第6話 幽閉された二人
目を覚まして最初に感じたのは、頬に伝わる石床の冷たさだった。
口の中の痛みはまだ若干残っているが、手足を動かすのに支障はない。
マリーベルはゆっくりと立ち上がり、周りを見回した。
四方が石の壁で囲まれ、窓もなく、床にはいろいろなものが山積みになっている。
出入りできる扉は一つだけあるものの、鍵がかけられているため開けることはできない。
その扉の材質も頑丈そうな鉄製で、無理やりこじ開けることなどもってのほかだった。
(ここは牢屋……いえ、倉庫かしら。どちらにせよ私は今閉じ込められている。どうすることも……できないわ……)
マリーベルは部屋の隅にうずくまった。
今日という日ほど自分の無力さを思い知った日はない。
英雄の子孫だからといって自分も英雄になれるとは限らない。薄々感じてはいたことだった。実際、魔法の実力はそれほどでもない。きっと、いや絶対に自分より上の魔法使いは確実に存在する。
認めたくなかった。英雄の子孫なのにそこらへんの魔法使いと大差ないことを認めたくなかったのだ。
今の状況は…………。
…………。
……すべて、自分の弱さが招いた結果だ。
『恨むなら自分の弱さを恨みなさい。強くなければこの世界は生き残れないのよ』
怪盗の女――クレソンからの言葉が胸に突き刺さる。
まったくもってその通りだ。
マリーベルは顔を膝にうずめた。
これからどうなるんだろう。
これから……。
これからなんて、あるのかも分からない。
「うぅ……!」
「大丈夫ですか、マリーベルさん」
「ちょっと、限界かも…………え、誰?!」
誰もいないはずの部屋で話しかけられ、思わずマリーベルは飛び上がるほど驚いた。
だが、聞き覚えのある声でもあった。
振り向いてみると、そこにはエルシャの姿があった。
「わたしのこと、覚えていませんか?」
「い、いえ、覚えてるわ。昨日レストランで会ったわよね。私が言ったのは、なんであなたがここにいるかってことよ!」
「えーと、それは……」
エルシャは都合が悪そうに視線を逸らした。
石像になっている間は眠っているのと同然なので、なぜ自分がここにいるかは説明できない。
昨日の夜明け前に小屋で身を隠していたはずが、つい先ほど目を覚ましたら大量の荷物の下敷きになっていたのだ。
ただ、奇妙な夢なら見た。
背の低い男と背の高い女が、
『この石像どうするっすか?』
『とりあえず倉庫にでも入れときな』
というやり取りをしている夢だ。
もしかしたら現実で起こった出来事を夢として認識しているのかもしれないが所詮は夢。
正直に話しても信じてはくれないと思うし、仮に話すとしたら自分の正体を明かさねばならなくなる。
でも……、今はそんなことを気にしている状況でもないか。
エルシャは思い切って真実を話してみることにした。
「あの、わたしが本物のエルシャだとしたら……信じてくれますか?」
「質問の答えになってないじゃない。言ってる意味が分からないんだけど」
「あぅ、ご、ごめんなさい……」
「まあでも、気持ちは伝わったわ。私を励ましてくれてるのよね。ありがとね、エルシャ様のそっくりさん」
さすがに信じはしなかったが、表情は柔らかくなった。
なぜエルシャがここにいるのかについては、自分と同じように誘拐されて幽閉されたからだと思ったようだ。ある意味正しい。
「それにしても、今って何時くらいかしら。窓もないから昼か夜かさえ分からないわ」
「何時かは分かりませんが、今は夜のはずですよ」
「そうなの? なんで分かるの?」
「……諸事情により言えません」
そう、諸事情である。
諸事情でエルシャは夜にしか活動できないので、消去法で今は夜だ。
「なぁにそれ~?」
とマリーベルが怪訝そうに見つめてきた瞬間だった。
ゴトッ、と扉の向こうで音がした。
誰かがやってきたようだ。
「おい、メシの時間だぞ! ありがたく思いな!」
