催眠アプリが効いたのに先輩は堕ちてくれない(中)
佳奈はアプリ作者から説明された催眠の仕様を思い返した。
この洗脳アプリの有効時間は約三十分。
命令は普通に会話をするように言葉で伝えればいい。
それで相手はその通りに動く。
アプリ作者は確かそう言っていた。
「よし……」
佳奈はさらに近付くと吾郎の耳元で囁いた。
「先輩、先輩。私の声が聞こえますか?」
「あア、聞こえル……」
吾郎は相変わらずあらぬ方向を向いたまま独り言のようにぼそぼそ呟いた。
意識が薄いためか発音の調子が若干おかしい。
「先輩は洗脳が解けるまで私の言うことを何でも聞くんです。良いですね?」
「あア、分かっタ……」
吾郎は首をガクンと動かして頷く。
佳奈は、おお、と思った。
先輩は真面目で慎重だからいつもなら「何でもする」なんて絶対に言わないのに。
ちょっとぞくぞくする。
「それじゃあ先輩、とりあえず立ち上がってみてくれますか?」
「トリあえず、立ち上がる……」
吾郎は立ち上がった。
本当に佳奈の言ったことをそのまま実行してくれるらしい。
この様子なら言葉通り何でもしてくれそうだ。
そう、何でも。
「………」
しかし、何をしてもらえばいいのだろう。
佳奈はここへ来て悩み始めた。
なにしろいきなり降って湧いたこの状況である。
当然ながら事前に案など考えていないし、何でもすると言われると逆に迷ってしまう。
先程は既成事実を作って~などと軽く考えていたが、実際にそれが可能になってみると佳奈自身の心の準備が全く整っていなかった。
だって、先輩とはまだ手を握ったことすらないのだ。いきなり既成事実はハードルが高すぎる。
それに……それに、先輩との初めてがこういう形なのはちょっと嫌だった。
佳奈としては先輩のほうから自分の意志で佳奈を求めてくるようなシチュエーションが理想なのだ。
「どうしタ。早ク願いを言うがイイ……」
棒立ちの吾郎が催促してきた。
催眠状態なのに律儀である。
さすが先輩。誠実だ。
だが、それはそれとして佳奈は焦った。
「ええと、ちょっと待って」
どうしよう? 何をしてもらおう?
催眠の有効時間は三十分。もう間もなく終わってしまうだろう。
そんな短時間でできることといったら……。
頭の中で色んな案が浮かんでは即座に消えていく。
もっと考える時間があればいいのに、と佳奈は思った。
何をしてもらうかちゃんと決めてから洗脳していたら、きっともっと上手くやれたのに……。
そう考えて、ふと気付いた。
そうだ。
次回上手くやればいいんだ。
洗脳アプリはまだ自分の携帯に入っている。何度でも使える。
だったら今回はお試しだったということにして、次回から本気を出せばいい。
そう、次回。次回はきっと本気を出すから。
佳奈は気が楽になった。
そしてそのお陰か、ちょうどいいアイデアを思い付いた。
佳奈は吾郎を真っ直ぐ見て言った。
「じゃあ先輩、して欲しいことを伝えます」
「あア、願いを言うがイイ……」
「先輩はこれから私を……七瀬佳奈のことを異性として意識してください。この洗脳が解けた後もずっとです。いいですね?」
まずは後輩ではなく女の子として見てもらえるようにしよう。
既成事実からは程遠いが、千里の道も一歩から。
次回以降のための布石を打っておくのだ。
ところが、佳奈の言葉に対して吾郎は首を横に振った。
「残念だガ、そノ願いは叶えられなイ……」
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