第2話 俺様はお呼びじゃないので…


「俺の女の部屋に、なぜお前が勝手に出入りしている?」

「申し訳ございません、殿下。ディアナ様のご様態が心配で……いてもたってもいられず」


 高圧的に叱られて、グラティスは悲しそうにうなだれた。


 ああ、相手は年下のぼんぼん王子だというのに……! 職務に忠実なグラティスは、絶対に彼に逆らったりはしないのだ。


「邪魔だ。すぐに出ていけ」

「……はい」


 えー、行かないで! 王子の代わりにこの部屋にいてよ!

 という私の思いも虚しく、グラティスは去って行ってしまった。


 ルシオがずかずかと寄ってくる。


 金髪に碧眼。恐ろしく整った顔立ちだが、高慢そうな雰囲気である。

 年齢は20歳(公式プロフィールより)。

 これまた紙面で見るよりもずっと、顔がいいな……! でも、私はやっぱり優しく落ち着いた雰囲気のグラティスの方が好みだった。ルシオは偉そうな態度が、どうにも鼻につく。


「馬から落ちたと聞いたが? まったく、お前は本当にどんくさい女だな」


 は?

 いきなり貶められて、私は眉を寄せた。


 別に馬から落ちたのは私のせいじゃないんだけどな……。そして、そのことを彼も知っているはずなのに。


 この日、私は令嬢から誘われ、乗馬を初体験していた。しかし、それは令嬢の罠だったのだ。彼女は馬の尻をわざと鞭で叩いた。それにびっくりして馬が暴れ出して、私は落ちてしまった。

 彼女はルシオのことがずっと好きだった。だから、私に嫌がらせをしてきたのである。

 この段階では、ルシオもグラティスも「それが令嬢の仕業」ということを知らない。しかし、「馬が突然暴れ出した」という報告は受けているはずだ。


 つまり、私が落ちたのは事故ということを知っているはずなのに、ルシオはこの態度なのである。


「俺は忙しいのだぞ。お前のような平民出の女が、第一王子である俺の仕事を妨害しようとはな。ずいぶんと、いい度胸をしているじゃないか」


 は……?

 この男、やたらと顔がいいけど、そこから飛び出してくるのは嫌味だらけの台詞。

 そんなのを聞かされた私は、思わず「何言ってんだこいつ」という顔になってしまっていた。


 いや、ほんとに。

 さっきまで意識を失っていた女性に対して、何て高圧的な物言いだろう。


 ちなみに、漫画の作者さん的には、この台詞は「胸キュンポイント☆」らしい。実はこのシーンの前に幕間が挟まれている。そこでは彼が私のことを知って、ものすごく焦った様子で駆けつけてくるという様子が描かれているのだ。

 そんなに必死になってやって来たのに、いざヒロインを前にすると、かっこつけて高圧的な態度になってしまうのが「萌え」とのことらしい。


 うん、実際にこのシーンが好きという声も聞いたことがあるし、彼が読者さんからとても人気のあるキャラであることは、私も知っている。

 作者さんの萌えを否定するつもりはいっさいない。


 でもね? 言わせてほしいんだけど……。


 どれだけ必死になって駆けつけたところで、ヒロインのディアナはそれを知る術がないよね!? 彼女からすれば、ようやく意識が戻ったところに、現れたこの男! こちらの心配を全然してくれないどころか、いきなりいちゃもん付けてくる、嫌味男でしかないんですけどー!?


 しかも、漫画だとこのシーン、ディアナは委縮して、謝りまくるのである。


『ごめんなさい! ルシオ様……! 私がドジなばかりに、ご迷惑をおかけして!』


 このシーンを読んでいる時、私は声を大にして言いたかった。


 ディアナちゃん!? ちがうよ! 謝らないで!!

 というか、本当にこいつでいいの!? よく考えてみて! と、彼女の肩をつかんで、がたがたと揺らしながら、問いただしてみたかった。


 だって、どう考えても、さっきの騎士団長の方がよくない!? あなたのことを心から心配してくれていたんだよ!

 それに比べてこの王子! そもそもこいつ、部屋に入って来るのにノックすらしなかった、超デリカシーのない男なんですけどー!?


 そんなわけで、本来のディアナであれば謝らなければいけないシーンのはずなのに、私は内心でげんなりしていた。

 ルシオは不審そうに眉を寄せる。


 しかし、結局は、漫画の続きの台詞を吐くことにしたらしい。


「ふん、多少は申し訳ないと思っているようだな」


 いいえ、まったく!

 この顔見て、わかんないのかな!?


