第15話:バイトで失敗してしまった俺

 それから数日が経過したとある日の夜。


「お待たせしました、ハンバーグセットのご注文の方は……あ、はい、それではこちらに置かせて頂きますね。ごゆっくりどうぞ」


 今日はファミレスバイトの日だったので、いつも通りウェイターの仕事に励んでいる所だった。


「はい、お会計ですね! それでは合計で2,500円となります。ちょうど頂きます。レシートは……あ、不要ですか? はい、わかりました。ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております!」


 そして夕食時に突入してお客さんの数もだいぶ増えてきたので、かなり忙しい時間帯になってきた。なので俺も精一杯にウエイター仕事を頑張っていた。


「……ふぅ……」


 そしてそれから一時間程が経過した頃。


 忙しかった夕食の時間帯もようやく終わり、お客さんの数もだいぶ少なくなってきた。そして俺のバイトもあと30分程で交代の時間となる。


(うーん、今日はちょっと疲れちゃったな……)


 流石に夕食時といっても、今日はいつもよりもお客さんが沢山来ていたのでちょっとだけ疲れてしまった。


 なので俺は誰にも見られないようにコッソリと背伸びをしながら一息ついていった。しかしその時……。


「……おい、ふざけんなっ!!」


 しかしその時、急にファミレスの中で大きな怒号が響き渡ってきた。俺は何事かと思ってその怒号が聞こえた方向に視線を送ってみた。すると……。


「……オイ!! そこの店員ちょっとこっち来い!!」

「えっ? じ、自分ですか?」


 偶然にもその怒号を叫んでいたお客さんと目が合ってしまい、そのままこっちに来いと叫んできた。相手は強面な風貌をした二人組の男性だった。


 という事で俺は何だろうと思いながらそのお客さんが座っているテーブルの前までやってきた。


「え、えっと……何か問題でもありましたでしょうか?」

「ふざけんじゃねぇよ! 問題も何も飯が全部冷え切ってんだよ! 何だよこのグラタン! 冷めててクソ不味いんだよ!!」


―― ドンッ!!


 怒号を叫んでいたお客さんはそう言ってテーブルを大きく叩いてきた。とてつもなく酷く苛立っている様子のようだ……。


 今までにもバイト中にクレーム対応は何件かしてきてはいたんだけど、でもここまで激しく苛立っているお客さんは見たのは初めてだった。


「そ、それは大変失礼致しました……そ、それでは新しいお食事と交換させて頂きますので……」


 ここまで強面な二人組の男性に怒号を浴びせられたのは初めてだったので、俺は内心とてもビクつきながらもマニュアル通りの対応を取っていった。


 このファミレスでは食事に不備があった際には新しい物と交換をするのがマニュアルになっているんだ。しかし……。


「ふざけんじゃねぇよ!! このカスが!! もう半分以上も食っちまったのに、こっからさらに新しいのなんて食えるわけねぇだろ!! そんくらい考えればすぐにわかんだろボケ!!」

「え? あっ……」


 そう言われて俺はお客さんのテーブルに置いてある食事に視線を送ってみたんだけど、そしたらテーブルに置かれている料理はほぼ全て完食されていた。


(あ、あれ? 料理が冷めてたんじゃ……?)


 料理が冷めていて不味いという割には料理をほぼ全て完食しきっているという事に若干の違和感を覚えた。


 でも今はそんな事を考えてる場合じゃない、この場面をどう対応すれば良いかを考えるのが先決だ……。


「……え、えっと……そ、それじゃあ……」

「オイ、早くしろよ!! 言葉に詰まってんじゃねぇよ!! このタコ!! どう考えても返金するのが店側の誠意ってもんだろうがよ!!」

「えっ? い、いやそれはその……ちょっと自分では対応出来ないので……申し訳ないのですが、店長を呼ばせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はぁっ!? 自分で対応出来ないって仕事舐めてんじゃねぇぞ!! 俺達から金を貰っておいて何だよその対応は!! お客様は神様なんじゃねぇのかよ!! テメェ、マジでふざけんじゃねぇよ!!」


―― ドンッ!!


 俺の発言を聞いてさらに腹を立てたようで、強面な男性客はまたテーブルを力強く叩いてきた。俺はそのテーブルを叩く音に反応してまた身体をビクっとさせてしまった。


 しかしその喧噪の声が聞こえたようで……。


―― トタトタトタッ……!


「お客様、大変失礼致しました。ここからは店長の私が対応させて頂きますので……ほら、ここは僕に任せて榊原君はスタッフルームに行ってなさい」

「あ、は、はい……わかりました……」


 すると店長がスタッフルームから急いで俺達の元へと駆けつけてきてくれた。そしてそのまま俺と交代してクレーム対応を変わっていってくれた。


 しかしその様子を見ていた強面な男性客は俺の方を見てさらにこんな事を言ってきた。


「はんっ! 学生バイトは気楽で良いよな! 困ったらいつでも上の奴に助けて貰えるなんてよ! はぁ、全く……学生だからって仕事舐めてんじゃねぇぞ!! そんな甘い考えじゃ社会に出ても役に立たないカスにしかなんねぇからな!!」

「……っ……」

「ほ、ほら……ここは良いからスタッフルームに戻ってなさい……」

「……は、はい……」


 という事で俺は今度こそ店長の言葉に従って、そのままスタッフルームの中へと入って行った。


◇◇◇◇


 スタッフルームに戻ってきてから十分ほどが経過した。


「……はぁ……」


 俺はその間もずっとスタッフルームの椅子に座りながら深いため息を付いていった。そしてそれからしばらく経つと……。


―― ガチャ……


「お疲れ様、榊原君」

「あ、店長……」


 しばらく経つとスタッフルームに店長が戻ってきた。どうやら先程のお客さんの対応が終わったようだ。


「すいません、さっきはお店と店長に迷惑をかけちゃって……」

「いやいや、全然そんな事ないよ。むしろ榊原君こそ災難だったね……」


―― ぽんぽん……


 店長はそう言って俺の肩を優しく叩いてきてくれた。


「あれはただの悪質なクレームだから榊原君は気にしなくて良いよ。イチャモンをつけてタダでご飯を食べようと思ってたタイプだからさ。だから呼び出す店員もわざと君のような若い学生バイトの子を呼んで威圧的な態度を取ってきたんだろうね」

「あ、そ、そうだったんですね……」


 店長は優しい雰囲気を出しながら俺に気にするなと諭していってくれた。でも流石に精神的ショックが大きすぎて今すぐに立ち直るのは難しかった。


「……まぁでも今は流石に辛いと思うからさ、今日はちょっと早いけど先に上がって良いよ。後のホール担当は僕の方でやっておくからさ」

「……はい、わかりました」


 店長も察してくれたようで優しく笑みを浮かべながら俺にそんな言葉を投げかけてきてくれた。


 本当なら店長のその言葉に甘えずに最後までバイトをやり遂げたいと思ってはいるんだけど、でもどうしても心が思うように動かなかった。


 なので俺は店長の言葉に甘えて今日は一足先にバイトを切り上げていった。


「それじゃあ……お疲れ様でした……」

「うん、お疲れ様。今日はゆっくり休みなね」

「はい……」


 俺は店長にそう挨拶をしてバイト先から出て行った。


 という事で俺は今日生まれて始めて悪意の塊をぶつけられてしまったのであった……。

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