第11話:ダウナーちゃんと迷子ちゃん

「ぐすっ……ひっく……うぅ……」


 坂野が指さした方向には泣いている女の子が一人ポツンと立っていた。見た感じは6~7歳の女の子と言った所だ。


「ありゃ、どうしたんだろ?」

「んー、もしかしたら親御さんとはぐれちゃったのかな?」

「あ、確かにそうかもしれないな……」


 そう言って俺達は辺りをキョロキョロと見渡してみたんだけど、女の子の周りには親御さんのような人影はいないように見えた。


「うーん……ま、流石にあれは放ってはおけないよな。ごめん、坂野。先にベンチで待っててくれよ」

「……え? って、あっ、健人?」


―― タタタッ……


 という事で俺は泣いているその女の子の前にまで駆け足で近づいていき、そのままゆっくりと優しく話しかけていった。


「ぐすっ……ひっく……」

「君、どうしたのかな?」

「ぐす……ひっく……」

「どこか怪我でもしちゃったのかな? それとも迷子かな? 親御さんは近くにいないの?」

「ぐす……うぅ……」


 でも女の子は俺の言葉に全然反応してくれず、ただひたすらと泣いたままだった。


「ぐすっ……うぅ……」

「うーん、どうしたもんかな……」

「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっと健人、一人で駆けていかないでよね……」

「うーん……って、え?」


 そんな感じで俺は悩んでいると唐突に後ろから坂野に声をかけられた。どうやら坂野も駆け足でこちらまで来たようで、かなり息が上がっている様子だった。


「あ、ごめんごめん……って、いや別にベンチで待っててくれても良かったのに、何でこっちに来たんだ?」

「はぁ、はぁ……流石に私だって……はぁ、はぁ……泣いてる女の子を見捨てる程酷い女じゃないわよ……」

「……はは、そっか。うん、そうだよな」


 俺は坂野の言葉を聞いてゆっくりと頷いていった。坂野は普段から色々な事に興味がなさそうな感じにしてはいるんだけど、でも坂野だってこういう時にはちゃんと人助けをしようとする優しい心を持っているんだよな。


「はぁ、はぁ……それで、その子は結局迷子だったの?」

「え? あ、そうだ、忘れてた。君、迷子なのかな? ご両親とかは近くにいないのかな?」

「ぐすっ……うぅ……」


 という事で俺は改めてもう一度女の子に向けて話しかけていったんだけど、でもやっぱり女の子は俺の声に反応はしてくれなかった。


「うーん、どうしたもんかな……って、あ、そうだ。君さ、お腹とか空いてないかな? 良かったらお兄ちゃんが持ってるこのクレープ食べない? これ甘くてめっちゃ美味しいよ?」

「ぐすっ……ひっく……え……?」


 俺は笑みを浮かべながら手に持っていたクレープをその女の子の方に近づけていった。


「ほら、この美味しいクレープを食べればさ、きっと悲しい気持ちなんて一瞬で吹き飛ぶよ? はは、だから良かったら食べてみない?」

「……ぐすっ……でも、知らない人から……物を貰ったら駄目だって……お母さんに言われてるから……要らない……ひっく……」

「……あらま。最近の子供は物凄く偉いね」

「……あぁ、そうだな、子供の頃の俺よりも遥かに偉いわ。うーん、でもそれじゃあ……あ、わかった。よし、それじゃあ……」

「うん? 今度はどうしたの?」


 お母さんからしっかりと教育が施されているようで、女の子は知らない人から物を貰ってはいけないと言って断られてしまった。


 でも女の子が泣いたままなのは流石に可哀そうなので、俺はまた違う手段を取る事にした。


「よし、それじゃあさ……俺の名前は榊原健人って言うんだ。17歳の高校二年生だよ」

「……うん?」

「……ぐすっ……ひっく……え……?」

「趣味はスポーツ全般で学校の部活にはサッカー部に入ってるよ。そして好きな食べ物は甘い物全般で嫌いな物は辛い物全般なんだ。はは、まぁそんなわけでよろしくね!」


 俺はそう言って笑みを浮かべながら女の子に向けて手を差し出していった。


「ぐす……え……? えっと……う、うん……よろしくお願いします……私は……相坂美玖……って言います」


 女の子は涙を流しながらもそう言って俺の手を握り返してきてくれた。


「うんうん、そっかそっか。美玖ちゃんって言うんだね。はは、それじゃあ改めてよろしくね」

「ぐすっ……う、うん……」

「うん、それじゃあこれでお互いに自己紹介が終わった事だしさ、もう俺達は知らない仲じゃなくなったよね?」

「ぐすっ……え……う、うん……? そ、そうだけど……?」

「はは、だよね? それならもう俺達は知らない仲じゃないからこのクレープも受け取って貰えるよね? いやここのクレープって物凄く美味しいからさー、だから良かったら美玖ちゃんに食べて貰いたいんだよね!」


 俺は笑いながらそう言って美玖ちゃんにクレープを近づけていった。


「ぐすっ……で、でも……それはお兄ちゃんが食べようとしてたんじゃ……」

「えっ? あっ、い、いや実はさ、俺はさっきも同じクレープを沢山食べちゃっててもうお腹いっぱいなんだよね、あはは。だからお腹いっぱいな俺の代わりに美玖ちゃんがこのクレープを食べてくれたらさ、俺としてもクレープを捨てずに済むからすっごく助かるんだけど……どうかな?」

「ぐすっ……え……? う、うん……それじゃあ……お兄ちゃんがそう言うなら……」

「うん、ありがとう。それじゃあ、はいこれ! 出来立てだから温かい内に食べちゃいなよ?」

「う、うん……ありがと……そ、それじゃあ……いただきます……もぐもぐ……っ……!」


 そう言って美玖ちゃんは俺の手からクレープを受け取っていった。そしてそのまま美玖ちゃんは俺から受け取ったクレープを食べ進めていくと……瞬時に美玖ちゃんの顔がパっと明るくなっていった。


「どうかな、美味しいかな?」

「うん……うん……! うんっ、すっごく美味しいよっ!」

「あはは、そっかそっか。うん、それなら良かったよ」


 俺がクレープが美味しいかと尋ねていくと、美玖ちゃんは満面の笑みを浮かべながら美味しいと言ってきてくれた。


 そして気が付くと満面の笑みを浮かべている美玖ちゃんの目から涙が止まってくれていた。なので俺はその姿を見て心の中でホッと安堵していった。


「……ふふ」

「……ん? どうしたよ坂野?」


 するとそんな俺達の様子を見ていた坂野はふふっと笑みを溢し始めていた。なので俺は坂野にどうしたのかを尋ねていった。


「んー? ふふ、何でもないよ」

「? そっか? それなら、まぁいいけど」


 でも坂野は何でもないと言いながら手に持っていたクレープをのんびりと食べ始めていっていた。俺もその新作クレープは食べたかったんだけど……まぁでも今日は我慢だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る