「俺の手を煩わせた罰は、受けてもらうぞ」


 彼はずかずかとベッドに歩み寄ってきた。

 ええ、これってまさか。

 私は眉をひそめながら、後ずさろうとする。


 おい。

 おい、君。

 近いんだよ。


 さっきの騎士団長の、適度な距離感を見習ってほしい。

 床についている女性に対して、近付いていいラインを超えちゃってるんだよ。


 そんなこちらの気持ちなど知らずに、彼は私の真横に立った。


 その手が私の頬に添えられて……。

 そして、距離が更に近付いて……。


 いや、むりむりむり!

 そこで私は、彼の体を押しやった。


 せっかくの見開きシーンなのに、邪魔しちゃってごめんなさい。

 でも、無理なんだもん。


「…………あの。結構です」

「……は?」

「そういうの、やめてほしいんで……」

「はあ?」


 まさか自分のキスを拒否されるとは、露ほどにも思っていなかったらしい。

 彼は呆気にとられている。

 そして、それはすぐに怒りの感情に変わったらしく、


「お前のせいで、俺の予定はキャンセルになったんだぞ! その罰を拒否しようというのか!?」


 まだその主張をするんですか……。

 私はうんざりして、言い返してしまった。


「じゃあ、言わせてもらいますけど。罰ってなんですか」

「なっ……」

「こうなった状況は聞いていますよね? 私が馬から落ちたのは不可抗力です。それなのに、なぜ罰を受けなければならないんですか。というか、何でその罰が、あなたからのキスになるんですか?」

「な……え? う……ええ……?」

「あと、私、さっきまで意識を失ってて、目が覚めたばかりなんですが? まずは私のことを気遣ってくれるべきでは? それなのに、なぜいきなり『どんくさい』などと貶されなければならないのですか?」

「……え……」

「というか、意識が回復したばかりの女性にいきなりキスとか、普通します?」

「な……何をわけのわからないことばかり言っている!? お前は俺の女だぞ! 俺の言うことには黙って従え!」

「嫌です」 

「なぁ……っ!?」


 ルシオは顔を真っ赤にして、憤慨している。

 こんな様子の彼を前にしたら、本来のディアナなら謝りまくるところなんだろうけど……。

 私は身を守るように、布団をたぐりよせた。そして、相手を、じとー……と睨む。


 普通の人なら、これで察してくれると思うんだけど。

 このタイプって、はっきり言わないとわかんないんだろうなあ。


 そう思いながら、私はずばっと言った。


「私、ちょっと横になりたいのですが……。出て行ってもらえますか、殿下?」

「っ!?!?」


 彼はショックを受けたように固まっている。

 その手がぶるぶると震えていた。


「……ルシオだ」

「はい?」

「俺の名はルシオ! 名前で呼べと言ったはずだろう!?」


 うわ、この人……めんどくさいな。

 でも、そういえばそうだった。以前、「俺のことは名前で呼べ」と言われていたっけ。


 私としては呼び名はどっちでもいいので、言い直した。


「はあ……ルシオ様」

「ふ、それでいい」


 途端に機嫌をよくしたように、ルシオは得意げな顔になった。


 名前呼び……そんなに重要なの?


 彼のまとう雰囲気が元に戻る。腕を組んで、俺様オーラをふんだんに放出していた。


「お前はどうやら頭を打って、錯乱しているようだな。まったく哀れな女だ。仕方がない。本来であれば俺への数々の非礼を精算してもらわなければならないところだが、今回ばかりは不問としてやろう」


 最後まで「俺が許してやってるんだぞ」という態度は変わらないわけね……。

 言うだけ言って、彼はさっさと部屋を出て行ってしまう。それを呆れた目で、私は見送っていた。

 ……どこまでいっても、偉そうな男だなあ。




 ようやく静かになった部屋で、私は横になっていた。


 1つだけはっきりとしたことがある。

「俺様キャラ」が魅力的に見えるのは、それが二次元のキャラであるからだ。



 ああいうのが実際に存在したら。

 そして、そういう男と実際に結婚しなければならないとしたら……。




 絶対に、嫌だ!

 断固として、お断りしたい!!




(私は俺様キャラの王子より、真面目で優しい騎士団長の方がいい……)




 心からそう思った。

 よし、決めた。私は漫画のストーリーにあらがってやろうと。


『ルビさが』のメインヒーローはルシオだ。ラストではもちろん、彼とヒロインが結ばれる。

 だけど、そんな結末、私はお断りだ。



 それよりも、推しであるサブヒーロー・グラティスとくっつきたい。




 よし!

 今後はルシオルートを全力で回避しよう!



 私はそう考えながら、眠りにつくのだった。




 ……この選択のせいで、「俺様キャラ」があんな風に変貌してしまうなんて……。




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