3日目




 世界は残酷だ。


 味方であれ敵であれ、死ぬ時は呆気なく死ぬ。

 それは魔王であってもそうらしい。


「魔王……覚悟しろ!」


 今や五体不満足となっている魔王へ、そう言い放つ。

 剣を振り上げた俺は、少しだけ時間をかけて魔王に止めを刺す覚悟を決める。


「ククク……今、我を殺せばお前はこの先、必ず後悔することになるぞ」


 剣を振り下ろしかけた手が止まる。


「命乞いか? どういう意味だ」


「言葉通りの意味だ」


「そんな言葉に惑わされないでください、ルカ!」


 もちろん、そんな言葉を飲み込む訳にはいかない。

 今ここで止めを刺しておかなければ次はないだろう。

 それに、ここで見逃しては今まで死んでいった仲間たちに申し訳が立たない。

 だから今、ここで終わらせる。

 俺が、この手で。


 今まで共に戦った仲間たち、同胞の顔を思い出すと決心がつく。

 今一度、剣を構え直し。


 一息に振り下ろして魔王の首を跳ね飛ばした。


『ククク……それでいい』


 何処からともなく魔王の声が聞こえるが、跳ね飛ばした首が動いている訳ではなく。

 どうやら残留思念のような物がこちらに語りかけてきているらしい。


「あぐっ!? あ、あぁぁぁああっ!!?」


「なっ!? アリゼー!?」


『だが、お前の決断で世界は歪む。 手始めとして、我が身に残る全ての魔力を以て、その女に呪いをかけた』


 魔王が言っていることが真実かは分からない。

 しかし、尋常ではない苦しみ方をしているアリゼーを見るに、出鱈目を言っている訳でも無いのだろう。


「何!?」


『クク、魔を孕む呪いだ。 その女はこの先の一生、もう人の子を産むことは出来ず、代わりに魔を宿す。 魔力があれば幾らでも孕み、産み落とす。 魔の母となるのだ』


 魔王が言っていることが本当なのであれば、人道に反するような凶悪な呪いだ。

 この世界に於いて魔力がない場所なんて殆どない。

 魔力は世界を構成する力の一つだからだ。


 そして、魔力が一番集まる場所、それが魔王城にある玉座の間。

 つまり、この場所だ。

 ただでさえ魔力が濃い場所なのに、魔族は死ぬ時に魔力へと返っていく為、今は魔王を討った影響で更に濃度が増しているのだ。


 それが今、アリゼーを襲っている苦痛の正体らしい。


「ルカ……魔王、から……呪いを貰ってしまったようです……。 恐らく、もうしばらくすれば……今一度、魔王が誕生します……」


「な、アリゼー!?」


 アリゼーは苦しみながらも言葉を紡いでいく。

 その内容が衝撃的で信じ難いが、事実であればとんでもない事になる。

 とんでもないことになるのは分かっているのだが、状況に気持ちが着いてこない。

 頭も追い付かない。


「だから……。 私を、殺して……」


 アリゼーのその言葉に、俺の中で小さなヒビが入る。


 そんなこと、出来ようはずがない。

 アリゼーは大事な仲間だ。

 幾ら魔王が生まれるからと言って、幾ら苦しいからと言って。

 仲間の命を奪うことの重さがどれほどの事なのか。

 アリゼーに分からない訳ではないのだろうが、それでも躊躇う。


「おね、がい……。 私を罪人にさせないで」


 世界は残酷だ。


 魔を孕む事は罪。

 それは教会が決めた罪だ。

 本来なら俺に関係はない話なのだが、アリゼーは一神教の敬虔な信徒だ。

 その信仰心を尊重してやることしか、俺に選択肢はなかった。


 いつの間にか流れていた涙を拭って剣を振り上げると、アリゼーは目を瞑った。

 しかし。


「な、はっ!? 魔王は……!? ……は? ルカ!? 何、やって!! やめろ!!」


 それと同時に剣を振り下ろしてしまった。


 声の主はタルラー。

