第8話 奇襲

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着いて! 一体何があっ……」

「うるさい!」


 エルフの子は俺の説得などもはや聞いておらず、遠慮や躊躇いなんてものもなく短剣を突き立てようとしてくる。

 彼女の手首を掴みそれを捻り短剣を地面に落とさせる。次に傷つけず無力化するため、背後に回り首を絞め気を失わせる。


「死んだ……?」

「いや殺してはないよ! 気を失わせただけだよ。それにしてもどうしだんだろう? いくら種族間の仲が悪いからっていきなり襲いかかるなんておかしい……」

「まぁでもこのまま放っておくわけにもいかないし……とりあえず縛ってはおきましょ」


 ミーアがアイテムボックスからロープを取り出しエルフの子の手首を縛り上げておく。

 それを俺が抱えいる形で進んでいく。


「この調子じゃエルフとは接触しない方が良さそうだわね。クリスタルの気配も近くなってきているし、さっさと取って帰りましょ」

「そうだけど……」


 俺は今抱えている子に目を向け、このままこの子を放っておいても良いのかと悩んでしまう。

 エルフは今危機的な状況に立たされていてそのせいで人間を襲ったのではないかとそんな気がしたのだ。


「あった! これよ!」


 三十分程森を彷徨った後、クリスタルの気配が強まってきた時にミーアが道端に落ちていた風のクリスタルを拾い上げる。

 

「これで五個目……やっと半分ね」


 俺はつい昨日クリスタルについて知ったが、彼女はそれよりもずっと前からクリスタルを集めていたのだ。クリスタル集めに対する気持ちは、真剣さは俺の何倍もあるはずだ。


「さぁ。その子は適当に安全な場所に置いて帰りましょ」

「そうするしかないよな。何か問題があったとしても、変に俺達が関わってたら余計なトラブルを生むだけかもしれないしな……」


 不本意ではあったが、魔物の気配がしないエルフの村の近くに女の子を置いて俺達は立ち去ろうとする。


「エ、エルフィー!?」


 しかし立ち去り際に数名の男のエルフ達に見つかってしまう。

 女の子の安全のためにエルフの村の近くに置きに来たのが裏目に出てしまったようだ。


「お前ら性懲りもなくまた来やがったのか!」


 その男達の中でも屈強な肉体を持った男がこちらに向かってくる。

 恐らく戦いになってもクリスタルの力が使えるこちらが勝つだろう。

 だがそれではだめなのだ。例え死人が出ない小さないざこざでも大きな争いに発展する恐れがある。だから戦ってはいけなかった。


「こうなったら仕方ないわね……」


 ミーアの瞳が緑色に発光する。彼女の周りの大気が揺らぎ、右手にエネルギーが集まる。


「ま、待ってミーア! 戦っては……」

「その人達はワシらを襲った奴らではない! お前ら下がれ!」


 まさに一触即発の状態の中、男達の背後からした老人の声がその状態を解除させる。


「ちょ、長老!? ここは危険です! お下がりください!」

「危険なのはお前らじゃ! この人達からは悪意は感じん。お前らも無駄な争いはよせ!」

「は、はい……」


 男のエルフは下がり、代わりに長老と呼ばれていた白髪の髭の生えた老人がこちらに来てくれる。

 ミーアもクリスタルの力をオフにしたのか、威圧感がなくなる。


「すまなかったの。うちは血気盛んな若者も多くての」

「いえ。まぁ何かしたと疑われても仕方ない状況でしたから。変ないざこざがなくて良かったですよ」

「優しそうな人間で良かったわい。それで、もしかしてエルフィが何かしてしまったでしょうか?」


 老人が申し訳なさそうにしながら、そこで気絶しているエルフィという名前の女の子に目線を移す。


「いえ……その特には」

「言わずとも大体分かりますよ。きっと貴方達を襲ってしまったのでしょう? ここで謝罪させてください」


 長く生きた経験からなのか、長老はいとも容易く俺の嘘を見抜く。俺が嘘をつくのが下手くそだということもあるだろうが。


「それよりも何かあったんですか? エルフが人間に友好的じゃないのは知ってますけど、流石にいきなり襲ってくるのには何か事情があるんじゃないですか?」

「その通りです。実は……つい先日、昨日の夜に人間達が村に押し入ってきて女子供を攫ってしまったのです」


 その言葉を聞いてこちらが反応を示す前に、長老の背後に控えていた男達の表情が曇る。きっと奥さんや子供を攫われ、そのことを思い返し辛い味を噛み締めているのだろう。


「恐らくは奴隷商人なのでしょう。エルフィから聞いた話では子供達が袋詰めにされて、乱暴に運ばれていたとも聞きました」

「そんな……酷いわ。許せない……」


 全くその通りだ。小さな子供を袋に詰めて乱暴に扱うなんて、そんなことは許されない。許してはいけない。絶対に。

 そんなことをする奴らはもうこれ以上この世に存在してはいけない。


「それでその襲ってきた人達は?」

「奴らはすぐに逃げ、夜の奇襲だということもあって取り逃してしまい……」


 長老は言葉を濁してしまう。女子供を連れ去られた上その犯人達も逃してしまった。その後悔や後ろめたさから舌が回りにくくなっているのだろう。


「その犯人探し、俺にも手伝わせてください」


 そんな彼らを見て俺は放っておくことはできなかった。

 だから先程まで殺意をぶつけてきた相手にもこうやって手を差し伸べてしまうのだった。

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