男の声だ。間違いなく盗賊団のケールだろう。
鉄製の扉下部に取り付けられた小窓が開くと、皿に乗せられたパンが一つだけ出てきた。
「ちょっと待ちなさい! ここから出しなさいよ!」
「へんっ、吠えても腹が減るだけだぞ!」
マリーベルが扉を叩いて訴えるも、ケールは聞く耳を持たなかった。
足音は遠ざかっていき、やがて完全に聞こえなくなった。
さすがにこれ以上は無駄だと悟り、マリーベルは足元の皿を拾い上げた。
近くで見ると分かるが、品質も限りなく悪い。
こんな硬そうで不味そうなパン、逆にお目にかかれない。まさかのお手製だったりして。
しかも一つだけというのも絶妙に嫌がらせ度が高い。
「なによあれ! せめて人数分用意しなさいっての!」
「あー、たぶんわたしがいることを知らないからだと思います」
「はぁ? どういうこと?」
「……しょ、諸事情により言えません」
「あなた、その諸事情ってワード気に入ってない?」
諸事情は諸事情である。
はぐらかされてばかりで納得のいかないマリーベルだったが、直後に「ぐぅ~」という音が重なった。二人の腹の虫が鳴いた音だった。
「あっ……」
はしたない姿を見せてしまい、思わずマリーベルは顔を赤らめる。非常事態とはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。
「えへへ、わたしも鳴ったのでお相子ですね」
「いーえ、あなたのほうが音が大きかったわ」
「なんの勝負ですか……あっ」
一瞬めまいがして、エルシャはよろめいた。
「あなた、大丈夫?!」
「そういえばわたし、ずっと何も食べてませんでした。昨日もレストランで食べようと思ったら騒ぎが起きて……」
「それは大変! このパン、あなたが食べて!」
そう言ってマリーベルはパンが乗った皿を差し出してきた。
エルシャは礼を言って受け取ると、パンを半分に割って皿を返した。
「ありがとうございます。でも全部はいりません。二人で分け合いましょう」
「でも、あなたずっと何も食べてないんでしょ? おなか減ってるのに無理しちゃ駄目よ」
「おなか減ってるのはマリーベルさんも同じですよね? さっきの音、ばっちり聞こえましたよ」
「うぅ……。分かったわ、食べてあげるからさっきの音は忘れなさい!」
「じゃあマリーベルさんも忘れてくださいね。わたしだって一応恥ずかしかったんですから」
こんなに大変な状況なのに……いや、こんなに大変な状況だからこそか二人は自然と笑みを浮かべた。そして二人は同時にパンを口へ運んだ。
「う~ん、やっぱり美味しくないわね」
「そうですか? わたしは美味しいと思ったんですけど」
「え~。あなた、もしかして馬鹿舌?」
「そ、そんなことないです! たぶん、マリーベルさんと一緒に食べてるから美味しく感じたんだと思います。わたし……誰かと一緒に食事するの、これが初めてな気がするんです」
「……。そう、悪いこと訊いちゃったかしら」
「ああいえ、わたしが勝手に話したことですから。それにわたし、いいこと思いついたんです。ここから抜け出す、とっておきの作戦です!」
パンを食べたことで、こころなしかエルシャの顔色と声色が良くなっている。
「へぇ。いったいどんな?」
「パンが一個しかないことで確信したんです。向こうはたぶん、わたしの存在を把握してないって。そこを利用します。具体的には――――」
念には念を入れ、エルシャはマリーベルの耳元でささやいた。
「……いい作戦ね! よーし、ガツンとやっちゃいましょ!」
「はい!」
二人は作戦の成功を祈願し、固い握手を交わした。
決行はさっそく、今この時からだ。
マリーベルは大きく息を吸い込むと、扉の向こうにも聞こえるよう思いっきり叫んだ。
「きゃーっ! 助けてーっ!」
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