第4話 子孫?
マリーベルと名乗る少女がそう言うと、二人の間にはしばしの沈黙が流れた。
「……え、わたしに子孫がいたんですか?!」
「ふぅん。
「あ、いや、そういうことじゃ……」
予想外な言葉にうっかり口を滑らせてしまったが、向こうも向こうで都合よく解釈してくれたので疑われずに済んだ。まあ、目の前にいるのがその本人だなんて信じるわけないか。
でも、子孫がいるというのはさすがに信じられない。
いくら記憶がないからって何でもかんでも信じると思ったら大間違いですからね、とエルシャは叫んだ。心の奥で。
「本当にあなたはわた、エルシャ……様のご子孫なのですか?」
「なによ、疑ってるの?」
「い、いえ、そんなことはないです、はは」
「あー絶対疑ってるー!」
「落ち着いてください、疑ってませんってば!」
エルシャは思いっきり嘘をついた。
興奮して周りの視線を集めるマリーベルを止めるためなら嘘だってなんだってつく。
だが努力の甲斐も空しく、マリーベルの熱は余計に強まってしまった。
「いいわ、じゃあ証明してあげる! エルシャ様の魔力は子孫たる私にも受け継がれているのよ! さあ刮目しなさい、私の魔法を!」
「マリーベルさん! ここお店の中ですよ!?」
エルシャは思った。
たぶんマリーベルさんは自分の子孫ではない。
いくらなんでも性格が違いすぎるからだ。
けどなぜだろう、嘘やでたらめを言っているようにも思えない。
「マリーベル様! 大変でございます!」
「――!?」
今まさに何かが発射されようという寸前。
慌てた様子で駆けつけてきたのは、燕尾服に身を包んだ初老の男だった。
雰囲気や言葉遣いからして使用人だったりするのだろうか。
ともかく燕尾服姿の男の登場により魔法のお披露目は中断された。
「どうしたの、何があったの?!」
「そ、それが……広場にある石像が、な、な、なくなってしまいましたぁぁぁ!!」
「はあぁぁぁ?!」
マリーベルは尋常ではなく驚いた。
広場にある石像はマリーベルの代々一族が管理と保全をしてきたのだ。
燕尾服姿の男が言うにはどのようにして消えたかは分からないらしいが、石像がひとりでに歩くわけもないし十中八九盗まれたのだろう。
許せない。
泥棒が盗んだのは石像ではない。
先人の誇りと、町の人々の希望だ。
マリーベルは悔しさを噛みしめながら叫ぶ。
「とにかく広場に行ってみるわよ! 盗んだ奴がいるなら私がとっつかまえてやるわ!」
そしてここにもう一人、尋常ならざる焦りを見せる人物がいた。
(どうしよう。どう考えてもわたしのこと言ってるよね……)
そう、エルシャだ。
昨日は雨がどしゃ降りだったので誰も外に出ていなかったが、今日は違う。
きっと石像の前を通った人は、空っぽの台座を見て腰を抜かしたことだろう。いまごろ広場周辺は大騒ぎになっているに違いない。エルシャが戻らない限りは永遠に解決しない難解事件に、多くの人が頭を悩ませている光景が容易に浮かぶ。
「あなたはどうする? エルシャ様のそっくりさん!」
「行きます!」
行ってどうにかなるとは思えないが、とにかく行ってみるしかない。
「よし、じゃあしっかりついてきなさい!」
そうしてエルシャとマリーベルはレストランを飛び出し、広場へ急いで向かった。
◇
「……まさかアタシたち以外にも石像を狙ってたやつがいたなんてね。先を越されてしまったわ」
◇
程なくして二人は広場に到着。
報告の通り、台座の上にあるはずの石像は見事になくなっていた。
ここに来るまでの道中、実際に目にするまでは信じないと漏らしていたマリーベルもさすがに認めざるを得ず、見るからに顔が絶望の色に染まっていく。
一方でエルシャは驚きはしつつも、どこか大根役者のようなぎこちなさがあった。理由は明白だろう。
「そんな! 噓でしょ……?」
「いったい、どこに行っちゃったんでしょうねー……」
「とにかく探すしかないわ。怪しい人影を見つけたらすぐ私に伝えなさい、いいわね!」
「は、はい!」
といった具合で捜索が始まろうとしたその時、燕尾服姿の男が息を切らしながら遅れてやってきた。
「いけませんっ! いけませんぞマリーベル様っ!」
「なによ。せっかく人がやる気になってるんだから邪魔しないでよ」
「と申されましても今日はもう遅いですし、お父様も心配なさっております! やる気があるのは結構なことですが、から回っては意味がありませんぞ!」
「ぐっ……仕方ないわね。今日は帰ることにするわ」
マリーベルがそう言うと、燕尾服姿の男はほっと胸をなでおろした。
(ほっ……)
ほっとしたのはエルシャも同じだった。
石像を盗んだ犯人をとっつかまえる気満々のマリーベルには申し訳ないが、この事件に犯人などいない。そもそも事件が起こってないのだから、必死な彼女の姿にはさすがにうしろめたさを感じずにはいられなかった。
「あなたも私のわがままに付き合わせて悪かったわ。こんなに遅くなってしまったし、きっとあなたのご家族も心配でしょうね。まあ、もし怒られたら私の名前を出せば大丈夫なはずよ」
「は、はい、ありがとうございます」
マリーベルの言葉でハッと気づいた。エルシャには家族の記憶もなかった。思い出そうとしても思い出せない……というより、あえて思い出そうとしていなかったのかも知れない。
少し悲しくなった。
けど気を遣ってくれたマリーベルに申し訳ないので、顔には出さなかった。
どうやらポーカーフェイスを作るのは得意らしい。
「あなたも早く家に帰るといいわ。また別の日に会いましょう」
「はい、ぜひ……!」
そう約束を交わし、二人は別れた。
家。エルシャには帰る家もない。
しいて言えばあの台座の上が今の家……と言えなくもないが、騒ぎがあったせいか周りには衛兵が見回りにあたっている。きっと彼らは、日付が変わってもしばらく残っているだろう。そんな雰囲気を醸し出している。
彼らの目がある状況では、台座の上で石像に戻ることなんて出来ない。
かと言って別の場所で夜を明かすわけにもいかない。
いろいろ考えているうちに時間だけが過ぎ去っていくし、そもそもこんな夜遅くに出歩いているのだって見られるのはマズい。
身を隠す場所を見つける必要がありそうだ。
エルシャは衛兵に見つからないよう息をひそめつつ、しかし心臓は破裂しそうなほどバクバクさせながら広場周辺を歩き回っていると、ずっと使われてなさそうなボロ小屋を見つけた。
鍵もかかってなかったので入ってみると、床や棚には埃がどっしりと積もっている。少し息を吸い込んだだけで咳が出そうになるが、逆にエルシャには都合がよかった。
ここなら昼のあいだ石像になっていても誰にも見つからない気がする。
「よし、今日はここでやりすごそう」
もうじき夜が明ける。
エルシャは小屋のすみっこで身をかがめ、再び夜が訪れることを待つことにした。
◇
「まったく、ツイてねーぜ。石像は横取りされるし姐さんは機嫌悪くなっちまうし……しょうがねえからあの小屋から何か物色してくか! ……って、なんでこんな所に
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます