第5話 人間と魔族

「まずクリスタルというのは属性ごとに十個存在して、それを体内に取り込むことで凄まじい力を得られるの」


 ミーアが右手をこちらに差し出し、そこからヌルッと先程見た緑色の宝石が出てくる。

 彼女が先程言った体内にクリスタルがあるという話はどうやら嘘ではないようだ。


「なるほど。魔王から決められた担当の属性のクリスタルを十個集めれば願いを叶えることができて、そんな大事なものを俺が間違って取り込んじゃったってこと?」


 俺はクリスタルを取り込んでしまったという事の重大さを自覚し、自然と苦笑いになってしまう。


「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと取り出す方法もあるし、何より敵ごとあなたを吹き飛ばして助けるまでの時間稼ぎをしようとしたのは私自身だしね」


 あれ本来俺ごと吹き飛ばす気だったのか。確かに死ぬのと地面を転がって怪我をするのだったら後者の方がいいけど……


「じゃあ取り出し方を説明するわね。一旦目を瞑ってみてくれる?」


 俺は目を瞑り自然と神経が耳に集中する。その状態のまま次の指示を待つ。


「次に自分の心の内をイメージしてみて」

「心の内? どういうこと?」


 その指示がいまいち分からず、目を閉じたまま聞き返す。


「自分の頭の中を覗く感じね、精神統一をイメージしてみたら分かりやすいかもしれないわ。

 ともかくそのうち精神世界と呼ばれる場所に行けると思うから、そこにあるクリスタルを取ってきてくれるかしら」

「できるだけ頑張ってみるよ」


 自信はなかったが、俺は体から力を抜き精神統一を行う。

 空気の揺らぎすら無い静寂な空間をイメージして、ただひたすらに何かが起こるのを待った。


「ん? どこだここ?」


 目は少しも開いていない。それなのにいつのまにかドス黒い景色が広がっている空間が視界に入ってきた。


「これが俺の精神の中ってことなのか?」


 俺がそう呟いてしまうのも仕方ないくらい、見ているだけで吐き気が込み上げてくる不気味な空間だった。

 その中でポツンと、ちょうど手が届きそうなくらいの位置に先程のクリスタルが浮かんでいた。

 それを手に取れば視界が段々明るくなっていく。


「成功したようね」


 現実世界に帰った俺の手には緑色のクリスタルがあった。


「はい返すよ」


 俺は手にあるクリスタルを返却する。


「ところでミーアはどんなお願いをするつもりなんだ?」


 ミーアがクリスタルを体内に取り込んだところで、俺はつい気になってしまい世間話をする感覚で質問する。


「私は……魔族と人間の戦争が二度と起きないように、平和な世界にしてもらうつもりよ」


 この世界には言葉を話せる種族が複数いる。そのうち多数を占めている二種が人間と魔族だ。

 人間は俺が前いた世界と同じ普通の人間で、魔族が人間と魔物の中間のような見た目で数は少ないが能力は人間より遥かに高い。

 そして魔族は全員角が生えているという特徴がある。


 この二つの種族は古くから対立していて、二十年前くらいまでは大きな戦争をしていたくらいだ。

 今こそ停戦状態で平和な日々が続いているが、またいつ人間と魔族の仲が悪くなり戦争が起きるか分かったものではない。


「そうなんだ……ねぇミーア? もし良ければだけど、俺もそのクリスタル集めを手伝ってもいいかな?」

「えっ!? いや助かるしそれは嬉しいけど……どうして?」


 普通の人ならこんな面倒臭そうなことに巻き込まれに行かないだろう。

 でも俺は違った。彼女の平和な世界にしたいという願いに共感してしまった。

 何故ならそれは俺が前世で叶えたくても叶えられなかった願いだから。だから応援したく、力になりたくなった。


「クリスタル集めは今みたいに魔物に襲われることもあるし、他の参加者と殺し合いになる可能性もある。それでもいいの?」

「別に構わないよ」


 そういうのは慣れているので今さら気にはならなかった。


「ありがとう。とりあえずこの三つを渡しておくわ」


 ミーアの手から赤色のクリスタルが三つ飛び出してきて、彼女はそれを俺に手渡す。

 それはつい投げてしまいそうになるほどの熱を含んでおり、凄まじいエネルギーが籠っていた。


「クリスタルは本来自分の担当属性のものしか使えないはずだけれど……とりあえず試してみてくれるかしら?」

「これをミーアみたいにと体内に取り込めばいいの?」

「そうよ」


 俺はそのクリスタルらを胸に押し込み体内に吸収するのだった。

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