 魔王との戦いで前線を張っていたが、腕と足を片方ずつ失い、先程まで気絶していたようだ。

 止血は回復魔法の使い手であるアリゼーがしていたはずだが、手足を戻せる程ではなかったらしい。


「ごめん、タルラー。 魔王の呪いのせいなんだ」


 タルラーと、自分に言い聞かせる。

 そうでなければ仲間を手に掛けた罪の意識で潰れてしまう。


「あいつは、死の間際にアリゼーを……呪って。 魔を孕む呪いをかけたんだ……。 こうするしか、なかった。 アリゼーもそう、言ってたんだ……」


 タルラーからの返事はない。

 空気が重い。


 アリゼーを埋葬してやりたいが、ここは敵地だ。

 あまり悠長にはしていられない。

 それに、俺にはタルラーを守る義務がある。はずだ。


「……王都に帰ろう、タルラー」


「……、帰るのはルカ、あんただけだ」


 タルラーの下へ歩み寄って気付く。

 生きている方が奇跡に思える程の重傷だ。

 喋れているのが不思議なくらい。


「おぶってでも連れて帰る」


「よせ……私は、もう……」


 助からない。


 それは本人が一番分かっているようだ。

 天井を仰ぎ見て、タルラーは微笑んだ。


「良か、た……魔王……倒せ、て。 ……一人、でも……残、て。 ……私、と……ニ……と……アリゼーの……も……しっか……生き、ろよ……」


「……あぁ。 任せておけ」


 タルラーの言葉のお陰で少しだけ気が楽になった気がする。

 仲間たちの遺志を継いで、生きなければ。

 皆にはちゃんとした葬儀をしてやれなくて申し訳なく思うが仕方ない。


 皆の分も生きる為にも、まずは王都に帰って、報告をしないと。

 せめて、しっかりと国に報告して、国を上げて盛大に魂を天へ送ろう。

 俺に出来ることはそれしかない。


「みんな、ありがとう。 さようなら、ゆっくり休んでくれ」


 俺は魔王城を後にした。





「よくぞ戻った、勇者ルカよ。 此度の活躍、褒めて遣わす」


「ははっ。 繕いのお言葉を頂き、恐悦至極にございます」


 数ヶ月かかってようやく王都へ帰還した俺は、衛兵に取り次ぎ、既に報告を終わらせていた。

 今行っているのは、形式ばった式典だ。

 と言っても、玉座の間で行われるもので、周りに居るのは王侯貴族くらいなもの、なのだが。

 興味があまりないのか、そんなに人が居ない。

 そもそも興味で参加、不参加を決められるのかどうかなんて、貴族になったことの無い俺には知りようがないことではあるが。


「ところで。他の者はおらんのか?まさか、一人で討伐した訳ではあるまい?」


「はい。 陛下のおっしゃる通り、私一人で魔王を討伐した訳ではございません。 ですが、私以外は全員、魔王との戦闘で亡くなってしまいました」


「そうか…。 それはそれは壮絶な戦いであったのであろう。 其方の戦友ら、その魂が天で安らぎと幸福があらんことを祈る」


 陛下は一呼吸置き。


「では、魔王討伐の褒賞を与える……と、その前に。 悪いが、もう一仕事、命じたいのだ」


 褒賞の前にもう一度と言われるとあまり良い気はしないが、王命である以上は逆らえない。


「はっ。 なんなりと」


「実は、新たな魔王が生まれた。 これを討伐して欲しい」


 確かに、新たな魔王の誕生は見逃せない。

 不服ではあるが、俺以外に頼める者も居ないと思うのも無理はない。


 このタイミングで言い出すということは、次の討伐遠征の資金をこの褒賞で賄えとでも言うつもりなのだろうか?


「そうでしたか。 次は何処まで征けば良いのでしょうか?」


「何処も行く必要はない」


「では、何処に魔王が……?」


「目の前におる」






お題:不条理

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