さえつけられたマリーベルを見下し嘲笑った。

 

「私をどうする気!?」


「どうもしないわ。ただ、おとなしく待っててもらうだけ。あんたのお父上様からちょ~~~っとお金を頂戴するまでの間ね」


「人質にするつもり?!」


「理解が早くて助かるわぁ~。さすがはご領主の娘。そして偉大なる光の魔女様の子孫ってところね」


「ぐっ……!」


 怒り。悔しみ。自分の不甲斐なさ。

 様々な感情を滲ませながらマリーベルは歯を噛みしめる。

 

「それにしてもなんて体たらく……たぶんあの世で光の魔女様もため息をついてるんじゃないかしら。それとも……実は血がつながってなかったりしてね。あんた、弱っちいし」


 弱い。

 確かにそうだ。

 マリーベルは何か言い返すことも、にらみつけることさえ出来ない。相手の言っていることは事実なのだから。

 

「あるいは……光の魔女様っていうのも案外大したことなかったりしてねぇ」


「なっ!? 私には何言ってもいい、でもエルシャ様を侮辱するのは絶対許さ――あうっ!」


 頬に走る刺激。

 女が蹴ったのだ。

 痛みは遅れてやってきた。

 おそらく口の中が切れた。

 嫌な味がする。

 

「恨むなら自分の弱さを恨みなさい。強くなければこの世界は生き残れないのよ」


 マリーベルは痛みのせいで何も言い返せない。そもそも言い返す気力すらなくなっていた。

 

「さっすが姐さんエゲツねえっす! でもいいんすか。傷つけるなって姐さんが言い出したことなのに」


「うっさいわねぇ。こんなの傷ついたうちに入らないわ」


「さっすが姐さんハンパねえっす! 細かいことは気にするなってことっすね!」


「フンっ。無駄口叩いてる暇あるならとっととアジトに運んじまいな。厄介な奴らが来ちまうだろう?」


「はいっす!」


 威勢のいい男の返事を聞いたのを最後に、マリーベルの視界は闇に包まれた。

 意識は消えかけているが、感覚だけは残っている。

 この閉塞感。おそらく袋の中に詰め込まれたのだろう。

 ゴトゴト揺れているのは、担いで運ばされているためだ。


(……ごめんなさい、お父様。ごめんなさい……エルシャ様)


 マリーベルは心の中で何度も謝る。

 その時ふと吹いた風で、近くの壁に貼られていた紙がはらりと剥がれ落ちた。

 

【手配書】

 この顔にピンときたら衛兵詰所に連絡ください。

 盗賊団リーダー:クレソン:性別:女

 同メンバー:ケール:性別:男

 罪状:各地で窃盗多数

 

 手配書に描かれた似顔絵は、明らかに先ほどの二人組だった。

 しかし、気を失っている上に視界を奪われているマリーベルに、手配書の顔を確認する術は残されてなどいなかった。

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