4日目
私は恋をしたことがない。
いや、恋をしたことがなかった。
周りの人達が色恋だの、縁結びの神様だの、やれあの子が可愛い、やれあの子がかっこいいと言った話しは聞き流していた。
一生を必ず添い遂げられる縁結びの神様だとかが学校では流行っていたが、私は興味が湧かなかった。
時は流れ、そんな私が恋をするきっかけとなったのは、ひょんな事から。
特別接点があったという訳ではなく、たまたま同じ電車に乗り合わせたと言うだけ。
彼の横顔を一目見た私は初めて恋に落ちた。
恋は人を変えるという。
特段、恋をしたいと思っていた方ではなかった。
だけど、彼を見てからは違った。
遠目から眺めているだけでも、ころころと変わる表情は見ていて飽きないし、何よりもあの笑顔を私に向けて貰えたらどれだけ嬉しいことだろうか。
そう想像するだけで心のギアが一段上がる。
今まで気付かなかったけれど、毎朝、彼と同じ電車に乗っている。
そして、偶然にも私は彼と同じ駅で降りる。
その事に気付いたのは同じ電車に乗っている事に気付いた数日後の事だったが、偶然は重なる。
向かう方向は同じようで、彼の背中を追い掛けて通勤するのが日課になった。
彼を長く見ていられるほど、その日が良い一日になるような気がして、ついつい追い掛けてしまう。
彼の背は平均より少し高く、人混みの中でもあまり見失うことはないのだけど、いつも駅を出てすぐにある交差点で見失う。
でも、それで良かった。
良いと思っていた。
休日のある日。
彼女だろうか、私よりも若そうな子と親しげに話している姿を見て、心の内にモヤモヤとした暗雲が立ち込める。
始めはその感覚がなんなのか、どうしてこんな胸が締め付けられるような感じがするのか分からなかった。
けれど、誰かに相談するまでもなく、これが嫉妬心なのだと気付くと、疑問は解氷した。
私に嫉妬する資格はない。
何故なら告白という行動に出ていなかったから。
自ら行動していないのに嫉妬するなんて良くない事だと分かっているのに、嫉妬心を抑えることができなかった。
それが返って良かったのか、このままではいけない、とそう思った。
しかし、私は自分に自信がない。
そんな時に思い出したのが学生の頃に流行っていた、一生を必ず添い遂げられる、という縁結びの神様の存在だった。
当時は眉唾物だと思っていたが、それに頼ってしまおうと思ってしまう程、思い詰めていた。
そして、ある日の朝。
玉砕覚悟で通勤の忙しい中、初めて彼に話しかけた私は、しどろもどろになりながらも半ば押し付けるようにして縁結びの神様のお守りを彼に渡した。
捨てられてしまうかもしれない、という不安に襲われたが、次の日に彼を見ると私が渡した縁結びのお守りを付けてくれている。
それがとても嬉しくて、私は舞い上がった。
これで私の悩みは解消された。
これから待つ明るい未来に心を踊らせていた。
「また、ですか」
俺の傍らに居た若手の刑事がため息混じりにそう呟いた。
「これで何件目だ?」
「えっと……二、四の、これと、この事件で六。 六件目、ですか」
ため息が漏れる。
始めは色恋のいざこざだと思っていたが、二件目以降
で状況が変わり始めた。
共通点は全員が縁結びのお守りを持っていたということだけ。
一、二件目と四件目は男女だったから分かり易かったが、三件目は女同士、五件目に至っては犬と人という訳の分からない組み合わせだ。
今回は男性。まだ相手が見付かっていないが、これまで通りならもう一人犠牲者が出るはずだ。
「必ず添い遂げられる、か……」
仏さんが持っていたお守りのサイトにある売り文句。
今回も検索と購入の履歴がしっかりと残っていた。
この売り文句の言い回しが引っ掛かっていた。
添い遂げる、とは夫婦が死に別れても一生を共にするということ。
夫婦とは男女で成るものだ。
だが、それが揺らいでいる。
夫婦ではなくて結婚と言い換えるなら、合点がいく部分が多くなる。
最近は同性同士、動物や物などと結構するというのが認められるケースが増えてきているのもあるからだ。
しかし、まだそういった文化は日本では受け入れる体制が整っている訳では無い。
そう考えると結婚という線も無いように思える。
そもそも、結婚というのは神に誓う儀式だ。
神が認めれば夫婦となる、とも言える。
お守りを持っただけで結婚とするのは、かなり強引だ。
それなら、もう誰でも良いということになる。
そうなればこのお守りを持っている者は例外なく同じように “添い遂げる” はず。
そうならないということは、何か他の条件のようなものがあるのかもしれない。
お題:胸が高鳴る
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