第21話:ダウナーちゃんとホッカイロ

「え……えっ!? って事は今日ここに集まる人達って皆カップルなの!?」

「あはは、そんなわけないでしょー。本当にカップルだけにしか提供しないお店なんて開いてたら今のご時世じゃ一瞬で炎上するでしょ?」

「え? あ、あぁ……まぁ確かにそれもそうか」


 確かに今のご時世は特定の人に贔屓した事をすると簡単にSNSとかで拡散されちゃう時代だもんな。


「でしょ? だからカップルデーっていうイベントなんだけど、これは単純に二人組のお客様限定で特製の大きなケーキが食べられる日なんだってさ。ほら、これ見てよ」

「え……? あ、ほ、ほんとうだ……」


 そう言って坂野はスマホを取り出して今日のイベントの概要を見せてきた。どうやらカップルデーというのは二人前の大きなケーキを提供する日の事らしい。もちろん注文する人はカップルじゃなくても仲の良い友達同士や家族とかでも大丈夫との事だ。


 まぁとりあえず坂野のおかげで今日のイベントの概要はわかったんだけど、でもさ……。


(い、いやでもさ……この周りの雰囲気は絶対に皆カップルじゃん……)


 俺はそんな事を思いながら周りをグルっと見渡してみた。


 外は寒いので、周りで待機している人達は皆肩を抱き寄せ合ったり、手をぎゅっと握りしめ合ったりしながら楽しそうに暖まり合っていた。その行為からしてお互いに愛し合っているのは容易に想像がついてしまう。


(……いいなぁ……俺も坂野と手を握ったりしたいなぁ……)


 俺はそんな事を思いながら周りのラブラブなカップルを見つめていった。するとそんな俺の様子を訝しんだ坂野はキョトンとした顔をしながら俺にこう尋ねてきた。


「……どうかしたの健人? ぼーっとしちゃってさ?」

「……えっ? あ、あぁいや、何でもな……くちゅん」


 俺は慌てて何でもないって誤魔化そうとしたんだけど、でもその時に冷たい風を顔に浴びてしまい思わずくしゃみをしてしまった。


「あぁ、なんだ。もしかして寒かったの?」

「ん……あ、あぁ、そうなんだ。つい寒くてぼーっとしちゃってたんだ、はは」

「ふぅん、そうなんだ。確かに外でずっと待機してるからちょっと寒いよね。あ、それじゃあ私のホッカイロ貸してあげようか?」

「え?」


 そう言って坂野はコートの内ポケットからホッカイロを出してきた。


「ほら、今もあったかいからこれ使っていいよ?」

「え? い、いやでもそれ坂野のホッカイロだろ? 俺がそれ使ったら今度は坂野が寒くなっちゃうじゃん……」

「んー、別に私は大丈夫……って程でもないや。うん、普通に私も寒いわ。ってか今日っていつもよりも寒いよね?」

「あぁ、今日はいつもよりもだいぶ寒いよな。だから俺の事は気にせず坂野がそれを使っていってくれよ」


 俺は笑いながら坂野にそう言っていった。


「いやでも流石に私は友達が寒そうにしてるのにそれを黙って見過ごすような冷たい女じゃないからね?」

「え? あ、あぁ、それはもちろん知ってるよ。坂野が優しい女の子だって事はさ」

「でしょ? だから何とか健人にも暖まって貰いたいんだけど……って、あっ、そうだ」

「ん? どうしたよ?」


 唐突に坂野は何かを思いついたような態度を取ってきた。


「うん、ちょっと良い案を思いついたんだけどさ、健人手を出してよ」

「え? 手を出せって、こうか……って、えっ!?」


―― ぎゅっ……


 そう言った瞬間に坂野はホッカイロを持った手で俺の手をぎゅっと握りしめてきた。そしてそのまま坂野は自身のコートのポケットの中に俺達の手をズボっと入れていった。


「ふふ、どうよー? これで多少は暖かいでしょ?」

「え……あ……えっ……!?」


 坂野は良い案を思いついたと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべて俺にそう言ってきた。


 でも俺はふいに手をぎゅっと握りしめられた衝撃から何も言い返す事が出来ずに口をパクパクとさせていってしまった。


「どしたの健人? もしかしてあんまり暖かくなかった?」

「え……えっ!? い、いや全然! むしろ熱いというかその……めっちゃ暖かいっす」

「ふふ、そっかそっかー。うん、それなら良かったよ」


 そう言って坂野は嬉しそうにまたケラケラと笑ってきた。


(坂野の手……凄くスベスベで柔らかくて……って、馬鹿馬鹿! そんな変態みたいな事を考えるなよ!)


 俺は坂野に手をぎゅっと握りしめられて正常な判断が出来なくなりつつも……それでも俺は坂野の柔らかい手をしっかりと堪能しながら外での待機時間をゆっくりと過ごしていったのであった。

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